第178話 プークスクス。悪魔に悪魔より悪魔的って言われてやんの~

 目を光らせた竜胆は久遠達に訊ねる。


「なぁんだ、バレてたんだ。一体いつから怪しいと思ってたの? 私、地獄じゃ演技派で通ってたから騙せる自信があったんだけど」


「お前が喫茶店に来た時から怪しいと思ってた。その程度で演技派だなんて、地獄って演技のレベル低いんだな」


 久遠が思ったことをサラッと言えば、竜胆の体が黒い靄に包まれる。


 その靄が晴れた時、竜胆は蝙蝠の翼に真鍮の右脚とロバの左脚という外見の女悪魔の姿になっていた。


 そうなってしまえば、顔だけは竜胆のままでも目の前の存在が竜胆ではないことは一目瞭然である。


「お前、生意気ね。じゃあ、隣の女はどうかしら? 貴女の妹は私に体を乗っ取られた訳だけど、悲しい!? 悲しいわよねぇ!?」


 悪魔は口の達者な久遠とこれ以上喋ると不快感が強まる一方だから、竜胆の体を乗っ取られた桔梗を煽って溜飲を下げるつもりらしい。


 だがちょっと待ってほしい。


 それは悪手でしかない。


「別に。本物の竜胆が喫茶店に来たら、きっと私から久遠を奪おうとするに違いないもの。その可能性が減ったことに安堵こそすれど、悲しいとは思わないわ」


「それが妹に対する感情だっていうの? 悪魔よりも悪魔的じゃない」


『プークスクス。悪魔に悪魔より悪魔的って言われてやんの~』


 (リビングフォールン、止めるんだ。桔梗から圧を感じるから)


 久遠は桔梗からプレッシャーを感じたため、リビングフォールンに余計なことを言うなと注意した。


 桔梗もこの場面で久遠が自分のことを笑うと思っていないから、感じた悪意は自分を煽りがちなリビングフォールンによるものだと理解しており、それが彼女をイラつかせた。


「失礼ね。久遠を私から奪おうって言うのなら、それが妹だとしても許さないだけよ。召喚サモン:ヴィラ」


 桔梗はヴィラを召喚し、臨戦態勢に移った。


 召喚されたヴィラを見て悪魔は不快感を表に出す。


「このエンプーサとやろうっての?」


「エンプーサ? 確か夢魔よね。久遠を誑かそうとする悪魔は即座に斬る。それが私の悪即斬よ」


 (ここは幕末かな?)


 流石にツッコミを入れずにはいられなかったが、そうするとシリアスな空気をぶち壊すことになるので久遠は心の中でツッコむだけにした。


「ふぅん。そう聞くと益々この男が欲しくなって来たわね。アリトンからは首を刈って来いっていわれたけど、私のペットにしちゃおうかしら。その方がお前を苦しめられるでしょ?」


「うわぁ、その歪んだ思考って竜胆にそっくり。だからあっさり乗っ取れたのね」


「このアマァ、ぶち殺してやる!」


 エンプーサはキレた次の瞬間、何処からともなく出したククリ刀で斬撃を放つ。


「ヴィラ、よろしく」


「わかった」


 ヴィラは嫉妬蛇女斧エンヴィーオブヴィラを構えてエンプーサの放った斬撃を弾いた。


 簡単に自分の攻撃を弾かれてしまい、エンプーサはムキになって斬撃を連続で放つ。


「フンフンフンフンフンッ!」


「無駄」


 小回りの利くククリ刀で連続攻撃を放つエンプーサに対し、ヴィラは最小限の動作ですべての斬撃を弾いてみせる。


 桔梗を倒すことに集中している今なら、久遠はドラクールの【透明近衛インビジブルガード】で不意打ちを成功させられる自信があった。


 しかし、桔梗は久遠の思考を見抜いて先に口を開く。


「久遠、これは私の戦いなの。悪いけど、エンプーサは私がるわ。召喚サモン:グレスレイプ」


 ヴィラを相手に有効打を一度も淹れられていないため、このタイミングで桔梗がグレスレイプを召喚したからエンプーサの顔が苦々しいものに変わる。


 そんなエンプーサの表情を見て桔梗は容赦なく煽る。


「どうしたの? 笑いなよエンプーサ。私を殺すんじゃなかったの?」


「このクソアマァァァァァ!」


 エンプーサが激昂し、その姿が女型悪魔から蝙蝠の翼を生やした巨大蟷螂に変わる。


 女型悪魔だった時に加え、エンプーサから放たれるプレッシャーが強まり、久遠は念のために準備だけはしておくことにした。


召喚サモン:ドラクール」


「久遠」


「わかってる。まだ手は出さない。でも、これ以上は厳しいと判断したら介入する」


「わかった。ありがとう」


 久遠がドラクールを召喚したのはこの戦いに介入するためだと思い、桔梗は久遠に待ってほしいと言おうとした。


 ところが、久遠は桔梗の気持ちに最大限配慮する意思を見せたため、桔梗は久遠に感謝した。


「ヴィラ、【麻痺眼パラライズアイ】」


 【麻痺眼パラライズアイ】を発動したまま睨めば、睨まれた者は麻痺状態に陥る。


 図体が大きくなって放たれるプレッシャーも大きくなったが、そのプレッシャーを相殺するように桔梗はヴィラへ【麻痺眼パラライズアイ】を使うよう命じた。


 桔梗の目論見通りに【麻痺眼パラライズアイ】が作用し、放たれるプレッシャーが落ち着いてエンプーサは麻痺状態に陥った。


 その隙に仕掛けない桔梗ではない。


「グレスレイプ、【深淵砲アビスバースト】」


 深淵の砲撃がエンプーサの体に命中し、エンプーサが体勢を崩した。


 (惜しいな。これが量産品の限界か)


 静かに戦闘を見守っている久遠は、パイモンがグレスレイプのカードを桔梗達に渡した時のことを思い出した。


 大罪武装と枢要武装を装備した従魔達は特別であり、悪魔認定できるスペックを持っている。


 その反面、パイモンが用意したカードのアンデッドモンスターは量産品であり、悪魔認定できるスペックはない。


 したがって、細かく指示をしなければマスターの意図を組んで攻撃することができず、とりあえず敵の胴体に攻撃してしまう。


 今の攻撃も顔に当てれば、エンプーサを怯ませることができただろうから、それで久遠は惜しいと思った訳だ。


 それは桔梗も感じているようで、静かにもっとうまいやり方があったと反省しているようだった。


「ヴィラ、 【怨恨砲グラッジバースト】」


 麻痺状態が解ける前に攻撃を滑り込ませようと桔梗が攻撃したが、顔面にヴィラの攻撃が命中する直前にヴィラの麻痺状態が解けた。


 顔に砲撃を掠めたものの、エンプーサはあまりダメージを負わずに反撃に出る。


「チェストォォォォォ!」


「ヴィラ、【極限飛斬マキシマムスラッシュ】で打ち破って」


 【破壊斬捨デストロイチェスト】を放つエンプーサに対し、ヴィラが【極限飛斬マキシマムスラッシュ】でエンプーサの振り下ろしを弾き飛ばす。


 それどころか勢い余ってエンプーサの右の鎌に罅が入った。


「グレスレイプ、【地獄火炎ヘルフレイム】でエンプーサを燃やして」


 ピンポイントを狙わせる戦い方ではなく、敵の全身に攻撃できるような指示をグレスレイプに出せば、桔梗の狙い通りの結果が出る。


「ギャアァァァァァ! 体がァァァァァ!」


「ヴィラ、【極限飛斬マキシマムスラッシュ】でエンプーサの右の鎌を破壊して」


「わかった」


 複合属性の炎に覆われて暴れ回るエンプーサだが、ヴィラが狙いを定めて【極限飛斬マキシマムスラッシュ】を放てば右の鎌が破壊された。


 (ぼちぼち決まりそうだな)


 【破壊斬捨デストロイチェスト】を打ち破った時よりもあっさりとダメージが入ったのを見て、久遠はそろそろ桔梗がエンプーサに勝つだろうと判断した。


「ヴィラ、【麻痺眼パラライズアイ】で落ち着きのないエンプーサを麻痺させて」


 コクリと頷いてヴィラが【麻痺眼パラライズアイ】を使えば、エンプーサは体が燃えて痛いのに麻痺状態で動けなくなって苦しむ。


「う゛う゛う゛う゛う゛…」


「グレスレイプ、更に【地獄火炎ヘルフレイム】で燃やして」


 もっとエンプーサを燃やす地獄の炎の勢いが増せば、エンプーサの変身が解けて右腕を失ったエンプーサが地面に倒れた状態で現れた。


 体はボロボロで麻痺状態もまだ解けていない絶体絶命の状態で、エンプーサは最後の賭けに出る。


「姉さん、助けて」


「ヴィラ、【極限飛斬マキシマムスラッシュ】でエンプーサの首を刎ねて」


「了解。首置いてけ」


 竜胆の顔で涙を流して命乞いをするエンプーサだったが、桔梗にそれは通じなくてヴィラの【極限飛斬マキシマムスラッシュ】によってエンプーサの首は刎ねられた。


 エンプーサが動かなくなったから戦闘が終わったとわかり、桔梗は久遠に無言で抱き着く。


 竜胆に良い感情は抱いていなくとも、エンプーサに体を乗っ取られた竜胆を倒したことで桔梗は悲しくなったようだ。


 久遠はそんな桔梗を優しく抱き締め返す。


 桔梗は久遠に抱き締められてから少しして気持ちが落ち着いたのか、久遠に意見を問う。


「竜胆のこと、お母さんとお父さんに話さないといけないよね」


「そうだな。家族が実は入れ替わってて死んでたなんてことは、何時までも隠し通すべきじゃない」


「…久遠、一緒に報告してくれる? 私だけで報告するのは辛いよ」


「わかった。一緒に行こう」


 桔梗も桔梗の母親も少し危険なタイプなので、放っておけばどうなるかわからない。


 だからこそ、久遠は桔梗が竜胆の死を両親に報告する場で同席すると告げた。

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