第153話 自分でスロカスって言っちゃったよこの人

 ファントムホークから降りたタナトスは、鬼童丸に近づいて肩を叩く。


「お疲れ。鬼童丸、よくやってくれた」


「暴走するプレイヤーの正体は、きたくぶちょーの体に憑依したバフォメットだった。憑依してた状態から解放されたきたくぶちょーがヘルオブシディアンによってカラカラになり、デュラハンドレイクに喰われてたらリアルでも死んでるんだよな?」


「そうだな。ヘルオブシディアンが絡めば残念ながら変死してるだろう」


「バフォメットは獄先派なんだよな? リアルでアリオクみたいに具現化して、きたくぶちょーを騙して憑依した状態でUDSにログインしたらしいんだが」


 鬼童丸はタナトスにバフォメットについて訊ねる。


 騒がしかったバフォメットだが、自分が獄先派なのか中立派の残党なのか名乗らずに襲い掛かって来たものだから、気になって訊ねたのである。


「獄先派に合流した元中立派だ。奴は親人派と戦った方が親人派に鞍替えするより面白いという理由で敵になった。倒せるなら早く倒すに越したことはない」


「邪魔者は逃がさず潰せる時に潰せってことか。了解。それと、<鏖殺侯爵(冥開)>と<死賢者>、<先駆者>が<鏖殺選帝侯(冥開)>に統合されたんだけど、この称号って将来的にどこまで化ける?」


「選帝侯か…。となれば、最終系は○○の皇帝のような形になるはずだ。私の<流浪の隠者>のように、タロットカードに関わる称号を得られるはずだ」


「なるほど。でも、地獄の四大悪魔を差し置いて皇帝ってどうなの?」


 親人派と獄先派のそれぞれの代表と元中立派の共同代表2体は、地獄における四大悪魔として数えられている。


 その4体を差し置いて皇帝の称号を貰えるだなんて今は思えないのだ。


「今はそうかもしれんが、未来のことは誰にもわかるまい。ラプラスという親人派の悪魔曰く、自身の【異界監視パラレルモニタリング】というアビリティで任意のパラレルワールドを監視できる。過去に監視して来た中で、死皇帝という二つ名を得たマルオと呼ばれる人間がいて、四大悪魔に匹敵する6体の強力なアンデッドモンスターを従えていたそうだ。であれば、鬼童丸が死皇帝になると考えてもおかしくない」


「死皇帝マルオねぇ…。いきなりパラレルワールドの話をされてもピンと来ないや」


「まあ、あくまで可能性の話だ。深く考えても仕方ないから、其方は其方が思う通りに進めば良い。それはそれとして、境町と五霞町には生存者はいないようだから都庁に戻るぞ」


「わかった」


 鬼童丸はタナトスが転移魔法陣を設置できる場所がないと告げたため、タナトスと共に新宿区の都庁に戻った。


 転移魔法陣で戻って来た時にはドラクールも悪魔形態に戻っており、都庁に帰って来たタイミングで鬼童丸にフレンドコールがかかって来たことに触れる。


「マスター、フレンドコールが来てるようですよ?」


「誰からってまあ、このタイミングならジョブホッパーか」


 デーモンズソフトに出向いた時、ジョブホッパーの正体が警視庁の特務零課の人間であることを聞いている。


 それゆえ、今までのように無視をして強権を使われたら面倒だと思い、鬼童丸はフレンドコールに応じる。


「もしもし」


『鬼童丸さん、出てくれて良かった。きたくぶちょーのことで訊かせてほしいことがある』


「それは特務零課の人間として?」


『我々についてパイモン氏から聞いたようだな。であれば隠す必要はない。こうして続けて4人が亡くなった以上、私とてじっとしている訳にはいかないのでね』


 ジョブホッパーからなくなった人数が4人だと言われたため、鬼童丸はログアウトしてニュースで確かめなくとも、きたくぶちょーの中の人物がリアルで亡くなったことを理解した。


 特務零課がどれだけ職責を果たせているのかわからないから、鬼童丸は良い機会なので訊いてみることにした。


「ジョブホッパー達にこの事件を解決する力はあるの?」


『…痛いところを突くね。事件解決のため、鬼童丸さんには本格的に協力を要請したいところだ。これから冥開の拠点にお邪魔させてもらえないだろうか?』


「俺がそっちに行く。東京タワーで良いんだよな?」


『感謝する。では、待っているよ』


 フレンドコールが切れ、鬼童丸はドラクールに話しかける。


「戻って来て早々に悪いけど、俺を東京タワーまで連れて行ってくれるか?」


「お任せ下さい」


 【憤怒竜ラースドラゴン】でドラゴン形態になったドラクールは、鬼童丸をその背中に載せて東京タワーまで飛んで行った。


 流石に今回は空から鬼童丸がと叫ぶような者もおらず、鬼童丸は東京タワーに到着してすぐに悪魔形態に戻ったドラクールと共に会議室に通された。


 そこにはジョブホッパーとスロッカースに加え、もう1人初めて見る女性ネクロマンサーがいた。


「鬼童丸さん、お越しいただきありがとう。私とスロッカースとは会っているだろうけど、初めましての人もいるから改めて正式に名乗ろう。私は警視庁特務零課の課長で警部の山上彰やまがみあきらだ。このゲームではジョブホッパーと名乗ってる。よろしく」


「初めまして。同じく特務零課の警部補、灰崎真珠はいざきまじゅです。このゲームではグレイストンと名乗っています」


「先日はどーも。特務零課の警部補の利根川滋とねがわしげるだ。スロカスのスロッカースって覚えといてくれ」


 (自分でスロカスって言っちゃったよこの人)


 スロッカースの自己紹介のインパクトが強かったため、鬼童丸はうっかりそこに注目してしまった。


 とはいえ、茫然としている訳にもいかないから鬼童丸は自分も自己紹介を行う。


「今更敬語も変なんで普通に話させてもらうけど、鬼灯久遠だ。UDSでは鬼童丸名前でプレイしてる。ドラクールも挨拶しろ」


「かしこまりました。私はマスターの筆頭従魔、ドラクールでございます」


「おぉ、すげぇ。従魔が普通に自己紹介できるのか」


 ドラクールの自己紹介を訊き、ジョブホッパーとグレイストンは静かに驚いていたが、スロッカースは驚きを口に出した。


「スロッカース」


「へいへい。すいませんね」


 グレイストンに注意されてしまい、スロッカースは鬼童丸とドラクールに対してフランクに謝った。


 自己紹介が終わったところで、ジョブホッパーは本題に入る。


「さて、鬼童丸さんにお越しいただいた訳だが、お伺いしたいのは2点だ。1つ目はきたくぶちょーこと帰山長道かえりやまながみち氏の変死についてで、2つ目は高田馬場駅付近の工事現場で起きた奇妙な事件についてだね。思うにどちらも鬼童丸さんが巻き込まれてるはずだけど、知っていることをありのまま話していただけないだろうか?」


「話をする前に確認したい。3人の中で爵位持ちはジョブホッパーだけか?」


「私だけだ。今は<探求子爵(港・渋谷・目黒・品川・大田)>を獲得している」


「子爵か。そうなると全部が全部聞き取れない可能性があるけど仕方ない。ヘルオブシディアンという言葉は聞き取れるか?」


「聞き取れるよ」


「聞き取れません」


「聞き取れねえな」


 ジョブホッパーは聞き取れたものの、グレイストンとスロッカースはヘルオブシディアンという単語を聞き取れなかったようだ。


 ヘルオブシディアンの存在を理解しているか否かで伝えられる内容が大きく変わる。


 グレイストンとスロッカースにも伝わるように、鬼童丸は言葉を選んで説明する。


「ヘルストーンよりもヤバい石が獄先派からプレイヤーに渡されてる。その石は大きな感情で反応して使用者が出涸らしになるまでエネルギーを放出する。その時点で使用者はかなり危険で、死にかけてると言って良い。俺が遭遇した4体は、いずれも地獄から出て来る掃除屋並みに強いアンデッドモンスターで、ヘルオブシディアンの効果が発動したら戦闘まで一直線だった。しかも、その敵に喰われたりと溶かされたりすると不審死するって訳だ」


「そんなヤバい物を獄先派は使ってるのか。前3件の不審死についても、そのヘルオブシディアンが関係してると」


「正解。獄先派に唆された結果、リアルで死人が出るとんでもない状況に突入したんだ。今回の場合、バフォメットがきたくぶちょーの体に憑依してた。そして、バフォメットがヘルオブシディアンを使ってきたくぶちょーを片付けたと言っても良い」


「誰がきたくぶちょーの体に憑依してたと言った?」


「聞き取れませんでした」


「こりゃ爵位がないとキツイねぇ」


 子爵の爵位を持つジョブホッパーでさえ、バフォメットという単語を聞き取れなかった。


 それ以外の2人も当然聞き取れておらず、鬼童丸はバフォメットの名前を3人に伝えることを諦めた。

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