第16章 Failure
第151話 俺の写真でいっぱいな時点で普通の部屋じゃないんだわ
土曜日の朝、久遠は桔梗と食後の休憩時間に配信用の備品に関する話をしていた。
「久遠、今日デーモンズソフトから防音室組み立てキットが届くって」
「防音室組み立てキット? DIY防音室ってこと?」
「うん。完成品を持ち込むのは難しいから、組み立て式の防音室を送り届けるって昨日の配信後に連絡が来たの」
そんな話をしていると、リビングにUDSでよく見る地獄の門が開いてそこからデビーラが指揮する作業員達が荷物を持って来た。
「鬼童丸と宵闇ヤミ、防音室組み立てキットを持って来たわ。置いてくわね」
「当たり前のように人の家に地獄の門を繋げるなよ」
「しょうがないでしょ? デーモンズソフトが表立って動いたら、ここが宵闇ヤミの家って宣伝することになっちゃうんだから。そうなって困るのは鬼童丸でしょ?」
「そうだけどさぁ」
自分は配慮しているんだぞと言わんばかりのデビーラに対し、鬼童丸は苦笑するしかなかった。
確かにデーモンズソフトのジャージを着た作業員達がまとまって動けば目立つから、宵闇ヤミの家がバレてしまう可能性は否めない。
おまけに移動時間も短縮できるし車も使わずに済むから、持ち運ぶ仕事を頼んだ人的コストぐらいしかかかっていない。
だからこそ、デーモンズソフトと鬼童丸の家を地獄の門経由で繋いで来たデビーラの判断は頷けると言えば頷ける。
ただし、家主に一言もなく桔梗経由でいきなり訪問するというのはいささか急である。
「防音室は設計書通りに組み立てれば、獄先派と中立派の残党からちょっかいをかけられない結界が発動するようになってるから、ちゃんと順番を守って組み立ててね。それじゃ」
デビーラはそれだけ言って作業員達を引き連れ、デーモンズソフトに帰って行った。
久遠は色々気になることがあったけれど、優先度の高いものから桔梗に訊ねてみる。
「防音室組み立てキットっていくらするの? お高いんでしょう?」
「100万円だよ。でも、デーモンズソフトと折半だから50万円で良いって」
「スパチャと広告収入だけで賄えるの? まだ給料出てないんじゃなかった?」
「大丈夫。最近はスパチャと広告収入で結構貰えてるもん。久遠に払う出演料を抜きにしても、既に前職の月給を大きく上回ってる」
それを聞いた久遠は、VTuberって名前が売れるとそこまで儲かるのかと驚いた。
「すげえなVTuber。じゃあ、設計書通りにやってくか。ドラクール達も協力よろしく」
「かしこまりました」
「は~い」
「わかりました」
「わかったでござる」
久遠と桔梗だけで作業すれば半日以上かかるだろうが、ドラクール達がいれば数時間で防音室の組み立てができるだろう。
桔梗もヴィラに手伝ってもらうつもりのようなので、人手は十分と言えよう。
防音室組み立てキットだが、これは部屋の中に防音室を組み立てるタイプだ。
つまり、桔梗の部屋で組み立てる訳だが、久遠達は桔梗の部屋に足を踏み入れることになる。
「相変わらずこの部屋はすごいな」
「そうかな? 普通の部屋だと思うんだけど」
(俺の写真でいっぱいな時点で普通の部屋じゃないんだわ)
久遠は部屋にたくさん貼られた自分の写真を見て、これは普通ではないだろうと思った。
ドラクールとリビングフォールンは見たことがあったが、ヨモミチボシとアビスドライグは初めて見るから引いている。
「この部屋から狂気を感じますね」
「マスター、拙者達が寝ずの番をするから安心するでござるよ」
「ねえ、何が変なの? 教えて?」
「ひぇっ」
目の笑っていない笑みを向けられ、ヨモミチボシは堂々とした態度で受け流しているが、アビスドライグは体をブルッと振るわせて久遠の後ろに隠れた。
アビスドライグはドラクールとリビングフォールン、ヨモミチボシと違って手乗りサイズで実体化しているが、桔梗の狂気のせいで桔梗を実際のサイズよりも大きな狂人として捉えているようだ。
「桔梗さん、防音室を組み立てるならこの写真は剥がした方が良くない? 組み立てる時に傷ついちゃうかもしれないし」
「大丈夫だよ。元データがあるからいくらでも現像できるの」
(何も大丈夫じゃないんだが)
『マスター、早く作業を済ませてこの部屋を出ましょう。この部屋にいると危険です』
ドラクールはこの部屋に長居すればするだけ久遠の身に危険が迫ると思っているから、久遠に組み立て作業を急ごうと提案した。
桔梗の部屋で安らぐのは難しいと思い、久遠もドラクールの意見に賛成して防音室を組み立て始めた。
ドラクール達がせっせと部品を運んでくれるおかげで、組み立て作業はてきぱきと進んだ。
正午になる頃には防音室の組み立てが完了し、パソコン等の配信に必要な機材もばっちり防音室の中に設置できた。
「それにしてもデカい防音室だな。部屋の半分ぐらいあるぞ」
「デーモンズソフトの特注品らしいからね。これを50万円で譲ってもらえたのは本当に感謝だよ。この防音室だったら、歌ってみた動画の撮影とか歌枠をやっても大丈夫なんだって」
「桔梗さん、歌枠やるの? 同窓会の二次会でカラオケ行ったから歌えるのは知ってるけど、歌枠とかやりたがるキャラだっけ?」
「久遠がオフコラボしてくれるなら歌枠やるよ」
「それはノーセンキューかな。ヤミんちゅ達に披露できるレベルの歌声じゃないし」
(ヤミんちゅ達が見たいのはあくまで宵闇ヤミであって、俺はそのついでなんよ)
別に久遠は歌が下手という訳ではなく、平均より少し上の実力だけれど歌枠配信でコラボしたいという気持ちはなかったので断った。
正午まで防音室の組み立てで時間をかけてしまったから、まだ昼食の用意が何もできていない。
ということで、久遠は桔梗と昼食の買い出しをすることにした。
ドラクール達を送還して2人で家を出てスーパーに向かい、手軽な昼食ということで手作りバーガーを作るべく食材を買っていく。
帰って来てから、久遠と桔梗はお好みの具材を挟んでハンバーガーを完成させる。
「「いただきます」」
ハンバーガーのレシピはパン屋やスーパーの総菜パンを真似して作っているから、バリエーションは豊富だ。
「久遠は何から食べるの?」
「俺はなんちゃって蟹バーガーかな」
なんちゃって蟹バーガーの作り方だが、バンズの上にキャベツミックスを敷き、その上にカニカマとシーザードレッシングをかけてバンズで挟むだけだ。
「桔梗さんは何から食べる?」
「私はベジタブルバーガーかな」
ベジタブルバーガーはバンズの上にキャベツミックスを敷き、蓮根のフライを置いてその上にコンソメを使ったニンジンとピーマン、玉ねぎ、もやしの野菜炒めを乗せ、最後にバンズで挟んだものだ。
バンズ以外は野菜だけのはずなのに、想像以上に食べ応えのある一品と言える。
こんな風に久遠と桔梗が色々とアレンジした手作りバーガーを食べ、昼食を終えたらコーヒーを飲んで食休みに入る。
「こういう休日も良いよね~。夫婦みたいでさ」
(うっかり頷きそうになったけど、これで言質を取られるのは不味いな)
「昼を2人で作るのは面白かったな。朝一でデビーラ達に宅配されたのはびっくりしたけど」
「確かにそうだね。でも、わざわざ非効率なことをする必要はないから、ちゃんと覚悟さえしていればあれは便利だと思うけどね」
言質を取れたらラッキーぐらいに思っていたのか、桔梗は悔しがる素振りを見せたりしなかった。
余裕のある態度だけれど、もしも久遠が自分の言葉を肯定したらすぐにでも婚姻届を取り出してサインを迫るのは間違いない。
「そんなもんか。まあ、パイモンがいきなり現れるよりはマシか。午後は好きにゲームして、夜にコラボ配信で良い?」
「うん。私は夜の配信で支障が出ないように機材回りの調整をするよ」
「了解。その辺は詳しくないから頑張ってくれ」
「は~い」
パソコンや周辺機器に関する知識は桔梗の方が詳しいから、久遠には防音室の組み立てより先のことは手伝えない。
だからこそ、すっぱりと機材周りの調整は桔梗だけにやってもらって自分はUDSをやるつもりである。
部屋に戻ったら、リビングフォールンが久遠に話しかける。
『マスター、さっきは危なかったね。夫婦みたいだねって時の会話はしっかり録音されてたよ』
(マジか。言質の取り方がマジすぎるんだが)
『もしかしたら、マスターの声をサンプリングしたらそれを操作して言わせたいセリフ集を編集してたりして』
(リビングフォールンや、そっち方面で想像力逞しくなくて良いからね?)
桔梗のヤンデレムーブについてはあまり考えたくなかったから、久遠はリビングフォールンに注意してからUDSにログインした。
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