第133話 その愉悦はゴミ箱に捨ててもろて

 火曜日は何事もなく仕事が進み、レンタルタワー攻略戦前日ゆえに宵闇ヤミのコラボ配信はなかった。


 レンタルタワー攻略戦当日の水曜日、会社ブリッジから予定通り残業せずに帰って来た久遠は、夕食と風呂やその他諸々を済ませてUDSにログインする。


 いつもならログアウト地点にログインするのだが、今日はレンタルタワー攻略戦に参加する意思表示をすることで、ホーム画面から自動的にイベント用の特設エリアに飛ばされた。


 特設エリアへの入場はイベント開始1時間前から可能であり、鬼童丸が入場したのは開始15分前だった。


 既にそこそこの数のプレイヤーが入場しており、集会ゾーンで情報交換をしている者が多かった。


 新人戦の時はバトルゾーンで模擬戦をしていたけれど、今回は自身の従魔が使えないことからバトルゾーンが設けられていなかったので、早く特設エリアに来たプレイヤーは集会ゾーンで情報交換をするしかないのだ。


 それでも、これから始まるレンタルタワー攻略戦を楽しみに思い、ソワソワして特設エリアに早々に来てしまったプレイヤーもちらほらいたようだ。


 (祭りだからみんな浮かれてるねぇ)


 鬼童丸は集会ゾーンで喋っている多くのプレイヤー達を見て、にぎやかな雰囲気に微笑んだ。


 そんな鬼童丸を見つけ、宵闇ヤミとヴァルキリーが駆け寄る。


「「鬼童丸見っけ! ちょっと、真似しないでくれる?」」


 (実は仲良しだったりする?)


 自分に声をかけるところから、いがみ合うまでまるっきり同じ反応をする2人に対して鬼童丸は苦笑した。


 特に宵闇ヤミに至っては配信を始めており、プレイヤー以外の5,000人を超えるヤミんちゅ達に見守られているのだが、ヴァルキリーと揉める様子を隠すつもりはないようだ。


 女の戦いを見て楽しんでいるヤミんちゅ達が大半なので、宵闇ヤミ的に気にする必要はないのである。


 その後ろから、ニヤニヤしたリバースがポップコーンとコーラを持ってやって来た。


「リバース、そのポップコーンとコーラって何処で手に入れたんだ?」


 新人戦ではポップコーンとコーラなんて特設エリアで手に入らなかったから、鬼童丸はリバースに何処で手に入れたのか気になって訊ねた。


「ん? 向こうの出店で売ってた。ネクロで購入するんだ。ゲーム内なのに味も食べた感覚も再現されててびっくりしてる」


「マジか。それって地味にすごいんだが」


「だよな。この技術を上手く使えれば、病気で食べたい物を食べれない病人に疑似的に好きな物を食べさせてやれる。そのすごさを愉悦と一緒に味わってるんだ」


「その愉悦はゴミ箱に捨ててもろて」


 鬼童丸はそう言った直後に、リバースが指差した方向にある出店に視線をやる。


 そこにはたくさんのスケルトンがいて、ポップコーンとコーラを扱う出店の店員をしていた。


 (スケルトンが店員として働くのは面白いわ)


 NPCの人間が働くのなら何も珍しくないが、スケルトンが攻撃不能なNPCとして働くのはUDSならではであろう。


 鬼童丸だけでなく、宵闇ヤミとヴァルキリーもネクロを払って出店でポップコーンとコーラを購入する。


 実際にポップコーンを食べてみると、サクサクした食感を味わえた。


「おぉ、ポップコーンだ。味はオーソドックスな塩味にバターをかけるタイプか」


「流石にキャラメルポップコーンはコーラとの相性がねぇ」


「しょっぱいと甘いの掛け算が良いのよ」


 鬼童丸が絡まなければ、宵闇ヤミとヴァルキリーの気は合いそうである。


 購入したポップコーンとコーラが空になったところで、特設エリアの上空にスポットライトが当たり、そこには鬼童丸にとって見覚えのあるメスガキ小悪魔が現れた。


 この小悪魔こそ、デーモンズソフトのマスコットキャラであるデビーラだ。


 前回は教育番組の歌のお姉さんを想起させる感じだったのに対し、今回は軍服を着ているせいでどこぞの軍曹のような厳格さを感じさせる。


「私がレンタルタワー攻略戦の司会のデビーラである。話しかけられた時以外は口を開くな。口でクソ垂れる前と後に“Sir”と言え。わかったか、蛆虫共!」


『『『…『『Sir, Yes Sir』』…』』』


「ふざけるな! 大声出せ! タマ落としたか!」


『『『…『『Sir, Yes Sir!』』…』』』


 (歌のお姉さんやった時の反応がいまいちだったから、次はハー○マン軍曹ってこと? タナトスはこの振る舞いを知ってるのかね?)


 事前に収録されたらしい複数人の返事をする声が特設エリア内に響くけれど、これ自体は二度目なので鬼童丸はツッコんだりしない。


 それよりも、デビーラがハー○マン軍曹みたいな振る舞いをする理由の方に興味を抱いていた。


 また、デビーラがこんな振る舞いをしているのを彼氏のタナトスが知っているのか気になった。


 デビーラの本来の性格がハー○マンとは違うから、ロールプレイしている姿をタナトスに見られた時にデビーラがどうなってしまうのか鬼童丸は見てみたかった。


 鬼童丸がどう考えているかなんて知らないので、デビーラはハー○マン軍曹のように演じ続ける。


「貴様等雌豚共が私のレンタルタワー攻略戦で良い成績を収められたのなら、各人が一人前のネクロマンサーとなる。獄先派との戦争で勝敗を分ける立派な戦力だ。その日までは蛆虫だ! 地球上で最下等の生命体だ! 貴様らは人間ではない。両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない! 貴様等は厳しい私を嫌う。だが憎めばそれだけ学ぶ。私は厳しいが公平だ。人種差別は許さん。黒豚、白豚、黄色豚を、私は見下さん。全て平等に価値がない! 私の使命は役立たずを刈り取ることだ。愛する地球の害虫を! わかったか、蛆虫!」


『『『…『『Sir, Yes Sir』』…』』』


「ふざけるな! 大声出せ!」


『『『…『『Sir, Yes Sir!』』…』』』


「よろしい。では、レンタルタワー攻略戦の説明を始めよう」


 (あぁ、なるほど。近い内に来るだろう獄先派との戦いに向けて、発破をかけるためのハー○マン軍曹ってことか。お疲れ様)


 やり切ったデビーラに対し、好き勝手に振舞っていると思い込むプレイヤーが多い中、鬼童丸はどうしてデビーラがこんな振る舞いをしているのか合点がいったため、デビーラに対して労いの言葉を念じた。


 デビーラが説明し始めたレンタルタワー攻略戦の内容は、まとめると以下の通りになる。



 ・レンタルタワー攻略戦ではプレイヤーの従魔を一切使用できない

 ・レンタルタワー攻略戦では予選と決勝戦の2回タイムアタック形式で行われる

 ・レンタルタワー攻略戦ではプレイヤー同士が鉢合わせるから戦うこともある

 ・予選でレンタルできる従魔はスケルトンとゾンビ、ゴーストから選ぶ

 ・決勝でレンタルできる従魔は決勝に進んだ時に抽選で決める

 ・決勝に進めるのは予選上位4名のみであり同率4位が複数ならどちらも決勝に進む

 ・決勝で1位~4位になったプレイヤーにはアイテムがプレゼントされる

 ・予選も決勝もレンタルタワーは5階建てだが決勝戦の方が難易度は高い

 ・レンタルタワー内で倒した敵のカードはプレイヤーレベルに応じて使用できる

 ・レンタルタワー攻略戦においてレンタル従魔は進化も融合フュージョンもできる

 ・レンタルタワー攻略戦ではアイテムを持ち込めないがタワー内で見つけた物は使える

 ・レンタルタワー攻略戦で倒した全ての敵から経験値が得られる

 ・レンタルタワー攻略戦ではプレイヤーの一切の称号の効果が無効化される

 ・本イベントはデーモンズソフトのWeTubeチャンネルと宵闇ヤミチャンネルで配信される



 今回のイベントは13のルールが用意され、最後の1つはUDSの宣伝だった。


 どのルールも限りなくプレイヤーを平等にするためにあるから、これで負けたら文句は言えないだろう。


 従魔をロスしないという点もプレイヤーに優しいから、デーモンズソフトはプレイヤーのネクロマンサーとしての純粋な実力を鍛えようとしているのだ。


 現世に悪影響を及ぼす獄先派に対抗するならば、親人派の戦力増強は急務だから従魔だけでなくプレイヤー自身を鍛えるのは必要なことだ。


「さて、それでは貴様等をランダムな位置に強制転移させる。決勝を目指して死力を尽くすのだ」


 そう言ってデビーラが指パッチンした直後に、鬼童丸達予選参加者が光に包まれて予選の行われるタワーに転移させられた。

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