第82話 女の臭いがする。私の久遠さんを奪おうとする卑しい女の臭いが

 帰宅した久遠は桔梗に出迎えられた。


 笑顔で出迎えた桔梗だったけれど、久遠に近づいてクンクンと匂いを嗅ぐと目からハイライトが消える。


「女の臭いがする。私の久遠さんを奪おうとする卑しい女の臭いが」


「桔梗さん、落ち着いて」


「ねえ、久遠さん。私以外の女の臭いがするのはなんで?」


「今日は隣の席に女性社員が座ってたからだよ」


 久遠は会社でフリーアドレス制だと桔梗に伝えているから、今の説明でも理解できる。


 もっとも、理解はできても納得はしていないようだが。


「私というものがありながら他の女に浮気するの?」


「厳密に言うとまだ付き合ってないんだが」


「同棲してる時点でそんなの時間の問題だよ」


「おいおい」


 それを桔梗が言うのかというツッコミなのだが、桔梗に壁ドンされて追い詰められた久遠は苦笑するしかなかった。


 壁ドンしたまま少しだけ時間が経ったら、この後コラボ配信するならその準備が必要なのではと久遠に指摘され、桔梗はそうだったと言って夕食を取ることにした。


 食後にあれこれ準備を済ませた後、久遠は鬼童丸としてUDSにログインする。


 ログイン後は日課の生産系クエストを行うのだが、久遠は各拠点におけるNPCの数が増えていることに気づいた。


「住民が増えてる?」


「それが其方の成し遂げた結果によるものだ」


 声が聞こえて振り返ると、そこにはタナトスがいた。


「タナトス、どういうこと?」


「冥開が安全地帯になり、冥開に移住する者が増えたんだ。どうやら、他所の新人ネクロマンサー達が統治されていないエリアの生存者達から護送依頼を受け、冥開付近まで送り届けてるようだ」


 統治されたエリアだとしても、アンデッドモンスターを殲滅しなければ安全地帯認定されることはない。


 安全地帯でなければ、そのエリアから人が逃げるのは当然のことだろう。


 ついでに言えば、クエストが発生してそれで他のプレイヤーが遊ぶ要素を増やせているのだから、鬼童丸からすれば文句はない。


 そこに宵闇ヤミがやって来る。


「鬼童丸さん、早速エリア争奪戦が行われてるみたいだよ。それと、冥開の周囲が既に他のプレイヤーの統治エリアになっちゃってる。今日は何処に行こう?」


「それなら、エリア争奪戦を仕掛けちゃうか。俺達の覇道を邪魔するなら戦って奪うのみ」


「おぉ」


 パチパチと手を叩く宵闇ヤミはさておき、鬼童丸はタナトスの様子を伺う。


 そんな野蛮なことをするんじゃないと言われるかもしれないから、鬼童丸はタナトスの反応がどんなものか探っているのだ。


 タナトスは鬼童丸が自分のリアクションを探っていると知り、ちゃんと自分の考えを伝える。


「別に構わないさ。新人戦が終わったとはいえ、まだまだ其方達はひよっこの枠から抜け出したばかりだ。競い合って強くなるのも良いだろう。ただし、合意のない戦いは止めておくことだ。害悪ネクロマンサー認定されるからな」


「わかった」


 方針が決まったところで午後8時になり、宵闇ヤミのコラボ配信が始まる。


「こんやみ~。登録者数が10,000人を超えてシルバーの盾を狙いたいと思い始めた悪魔系VTuber宵闇ヤミだよ〜。よろしくお願いいたしま~す。そして~?」


「どうも、アンデッドスロットで宵闇さんをわからせた鬼童丸だ。よろしく」


「どぼじでぞん゛な゛ごどい゛う゛の゛~?」


 鬼童丸が流れるように刺すものだから、コメント欄はヤミんちゅ達によって大草原が広げられていた。


「宵闇さんが登録者10,000人を超えて慢心しないように、愛のある言葉のナイフを用意してみた」


「えっ、愛? じゃあ良いや」


 愛という言葉が鬼童丸の口から出たことに喜び、宵闇ヤミはそれなら刺されても構わないと手の平をクルッと返した。


 ヤミんちゅ達はこれでこそ宵闇ヤミとコメントしており、ブレないスタイルに好意的だった。


「さて、今日はヤミも鬼童丸さんと一緒にエリア争奪戦に参加するよ。ということで、ヤミんちゅ達の中でヤミ達と戦いたい人を募集するよ」


 その瞬間、真っ先に黄色いスーパーチャットで挙手したヤミんちゅが2人いた。


 ヤサーイ王子と世紀末マイコーである。


「おっと、ヤサーイ王子さんと世紀末マイコーさんがほとんど同時で挙手してくれたね。じゃあ、2対2で戦おうよ。その2人には同盟を組んでもらって、ヤミと鬼童丸さんと戦うの」


 (ヤサーイ王子? あぁ、新人戦で戦ったプレイヤーか)


 まさかヤミんちゅだとは思っていなかったが、鬼童丸はヤサーイ王子と聞いて新人戦で戦った時のことを思い出した。


 世紀末マイコーは予選で宵闇ヤミと戦ったヒャッハーなヤミんちゅであり、ヤサーイ王子と世紀末マイコーが組むのかと配信を見ているヤミんちゅ達は盛り上がる。


 ヤサーイ王子は<自尊男爵(佐野・足利・栃木・野木)>の称号を得ており、世紀末マイコーは<公演男爵(前橋・伊勢崎・太田市)>の称号を得ていた。


 鬼童丸と宵闇ヤミは墨田区を賭け、ヤサーイ王子と世紀末マイコーの同盟は野木町をを賭けた。


 ここでオールインするとお互いの今後のプレイに支障が出るので、全ての当地エリアを賭けるような真似はしないしさせないと宵闇ヤミがはっきりと告げたのだ。


 世紀末マイコーがノーリスクで模擬戦に参加できるのは、エリア争奪戦の舞台が墨田区と野木町だからだ。


 鬼童丸と宵闇ヤミは墨田区の拠点を守りつつ、野木町の拠点を先に落とせば勝ちだ。


 逆にヤサーイ王子と世紀末マイコーは野木町の拠点を守りつつ、墨田区の拠点を先に落とせば勝ちである。


 お互いの準備が整ったら、システムメッセージが4人の視界に表示される。


『エリア争奪戦開始まで3,2,1, START!!』


 エリア争奪戦が始まり、鬼童丸陣営は宵闇ヤミを野木町に送り込んで鬼童丸が墨田区の拠点を守る作戦を実行する。


 隣接していないエリア同士でのエリア争奪戦を行う場合、そのエリアの境界線を越えると敵地に転移できる仕組みだ。


 鬼童丸が宵闇ヤミを敵地に向かわせたのは、撮れ高は攻めの方が良いと判断したからだ。


 攻め込まれるまで守りは暇だろうから、鬼童丸は守りを任せてもらった訳だ。


 (さて、世紀末マイコーが来ると予想するがどうだろう?)


 墨田区の拠点である東京スカイツリーで待つ鬼童丸は、ヤサーイ王子と世紀末マイコーのどちらがこちらに向かってくるか考え、後者であると予想した。


 その理由だが、今回賭けの対象になっているのはヤサーイ王子の統治エリアであり、自分のエリアを他のプレイヤーに任せて自分が攻め込むとは考えにくかったからだ。


 鬼童丸の予想は的中し、世紀末マイコーがグラッジハーレーに乗って現れた。


「ヒャッハー!」


 (新人戦の予選からちゃんとパワーアップしてそうだな)


召喚サモン:アビスライダー」


 鬼童丸が召喚したのは相棒のドラクールではなく、アビスライダーだった。


 灰色の出目金龍に騎乗した深淵の騎士を見て、世紀末マイコーがグラッジハーレーから飛び降りる。


 その直後に、グラッジハーレーのサイドカーからファントムソードが飛び出した。


「オイオイオーイ! 俺様が2体出してるのに1体で挑む気かぁ!? 戦力の逐次投入は悪手って学校で習わなかったのかぁ!?」


「そんな学校教育はねえよ。御託は良いから戦うぞ。アビスライダー、【絶望放気ディスペアオーラ】」


 鬼童丸がアビスライダーに【絶望放気ディスペアオーラ】を命じたことで、グラッジハーレーとファントムソードにデバフがかかった。


「ファントムソードは【十字飛斬クロススラッシュ】を放てェ! グラッジハーレーは【炎上突撃ブレイズブリッツ】だァ!」


 ファントムソードの攻撃とグラッジハーレーの攻撃を受けるが、デバフを受けた2体の攻撃に対してアビスライダーのVITが高くて大したダメージにならない。


「温いな。攻撃ってのはこうやってやるんだ」


 鬼童丸はセットコマンドで【破壊飛斬デストロイスラッシュ】を発動させ、それによってグラッジハーレーに大ダメージが入ってダウン状態に陥る。


 追撃のボタンを押せば更にダメージが上乗せされ、グラッジハーレーのHPは風前の灯火とも言える状況に陥った。


 だがちょっと待ってほしい。


 アビスライダーの怨霊剣サーストだが、斬った敵を乾燥+出血状態にさせる効果があるから、グラッジハーレーは時間経過によってダメージが入って力尽きた。


「俺様のグラッジハーレーがぁぁぁぁぁ!」


「攻めて来たんだ。当然やられる覚悟もあるよな?」


「アァァァァァオ!?」


 その後、アビスライダーがファントムソードをきっちり倒し、世紀末マイコーがエリア争奪戦から脱落した。

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