第9章 Area Scramble
第81話 伝手どころか本人じゃねえか
翌日の金曜日、久遠は桔梗に見送られて出勤する。
「行ってらっしゃい。早く帰って来てね」
「何もなければ6時ぐらいに帰って来れるはず」
久遠は残業しなければ午後6時前には帰宅できているから、今日もトラブルさえなければそのぐらいに帰って来れると告げて家を出た。
(出勤を見送ってもらえるってのも悪くないな)
そんな風に思いつつ、久遠は最寄り駅に移動して電車に乗り、
ノートパソコンを起動し、素早くメールチェックを済ませて休んでいる間に積まれたタスクを簡単なものから済ませていく。
午前10時半になり、久遠は主任会議に参加するべく予約してある小会議室に移動する。
主任会議とは主任と課長補佐で行われる会議であり、その内容をまとめて課長に報告するのが課長補佐である久遠の役割の1つだ。
現在、主任は営業第一課にはチームがA~Cの3つあり、小会議室には各チームの主任と久遠の4人が集まっている。
「それでは、今週の主任会議を始めます。事前にメールにて連携したアジェンダに沿って進めます。まずは各チームの今週分の報告からなので、Aチームの原口さんからお願いします」
「はい。Aチームは現在、5人の学生がインターンに参加しておりいずれも学生と会社の関係は良好です。また、鬼灯さんのおかげでエブリパークとの契約も締結できました。来週からエブリパークもリストに加えてインターン生を募集します」
原口が言うリストとは、ブリッジに登録した学生が閲覧できるインターン可能企業一覧のことだ。
学生が応募し、その学生と企業の担当者が面接してマッチングが成立するとインターンの期間や体験内容の調整を行い、インターン開始という順で進んで行く。
エブリパーク株式会社はそこそこ名の知れた企業だから、久遠と残り2人の主任も原口に対して拍手を送った。
「原口さん、ありがとうございました。また何かあれば相談して下さい。次はBチームの
甲は笑顔でうっかり言葉のナイフを突きつけてしまうところがある女性社員だが、仕事が迅速丁寧であるところが評価されて主任に抜擢された。
1人辞めてAチームよりも一般社員が少ない2人になってしまったけれど、それでもAチームと同じぐらい頑張っているのがBチームだ。
「はい。Bチームは現在、5人の学生がインターンに参加しており、本日その内の緑山農園のインターンが終わります。学生と企業に確認したところ、両者の合意が得られ採用が決まりました」
「おめでとうございます」
久遠と原田、Cチームの主任が拍手した。
原田を悩ませたエブリパークの足立は、上から目線で学生が自社に就職するならインターン生を受け入れても良いというような言い方をしたから久遠が動いたが、本来は緑山農園のように学生と企業の直接のやり取りで採用決定という流れが望ましい。
今回は望ましいケースだったということで、久遠も素直に喜べた訳だ。
「ありがとうございます。報告はもう1つありまして、縁あって来週火曜日に株式会社飛山でインターン生受け入れ提案が決まりました。私が直接行く予定なのですが、できれば鬼灯さんにもご同行いただければと思います」
(飛山か。眞鍋に相談してみよう)
「わかりました。運良く飛山にも友人が在籍していますので、本件について探りを入れてみます。担当者の名前はわかりますか?」
「眞鍋さんという月間パールの方です。以前、ブリッジに取材に来られた女性記者ですね」
(伝手どころか本人じゃねえか)
声には出さなかったが、久遠は思わず心の中でツッコんでしまった。
「ありがとうございます。提案資料が用意できたら私に送って下さい。確認しますので」
「承知しました。Bチームからは以上です」
月間パールはエブリパーク以上に大きな企業であり、課長の石橋を連れて行って箔を付けるのもありな案件だ。
しかし、石橋は来週の火曜日から木曜日にかけて大阪出張の予定なので、課長補佐である久遠が行くしかないのである。
とりあえず、後で眞鍋に飛山でインターン生を受け入れる余地があるのか探ってみることにした。
「甲さん、ありがとうございました。次はCチームの滝田さん、お願いします」
Cチームは第三セクターやNPO法人の団体をターゲットとするチームであり、そのリーダーである滝田は都庁から転職して来た男性社員だ。
現在、1人が産休に入っていてBチーム同様稼働人数は一般社員は2人なのだが、Bチームと違って辞めた訳じゃないから人員の補充は今のところない予定である。
「はい。Cチームは現在4人の学生がインターンに参加しており、もうすぐいずれもインターンが終了します。どの組からもこのまま就職したいと聞いております。また、次も同様にインターン生を受け入れたいと心強い話を4つの法人からいただいております」
「流石ですね。滝田さん、人員補充はまだ厳しいですが、手伝えることがあったら言って下さいね」
「ありがとうございます。いつもご助力いただいて本当に助かっています」
滝田の発表も終わり、久遠と原田、甲が拍手した。
それから、今後狙っていくべきターゲットとなる企業や集団について話をした後、来週から入社する寧々がBチームに配属されることを発表して主任会議は終わった。
久遠は自席に戻り、眞鍋にチャットでインターン生の受け入れ提案について訊ねてみた。
その結果、出版社に就職したいと考えているものの出版社で働くイメージがちゃんとできておらず、入社してからミスマッチに悩むことも少なくないから、実際にインターン生として体験してもらってミスマッチをなくそうという考えのようだった。
前向きに受け入れてもらえそうな感じがしたため、後は甲の提案資料がまともなら問題なさそうである。
そこに甲が自分のノートパソコンを持ってやって来た。
「鬼灯さん、今少しお時間よろしいですか? 先程の飛山への提案資料をチェックしていただけないかと思いまして。メールで送るよりも実際にここでアドバイスいただきながら調整したいです」
「わかりました。見せて下さい」
久遠は甲から提案資料を見せてもらった。
(うん、これなら問題なさそうだな。強いて言うなら、サービス利用実績のところをいじるぐらいか)
「よくできてますね。概ねこれで良いと思いますが、個人的に1つだけ変更してもらいたいところがあります」
「何処でしょうか?」
「サービス利用実績のページです。基本的に提案先の同業他社あるいは関連業種の利用実績や事例を載せることから、出版社の事例がないので広告業界の会社やアニメ制作会社の実績にしてますよね。ここを変えたいと思います」
「どんな風に変更するんですか?」
前例踏襲が全てではないが、よく前例踏襲されがちなのは安牌だからだ。
久遠がそれを止めて別の内容にすると言うのだから、甲はどんな企業や集団の実績を載せるつもりなのかと訊ねたのである。
「月間パールの過去の記事にあったはずですが、働きやすい中小企業ランキングに載っている企業の利用実績と事例にしましょう。そうすれば、取材の過程でその企業の雰囲気も掴んでいるでしょうから、自社でインターンをした時のイメージがより鮮明になるはずです」
「なるほど、流石は鬼灯さんですね! やってみます!」
受けたアドバイスがしっくり来たため、甲はすぐに久遠の言う通りに変更してみた。
修正版の資料で完成したと判断し、正午を回っていたから久遠はリフレッシュルームで昼食を取ることにした。
その時、偶然にも甲も弁当持参だったため一緒に食べることになった。
「鬼灯さんって最近お弁当になりましたよね。自分で作ってるんですか?」
「いえ、友人が作ってくれることになったんです。料理の腕を磨きたいということで、私はその試食係といったところですよ。材料費は折半していますから、自分にも友人にもメリットのある話なんです」
久遠は既に彼女疑惑が噂されているため、馬鹿正直に答えると面倒なことになるから予め用意しておいたストーリーを持ち出した。
「そうなんですね。でも、友人だと思ってるのは鬼灯さんだけだと思いますよ」
「どうしてですか?」
「このお弁当の中身、20代~30代の女性がターゲットの雑誌にある気になる男性の胃袋を掴むお弁当ってコーナーの内容とそっくりですから」
(やっぱり形から入るタイプなんだね、桔梗さん)
桜田麩でハートマークを作ったり、刻み海苔でLOVEと書いてみたりテンプレで攻めて来た桔梗だったが、今度はそういった記事の内容を取り込んで落としに来るあたり、桔梗の本気が窺えた。
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