第76話 タナトスの弟子に質問。宵闇ヤミとどうなりたい?

 ヘカテーは鬼童丸達と合流すると訊ねる。


「タナトスの弟子に質問。宵闇ヤミとどうなりたい?」


「…どうなりたいって言われると漠然とし過ぎて困るんだが、何を確かめたいんだ?」


「2人は一緒にいる時が多い。付き合ってるの?」


「付き合ってはないけど、友達として楽しくやってるよってなんだよ宵闇さん?」


「別に…」


 宵闇ヤミはヘカテーの質問に答えた鬼童丸に対してジト目を向けていた。


 その表情は明らかに不満であることを訴えており、なんでもないということはないだろう。


 実際のところ、鬼童丸の中身である久遠と宵闇ヤミの中身の桔梗は同棲こそ始めたけれどまだ付き合っていない。


 あくまで事実を述べただけなのだが、鬼童丸の回答に宵闇ヤミとしては付き合っていると言ってほしかったようだ。


 もっと言えば、それで言質を取って彼女として振る舞いたいのである。


 残念ながら、鬼童丸は宵闇ヤミの思う通りに答えてくれなかったのでその目論見は上手くいかなかった。


 鬼童丸の回答を受けてヘカテーは首を傾げる。


「意外。ここまで仲が良いからてっきり付き合ってると思ってた」


 (最近のAIってカップルを作らせたいのか?)


 そんなことを思いつつ、鬼童丸は話題を変えることにした。


「まあ、仲が良いっていうのも色々あるんだ。タナトス、小金井市の生存者って何処に立て籠ってる?」


「この公園内にある江戸東京たてもの園にいるぞ。ヘルストーンの影響で小金井市にいるアンデッドモンスターはあとそこにいる奴等だけのはずだ」


「了解。行ってみる」


 ヘルストーンの影響により、小金井市にいたアンデッドモンスターは全て都立小金井公園に集まってしまったようだから、このエリアの統治権を狙うにあたって効率が良いのはありがたい話だ。


 鬼童丸はフロストパンツァー以外を送還し、宵闇ヤミも全ての従魔を送還して2人はフロストパンツァーに乗り込んで江戸東京たてもの園に向かった。


 もうすぐ目的地というところで唐突に霧が出始める。


「ここで天候が変わるか」


「ただの霧なのかな? これ、既に攻撃されてるとかない?」


「どうだろうな。今のところ、フロストパンツァーにダメージもなければ状態異常もないぞ」


「そっか。じゃあ、単に天候の変化みたいだね」


 フロストパンツァーに何も変化が起きないから、鬼童丸達はそのまま前進して江戸東京たてもの園に到着した。


 ちなみに、この霧は敵の攻撃ではなくランダムな天候の変化であり、それはヤミんちゅの中の有識者によって宵闇ヤミに教えられた。


 霧はプレイヤーにとって迷惑な天候になっており、行動するにあたっては見通しが悪くなるから動きにくく、戦闘中の命中率を下げる効果もある。


 もっとも、それは誰にとっても同じなのでプレイヤー限定のデバフという訳でもないのだが。


 そして、鬼童丸達が接近してきたことに気づき、近づいて来るアンデッドモンスター達がいた。


 数が多いのは幽霊系アンデッドモンスターであり、その見た目は修行僧だった。


「ゴーストモンクの群れか。ボスはこいつらじゃないはずだけど何処だ?」


 既に乱戦モードに画面が切り替わっているので、鬼童丸はフロストパンツァーの内部からカメラで外の様子をチェックして首を傾げた。


「ゴーストモンクはボスの取り巻きっぽいよね」


「ああ。フロストパンツァー、【氷結罠フリーズトラップ】だ」


 念のため、自分達に敵が近づいて来た時に凍り付く罠を仕掛けてみたのだが、フロストパンツァーがを起動してからすぐに【氷結罠フリーズトラップ】によって凍り付く者がいた。


 そのアンデッドモンスターは全身が焦げ茶色であり、顔の下部から腹部までが大きな口になった化け物だった。


「ヴェータラがボスか。なんにせよ、召喚サモン:オール」


「私も! 召喚サモン:オール!」


 鬼童丸に経験値をごっそり持っていかれてしまうと思い、宵闇ヤミも慌てて全ての従魔を召喚した。


「ドラクール、翼をはばたかせて霧を吹き飛ばしてくれ」


 鬼童丸はドラゴン形態のドラクールに指示し、霧を翼の風圧で散らしてみせた。


 それによって霧が散って天候が綺麗な夜空に変わり、東京たてもの園の入り口での戦闘が始まる。


 戦闘が始まると、好戦的なゴーストモンクが一斉にアビスライダーに集まって来る。


 アビスライダーを囮にして、お互いにセットコマンドで最高火力の攻撃を使えば、ゴーストモンクの群れはどんどんその数を減らしていく。


 勿論、その隙にヴェータラがぬるりと近づいてアビスライダーを攻撃しようとするから、デスマスクラウンにその対応をさせる。


「デスマスクラウン、【麻痺賽子パラライズダイス】」


 デスマスクラウンがヴェータラに向かって賽子を投げれば、それに当たったヴェータラは麻痺状態になって動けなくなる。


 そこにセットコマンドを使って集中攻撃すれば、ヴェータラのHPは一気に0まで削られたように見えた。


 見えたと表現したのは、尽きたはずのHPが急激に全回復してヴェータラが立ち上がったからだ。


「なるほど。レギネクスと一緒で【代償回復ペイヒール】持ちか」


 【代償回復ペイヒール】を会得しているアンデッドモンスターの場合、HPが尽きても経験値を捧げることで全回復して復活できる。


 ヴェータラが厄介な【代償回復ペイヒール】を使うなら、鬼童丸にも考えがある。


「リビングフォールン、【能力封印アビリティシール】だ」


 鬼童丸の指示に従い、リビングフォールンは【能力封印アビリティシール】でヴェータラのアビリティを封じた。


 これで【代償回復ペイヒール】は使えないから、改めて鬼童丸はセットコマンドを使って一気に畳みかける。


 宵闇ヤミも雑魚モブ狩りを終えた従魔達にヴェータラを攻撃させたから、オーバーキルになってヴェータラはこれ以上足掻けずに倒れた。


『鬼童丸がLv77からLv79まで成長しました』


『鬼童丸の称号<小金井の主>が<小金井市長>に上書きされました』


『鬼童丸がLv70以上で10のエリアを束ねため、鬼童丸の称号<鏖殺子爵(新宿・文京・中野・荒川・杉並・武蔵野・三鷹・調布・足立)>と称号<小金井市長>が称号<鏖殺伯爵>に統合されました』


『鬼童丸は領地の名前を設定できるようになりました』


『ドラクールがLv16からLv18まで成長しました』


『アビスライダーがLv12からLv14まで成長しました』


『リビングフォールンがLv8からLv10まで成長しました』


『レギネクスがLv4からLv8まで成長しました』


『フロストパンツァーがLv4からLv8まで成長しました』


『ヨモミチボシがLv4からLv8まで成長しました』


『デスマスクラウンがLv1からLv10まで成長しました』


『ゴーストモンクを100枚、ヴェータラを1枚手に入れました』


『小金井市にいる野生のアンデッドモンスターが全滅したことにより、小金井市全体が安全地帯になりました』


『安全じゃない近隣地域のNPCが避難して来るようになります』


 システムメッセージが収まった後、鬼童丸の正面には自分の統治エリアに新しい名前を付けるウィンドウが表示された。


 (伯爵になるとそんなこともできるのか。じゃあ、冥開めいかいで)


 鬼童丸の頭の中では、地獄の門がしょっちゅう開かれているから獄開で良いかと最初は考えたが、地獄を他の言葉に言い換えてみた時に冥界や冥土等が思い浮かんだため冥開と名付けた。


『鬼童丸の称号<鏖殺伯爵>が<鏖殺伯爵(冥開)>に上書きされました』


『鬼童丸が日本サーバーで初めて統治エリアに名前を付けました』


『日本サーバーにおいてエリアの統治権を持つプレイヤー限定でエリア争奪戦が解禁されました』


『これにより、共同統治権を有していたエリアについて宵闇ヤミとヴァルキリーに選択肢が与えられます』


 (うん、これは面倒事の予感がして来た)


 そう思った瞬間、鬼童丸はチラッと宵闇ヤミの方を向いた。


 鬼童丸と目が合った瞬間、宵闇ヤミはとても良い笑みを浮かべて目の前にあるボタンをタップした。


 その直後に鬼童丸の耳にシステムメッセージが届く。


『宵闇ヤミが共同統治権のあるエリアを冥開に統合することに合意し、鬼童丸に従属することを選択しました』


『ヴァルキリーが共同統治権のあるエリアを鬼童丸に譲渡して同盟を結びました』


 (うーん、これは検証班が飛んで来そう)


 宵闇ヤミが選択した従属とは、鬼童丸をトップとして自分はその配下としてプレイすることを意味している。


 エリアのトップではなくなる代わりに鬼童丸と領土を共有するから、3日ログインしないと統治権を失う問題でも鬼童丸と宵闇ヤミのどちらかがログインすれば統治権を失わずに済む。


 また、鬼童丸と宵闇ヤミは冥開のあちこちに設置された拠点を自由に転移できるようになる。


 ヴァルキリーが選択した同盟とは、結んでいるフレンド同士がエリア争奪戦において戦わずに済み、統治者の許可した場所しか入れない。


 ただし、自分のエリアに攻め込んで来たプレイヤーがいた時に同名を結んだプレイヤーに救援を求めた場合、統治者に許可された場所以外も入れるようになる。


 その後、江戸東京たてもの園の建物の中に隠れていた生存者達が現れ、鬼童丸と宵闇ヤミに感謝した。


 タナトスもヘカテーと一緒にその場に現れ、転移魔法陣を設置してから鬼童丸の方を向いた。


 どうやら大事な話があるようだ。

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