四章 完璧で究極のアイドル時空

 高雅コウガ・デュラムスペンの手に握られたナイフが結衣ユイめがけて振りおろされる。

 会場中が恐怖に凍りついたその瞬間、宙を裂いて一筋の光が走り、高雅コウガの腕に絡みついた。

 「なっ……!」

 高雅コウガは叫んだ。驚きの視線で自分の右腕を見た。そこに絡んでいたのは一本のロープ。ロープが光の矢と化して飛んできて、高雅コウガの腕に絡みつき、ナイフを振りおろすことを阻んだのだ。

 間一髪、結衣ユイの生命は救われた。会場の人々がそのことに気がついたとき、世界はかわった。会場の灯という灯が消え去り、瞬時にして暗闇に包まれる。

 かわりに闇を裂いて走るのは、幾筋ものスポットライト。いくつもの光が交差するそのなかに表れ出でたるシルエット。それは――。

 「きゃあ~、花恋かれんさまぁ~!」

 ヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロその人!

 夜の闇が滝となって流れているかのような漆黒の長い髪。光りかがやく透明感あふれる白い肌。誰もが振り返る絶世の美少女。ちょっとかがめば下着が見える大胆きわまるミニスカドレスをその身にまとい、居並ぶ観衆に背中を見せて立っている。

 その美しい横顔が見える程度に首を曲げ、左手は腰につけ、マイクをもった右手はまっすぐ下に向かって伸びている。ミニスカドレスから伸びた細くて長い生足は大胆に開かれ、ミニスカに包まれたセクシーな尻を大胆不敵に見せつけている。

 その圧倒的なアイドルオーラに世界はおののき、ひれ伏し、諸手をあげて降参し、世界は完璧で究極のアイドル時空へと変貌する。

 闇を貫いて響きわたる大歓声。乱舞するは無数のペンライトの光。『花恋かれん♡LOVE』の文字の入ったお手製うちわを振りまわし、誰も彼もがそろいの法被はっぴを着込んで大声援。

 病気がちで事実上の引退状態であったデュラスペンのご領主さまも、そんなことは忘れて大歓声。右手の指の間すべてにペンライトをはさみもち、左手にはお手製うちわ。鉢巻を額に巻きつけ、法被はっぴを着込み、滂沱ぼうだとばかりに泣きじゃくり、声もかれよと大声援。

 人々の歓声を浴びてヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロはクルリと一回転。完璧なターンを決めてみせる。そして――。

 右手にもったマイクを口元に当てて唄い出す。


 愛する心 もしも なくしたら

 すくえないのよ 令嬢おとめの涙は

 不思議な言葉ささやかれて わたし

 心 フワリと 異世界

 make up

  (make up)

 make up

  (make up)

 ドレスに着替えて

 make up

  (make up)

 make up

  (make up)

 ミニスカが踊る

 midnight ball

 あなたを守りたいの

 陰謀乗り越えて可憐な令嬢おとめの笑顔を

 midnight ball

 あなたに得てほしいの

 夢より素敵な幸せ


 歌が終わり、会場に明かりが灯る。花恋かれんはミニスカから伸びた生足をドバアッと開いて仁王立ち。ビシッと指を突きつけ、可憐に叫ぶ。

 「ヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロがいるかぎり、この世に令嬢おとめの涙は流れない!」

 「花恋かれんさまぁっー!」

 可憐な決め台詞に、居並ぶ観衆たちは涙なみだの大歓声。唯一無二の一番星の崇拝者たちが流した涙が床に落ち、その場はすでに洪水状態。あふれる涙の洪水が、一般庶民の一ヶ月分の食費にも相当する高価な靴を呑み込んでいる。

 そんななか、那珠香ナスカ・アイボリーゼは気色ばんで花恋かれんをにらみつけた。その気品あふれる貴婦人の外見からは想像もつかない呻き声がもれ出した。

 「おのれ、ヒーロー令嬢。あくまで、われらの邪魔立てをするか」

 そんな那珠香ナスカに、花恋かれんはひとり静かに『ふっ』と微笑む。ただ冴えざえと、そして高邁こうまいに。女としての気品、優美さ、エレガントさ。そのすべてで圧勝しておいて、その白魚しらうおのような指を那珠香ナスカに突きつける。

 「那珠香ナスカ・アイボリーゼ! 可憐な令嬢おとめをまどわし、己の手駒にしようとするその陰謀。不埒ふらちな悪行三昧もここまでよ!」

 「なんだと⁉」

 「問答無用! ヒーロー令嬢、ケガレナキアイ!」

 その叫びと共に花恋かれんの瞳から清廉なる光が放たれ、那珠香ナスカ・アイボリーゼの全身を包みこむ。

 「ギャアアアアッ!」

 光を浴びた那珠香ナスカの口からあふれ出したのは、品の良い貴婦人とはとうてい思えないおぞましい絶叫。その絶叫が消えたとき、そこにいたのは品格のある女性貴族などではなかった。毛むくじゃらの体にいやらしいオオカミの顔をもつ、一体の雄コボルトだった。

 「きゃああああっ!」

 会場中に令嬢たちの悲鳴が響く。とくに、ショックを受けていたのは愛謝アイシャたち三人。悪役令嬢に生まれかわってしまった自分たちを助けてくれる恩人。そう思っていた相手の正体が世にも醜く浅ましい雄コボルトだと知って、へなへなとくずれ落ちる。

 花恋かれんは雄コボルトに向かって指を突きつけ、宣言する。

 「汝の正体、見たり! 婚約こんやく破人はじん群魔ぐんまOZオーゼット!」

 「お~の~れ~、ば~れ~た~か~」

 いやらしい雄コボルトは、大きく開いた牙だらけの口からブツブツと泡だらけのよだれをこぼし、くやしさを込めて声をあげた。

 「こうなっては仕方がない! せめて、取り返しのつかない痛手をくれてやるぞ! やれ、高雅コウガ! 婚約者、結衣ユイを自らの手で殺すのだ!」

 群魔ぐんまOZオーゼットの命令が飛ぶ。一度は動きをとめた高雅コウガの腕が再び振りあげられ、ギラリと輝くナイフの刃が結衣ユイめがけて襲いかかる。そして――。

 会場中に響きわたるナイフの刃が肉を貫く恐ろしい音。滝のように血がしぶき、人々の視界が真っ赤に染まる。その血は――。

 高雅コウガ・デュラムスペンの腹から出ていた。

 「高雅コウガさま!」

 結衣ユイが叫んだ。高雅コウガに駆けよった。

 高雅コウガは、口の端から血を垂らしながらニコッと微笑んだ。それはまぎれもなく結衣ユイが愛し、領民たちが慕った高雅コウガ・デュラムスペンその人の穏やかで誠実な笑みだった。

 「……よかった。君を救えて」

 「高雅コウガさま……」

 高雅コウガの胸からほのかな輝きが放たれ、すぐに消えた。それは、群魔ぐんまOZオーゼットによって刻まれた隷従の紋が消滅した瞬間。最後のさいご、高雅コウガ群魔ぐんまOZオーゼットの命令に抗い、ありったけの精神力を込めて腕の軌道をかえ、結衣ユイのかわりに自分の腹を刺し貫いたのだ。愛する人を守るために。

 ナイフを刺した腹から滝のように血を流し、口からも血をたらしながら、それでも高雅コウガは愛する人に心からの優しい笑みを向けた。

 「ごめん。結衣ユイ。おれが弱くて、あんなやつに操られてしまったばかりに君につらい思いをさせた。でも、最後に君を救えてよかった。こんな情けない男のことは忘れて、どうか幸せに……」

 その一言を残し――。

 高雅コウガはその場に倒れ込んだ。

 「いやあっー、高雅コウガさまあっ!」

 結衣ユイの絶叫が轟く。

 そのありさまを見て、うろたえていたのは婚約こんやく破人はじん群魔ぐんまOZオーゼット

 「ば、馬鹿な……! 人間風情が我が隷従紋に抗うなど……」

 「ふっ、愚かな」

 「なにっ⁉」

 ヒーロー令嬢の冷笑に群魔ぐんまOZオーゼットは気色ばむ。そんな婚約こんやく破人はじんを相手に花恋かれんはビシッと指を突きつけ、宣言する。

 「愛は勝つ! 人間の愛の深さを測れなかったことがお前の敗因! 潔く成敗されるがいい!」

 「だ、だまれ! なにが愛だ、そんなもの認めん!」

 「お前が認めようと認めまいと愛はたしかにここにある! 受けよ、ヒーロー令嬢、可憐なスピーン!」

 花恋かれんの体が激しく回転し、吹きすさぶ嵐を生みだした。猛烈な風にあおられてミニスカドレスの裾がめくれあがり、その下に隠されていた絶白の輝きが表れる。

 「う、うおおおっ! な、なんだ、この輝きは……邪心が、邪心が溶ける。まさか、これが愛の力……」

 「と~う!」

 と、花恋かれんは掛け声とともに可憐にジャンプ。その身が鳥の姿のオーラに包まれる。

 「ヒーロー令嬢、か・ん・ど・りの舞い~!」

 叫びと共に、この世に顕現けんげんした神の鳥が邪悪なる婚約こんやく破人はじんを焼き払う。

 「うおおおおおっ!」

 群魔ぐんまOZオーゼットは悲鳴をあげて吹き飛ばされ、炎に巻かれて床にたたきつけられる。それでも立ちあがってみせたのは、悪の婚約こんやく破人はじんとしての最後の意地か。

 「ぐ、群魔ぐんまOZオーゼット死すとも婚約破棄は死せず! コンヤ・クゥ・ハッキばんざ~い!」

 その叫びと共に――。

 群魔ぐんまOZオーゼットの肉体は四散した。


 会場は静けさに包まれていた。

 響くものはただひとつ。死に行く婚約者の体を抱きしめ涙に暮れる結衣ユイの泣き声だけ。

 花恋かれんはそんなふたりに静かに近づいた。花恋かれんに気がついた結衣ユイが涙でいっぱいになった目で花恋かれんを見上げた。

 「……花恋かれんさま」

 「だいじょうぶ」

 と、花恋かれんは優しく微笑んでみせる。

 「あなたたちのような気持ちの良いカップルを不幸な目に遭わせはしない。ヒーロー令嬢、ハルカナルアイ!」

 その声と共に花恋かれんの目から光が放たれ、高雅コウガの体を包みこむ。すると、どうだろう。深々と刺さっていたナイフが自然と押し戻されて床に落ち、傷口がみるみるうちにふさがっていく。

 「ユ、結衣ユイ……」

 弱々しいが、しかし、はっきりとした生命の息吹を感じさせる声で高雅コウガが言った。

 「高雅コウガさまっ!」

 結衣ユイは泣きながら高雅コウガにすがりついた。しかし、今度の涙は悲しみの涙ではない。喜びの涙、歓喜の涙だった。

 どこからともなく拍手の音がした。ひとつ鳴るといっきだった。たちまち、会場中が温かい拍手の音に包まれた。

 例外はただ三人。那珠香ナスカ・アイボリーゼこと群魔ぐんまOZオーゼットにそそのかされて陰謀を巡らした三人の令嬢。愛謝アイシャ金夢キム望良ノーラだけだった。

 「ああ。わたしたちはなんということを」

 「あんな化け物にそそのかされて、大変なことをしてしまったわ」

 「今度こそ、おしまいだわ。わたしたちはもう一生、日の当たる場所では生きられない。いえ、もう命もない……」

 三人はそれぞれに絶望の呻きをもらす。

 高雅コウガ結衣ユイ。愛しあうふたりの姿を見れば、もはやどこにも自分たちの入り込む余地などないことはいやでもわかる。いや、それ以前にあのように醜悪な雄コボルトにそそのかされて陰謀を巡らしたとなれば、許されるはずがない。今度こそ、自分たちの前には断頭台が待ち受ける……。

 「……これで終わり。わたしたちは処刑されるわ」

 「前世では若くして事故死し、せっかく転生したと思ってもこんな終わりだなんて」

 「ひどい、ひどすぎるわ。わたしたちはただ幸せになりたかった。それだけだったのに」

 三人の令嬢はそう言って泣きくずれる。そんな三人のもとに花恋かれんは足音もなく近づいた。

 「安心しなさい」

 「……花恋かれんさま」

 「あなたたちは、わたしがまとめて嫁にもらってあげる。夢より素敵な幸せをあげるわ」

 「花恋かれんさまあっ!」

 たちまち生気を取り戻した三人は、一斉に花恋かれんに抱きついた。花恋かれんはできたばかりの三人の嫁を優しく抱きしめると可憐に宣言。

 「愛は勝つ! それがすべて」

 そして、三人の嫁をその腕に抱いたまま夜の闇に姿を消したのだった。


 「びえええええ~ん!」

 カリオストロ家の屋敷のなかに、もはや恒例となったヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロこと三枝さえぐさかおるの盛大な泣き声が響きわたる。今日もきょうとてメイドのほたるの膝に顔を埋め、ビイビイ泣きまくっている。

 「今回はなにを泣いておらるのですか、お嬢さま。高雅コウガさまは無事に回復し、結衣ユイさまへの誤解も解けた。おふたりは改めて婚約を発表し、これを機に正式に領主として就任されることも決まりました。完全無欠のハッピーエンドではありませんか」

 「だって、だってえ~!」

 かおるはビイビイ泣きまくりながら叫んだ。

 「嫁ができちゃったのよお、それも三人! 嫁に行ったこともないのにぃ~!」

 「あのお三方を、ご自分の嫁として連れてこられたのはお嬢さまご自身ではありませんか」

 「だって、だってぇ〜。放っておけなかったんだも〜ん!」

 「よいではありませんか。百合は正義、百合は尊い。てえてえの百合ハーレムを楽しまれればよいのです」

 「あたしはそんな趣味じゃな~い!」

 泣きわめくかおるのもとに、いまや幸せそのものといった表情の三人の嫁、愛謝アイシャ金夢キム望良ノーラがやってくる。その表情は憑き物が落ちたように清純そのもの。もともと、悪人でもなんでもない現代日本からの転生者。悪役令嬢としての運命から解放されれば、あとに残るのは素直で愛らしい、いたって善良な娘たちだった。

 「花恋かれんさま。まずはお食事にしましょう。心を込めて作らせていただきましたわ」

 「それより、お風呂に入りましょう。わたしもご一緒いたします。前も後ろも丹念に洗ってさしあげます」

 「そんなことより、夫婦となったからには夜の営みこそが一番! ベッドメイクはすんでおります。さっそく、夫婦の契りを交わしましょう」

 三人はそれぞれに言いながらかおるの体をつかみ、連行するように引っ張っていく。

 「うわあああ~ん! だから、あたしはそんな趣味じゃな~い!」

 かくして今夜も、カリオストロ家には幸せいっぱいの泣き声が響くのだった。

                 完

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ミニスカヒーロー令嬢! 藍条森也 @1316826612

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