第19話 ガリア侯


店の前に馬車が着いた。そこから降りてきたのはシーラとアルガスで、約一か月半ぶりだろうか。そのあとに続くように男が降りてくる。


ぼくはシーラとアルガスに気を取られ、久しぶりの二人に興奮した犬たちが一斉に駆け出したので、ぼくはリードを離してしまう。


三匹は何故かまっすぐ最後に降りた男へ向かった。

慌てて追いかけた。


男は犬に気づき、ゆっくり腰をおろす。手をかざすと犬たちは一瞬、ピタっと急停止し、じゃれついた。


──何者だ。


「ははは、可愛いの」


まず飛びかかったライズをコロンと転がし腹を撫でながら笑っている。

腹を撫でられたライズが起き上がりその手を噛もうとする。が、ひらりと噛みつきをかわすどころか、口元を軽く握って開けないようにする。

ナイトも横から飛びつくが、着地寸前の前足をとるとコロンとひっくり返して、また腹の撫でている。

ライラも同様に捌かれている。


「おう、元気がいいの。ほれほれ──」


三匹をかわし、撫でる。

それだけでわかる。反射神経と反応速度が凄まじい。驚異的である。


「な、なんだアイツは、凄腕の犬遣いか?」


「何をバカなことをおっしゃっているのですか」


呆れたような冷たい声のシーラは久しぶりだった。

まず、第一声がそれか。


「若、ガリア候でございます」


時々噛もうとする犬たちをたくみな手捌きでいなすその男は兄さまよりは歳上に、父さまよりは歳下に見える。


品のいい格好だが、華美な装飾のない衣服。

少しくすんだ金色の長い髪を首の後ろで一括りにしている。


「ガリア候、だと?何故お前たちと一緒かは後できく。とりあえず犬をなんとかしろ」


アルガスに伝え、そっと近づく。


「犬たちがすみません──」


ぼくを片手で制すと、ゆるりと立ち上がるガリア侯。

大きいな──ゆうに180㎝は超えているだろう。

長身痩躯。

ぼくを品定めするかのように見下ろして問う。


「お前がソナタ・リリーズか?」


はい──返事をして、膝をつこうとする。


「あぁ、いい、いい。今日はその顔を見にきただけだ、堅苦しいのは好かん」


どこか軽い口調だが、所作に無駄はなく品を感じた。


「往来は目立つ。ここがお前の店だな。中へ入っても?」


「狭い所でございますが、どうぞ」


ぼくは声を絞り出し店の入り口を開ける。

店舗側には応接室もある。


作っておいて良かった。

アルガスとシーラに犬を中庭へと指示を出すと、声をかけられた。


「あぁ、犬たちに罪はない。あるとしたら、お前たちのしつけに問題があるのだ。許せよ」


「もちろん、この犬たちもわたしの家族──身内ですから」


「ふむ。躾ける時はな、魔力を使うといい。このぐらいの歳から魔力で上下を教えこめば、自然と言うことをきく」


「そうなのですか」


「力が強く、ソリを引かせるにはいい。好奇心があり、人に懐くし、躾ければそれなりに言うこともきく。が、番犬には少し向かんの」


ぼくは緊張感を持って返事をする。本当に読めん。何しに来たのか。

犬たちの行動に不敬は問わないというのはありがたい。


躾けとリードはしっかりしようと決めた。


応接室に案内をし、ソフィーにお茶を頼む。

お茶とともにアルガスとシーラも応接室へ。


まず、シーラとアルガスから王都での会談の様子を話しだす。

リリーズ領から話をきいた父が兄さまでは荷が重いと判断し一緒に王都へ行った。

王都で師匠にコンタクトをとったのちに、概ね理想通りに話はすすみおおよそ合意しかけた所で、ガリア候は結論を保留。


発案者であるぼくに会って決める、とシーラとアルガスを連れ王都を出たという。


北方はガリア領の領主である現ガリア候爵は、その濃い青い瞳でぼくをじっと見つめて言った。


「ケアクリーム事業についてだが、どうもお前の取り分が気にいらんのでな。参加するかはお前に会って決めようと思ってな」


「私の取り分でございますか」


「まあな、幅広い普及が目的なら大手の商会を通せば済む。が、貴族たる我らの事業という。かといってお前は便宜は求めない。お抱えになる気もない。商売人なのに利益はいらん。かと言ってものがつくれればいいという職人でもない」


淡々と言う。


「ちぐはぐだな。まるで噛み合わん。何を企む?」


「なにも」


「契約というのは釣り合いがとれていた方がいい。でなければいずれその契約は破綻するだろう」


「北での先行販売──」


「それもこれも、こちらの責で売るのだろう?本音、深い所はどうなのだ?」


ぼくは覚悟を決めてシーラとアルガスに告げる。


「お前たちは下がれ。ガリア候と二人で話したい」


二人は渋々といった風に出て行く。

そういえば、ぼくの目的は、シーラたちには言ってなかったな。


「ぼくには四大魔法の素養がないのですが、精霊魔法の適正があるらしいのです」


「ほう、精霊魔法とは。それは稀有な才があるのだな」


「ぼくの目的は精霊です。リリーズ籍から離れて自由を得る。そのための肩書が国家錬金術師の資格。実績がケアクリームですね。肩書と実績で自由を掴んで、それでいつか精霊に会いに行きたいんですよ」


ガリア候は驚いた表情を一瞬だけ浮かべる。と、口の端がじわりじわりとつり上がっていく。


「今後、ガリアとの交渉の席にはお前がつけ。誤解が少なく済む」


「ということは──」


「喜んで事業には参加しよう。礼に何か褒美をくれてやろう」


「褒美、ですか」


「湖魚は好きか?」


「あぁ、いいですね。旨いものは大概好きです」


ケアクリームの報酬は湖魚になるらしい。

魚は好きだし。余れば犬たちにも分けてやろう。


「ガリア領の北西にヴァル湖という湖があってな。そこで獲れる湖魚が旨い」


と、ガリア候は自慢げに湖魚の話をしだした後、とんでもないことを言い出した。


「──でな、そのヴァル湖の源流には精霊が住まうとされているのだよ」


こうして、初めてともいえる精霊の居場所の情報は、ガリア候から手に入れたのだった。


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