6-4




◆◇◆




 約束の時間まで十五分程余裕を持って、僕達は目的のゲームセンターに到着する。土曜日の午後という事もあってか、結構な人数が辺りを移動している。桃瀬さんが少し早く着すぎたかなと呟き辺りを見ると、少し離れた人混みが少ない所に赤崎君と青峰先輩が二人で一緒にいるのを発見する。


 僕もそうなのだけれど、二人も髪の色がとても目立つ為か容易に発見できてしまう。服装も髪の色に合わせた色合いを所々に取り込んでいて、身長も体格も良い彼等は立っているだけでも様になっている。


 青峰先輩の姿を見た吉田さんが少し緊張して、僕達の後ろに隠れてしまう。それを見た桃瀬さんは彼女を宥めつつ、今日の事について何か言いたそうな顔になり二人に近付きつつ声を掛けた。


「アンタ達そこにいたのね! ちょっと今日の事で言いたい事があるのよ」


「なんだ、涼芽か。お前も今来たのか、側にいるのは日和さんと、彼女の後ろにいるもう一人の子は……?」


 青峰先輩が桃瀬さんの後ろにいる僕達に視線を向ける。初対面な為に一体誰だと視線を向けられた吉田さんは、緊張で肩をびくりと震わせてしまい、僕が大丈夫だと声を掛ける。


「もう、吉田さん怯えてるじゃない! 折角今日の為に日和さんのお手伝いをしに来てくれた吉田さんに何してんのよ! 翠、桔梗院さんにちゃんと今日何をするのか、アンタ聞いて無かったの!?」


 桃瀬さんが吉田さんの為に、青峰先輩を叱り出す。先輩も何かを思い出したのか、しまったと言いたそうな表情になり、少し申し訳無さそうな顔でそのまま桃瀬さんの文句を静かに聞いている。


 もう少し詳しく話を聞いてから許可を取りなさいとか、先輩達は一体何の為にわざわざここに来たのか等、勝負以前に色々と大変だったと、思っている事を素直に話す桃瀬さん。


 反論する気が無いのか、桃瀬さんが話し終わるまで静かに聞く側に徹していた青峰先輩は、一言ずつ桃瀬さんに反省の言葉を述べている。そんな二人の横から少し気まずそうな顔をした赤崎君が僕達に近付いて来る。




「ハハ……日和さんと、吉田さん、今日は二人で桔梗院と例の勝負をするんだってな。吉田さんも申し訳ない……翠から今日は俺達全員参加って言われてさ、涼芽だけに任せずに俺ももっと気を遣うべきだったな」


「えっ? い、いや、教室にいる時に赤崎君に気を遣われたら、クラスの皆から余計に注目を浴びちゃってたと思うから、それこそもっと緊張しちゃうよ!?」


「あっ! そ、そうか……! 吉田さん、ほ、本当にすまない! どうも、こういう事は目立つようになってからは途端に難しくなっちまったな……」


 吉田さんに謝罪をする赤崎君は、自分が考えていた対応方法が余計に周りを混乱させると指摘され、何処かしょんぼりとした顔で落ち込み始めた。慌てながら返事をした吉田さんも、彼の落ち込み具合にきょとんとした顔になる。


 そんな姿が僕は何だか気になってしまい、赤崎君に挨拶をしつつも、尋ねる事にする。


「こんにちは、赤崎君。能力者と言う事もあるのでしょうけれど、今と昔でそんなに大きく違うんですか?」


「あ、ああ、日和さん。いや、髪の色はガキの頃に変わっちまったから、ヒーローになる前まではそんなにだったんだけどさ、中学で背が伸びて強くなってから一気に注目されるようになってさ」


 能力者になったからというよりは、ヒーローとして大出世した頃から注目され始めたと言う赤崎君。大々的に情報は秘匿されてはいても、こんな見た目をしていたら周りはすぐに彼が何か凄い事をしていると察してしまうだろう。


 人の何倍も注目を集めてしまう事を、少し悲しそうに笑いながら話す赤崎君の顔を見て、そういえば僕が此処に来た理由もガンバルンジャーの情報を集める事なのを思い出す。シャドウレコード内でも注目されるようになってから行動に出たので、理由が理由なだけに僕はそこから何も言えなくなってしまう。


 孤児院時代の事もあって、向こうは僕を忘れず覚えていたのに、僕の方は唯一優しく接してくれていた男の子が、赤崎君かどうかもちゃんと判断出来ずにいるせいで申し訳なくなってしまう。


 お互い気まずい空気感になってしまい、僕達の事情を良く知らない吉田さんも困ってしまっていると、赤崎君の後ろに桃瀬さんが近づいて来て、そのまま背中を強めにばしんと叩き出した。




「いっ!? ってぇなぁ! 何だよ涼芽!? なにすんだよっ!」


「アンタこそ何二人を困らせてるのよ! それに大体、焔が注目されるのは、普段から愛想が良く無いのにたまに誰かに声を掛けちゃうからでしょ! もっと周りとコミュニケーションを取りなさいよ、全く」


 背中を叩かれて、その痛みで桃瀬さんに詰め寄る赤崎君、しかし、変に注目されるのは周りとのコミュニケーションが足りていないと、僕達との話を聞いていた桃瀬さんから指摘されてしまう。


 愛想がそんなに大事なのかと桃瀬さんに聞く赤崎君。それを聞いて、あたり前でしょと返事をして、桃瀬さんは自分と萌黄君と林田先輩は現に周りと上手くやっていっていると例を挙げている。


 その説明で納得したのか、赤崎君はそのまま何の反論もせずに、どうやったら愛想を良く出来るのかと桃瀬さんと話し合いになっていく。そして今度は、手が空いた青峰先輩が僕達に話し掛けて来た。


「日和さんと、その友達の吉田さんだな。俺の配慮が足りなかったせいで今日は色々と迷惑をかけてしまって申し訳ない」


 そう言って青峰先輩が頭を下げて来る。ヒーローで生徒会長でもある先輩に初対面で突然そうされてしまっては、一体どうしたら良いのかわからないのは当然で、吉田さんは赤崎君の時よりも混乱してしまう。まずは頭を上げてもらわなければ。


「あ、あの、青峰先輩、頭を上げて下さい。私達も緊張はしましたけれど、今日は勝ち負け関係無しに全力で遊ぼうって桃瀬さんと三人で話し合って来ましたから。この前遊びに来た時には出来なかった事をやれる良い機会だと思っていますので」


「二人共、そんな調子で良いのか? だが、君と桔梗院さんとの大事な勝負を、俺が勝手に許可をしてしまった訳で……」


「それも大丈夫です。私も吉田さんも今回に関しては共に初心者ですので、桃瀬さんも事前に今回の件だけで勝敗が決まる訳では無いと確認を取って下さいましたし、そんなに重く受け止めないで下さい」




 僕との会話で、青峰先輩もようやく頭を上げる。ひとまずはどうにか出来たのかなと、ホッとしていると、落ち着いた吉田さんが挨拶をしようとしている。


「あ、青峰先輩、はじめましてですよね! 私、吉田 幸江って言います。日和さんとはお友達で、同じクラスの桃瀬さんとも仲良くさせて貰ってます!」


 緊張で顔を赤くしながらも、吉田さんは挨拶と軽い自己紹介を済ませている。その姿を見て、青峰先輩は不思議そうな顔になる。


「え、えっと……先輩? 何か私が変な事を言いましたか……?」


「いや、涼芽がこんな雰囲気の子と仲良くなるとは珍しいなと思って、君みたいに御淑やかな印象の子とはあまり接点を持てないと、何時も涼芽は嘆いていたから。だがそれも、日和さんの友達と言われれば納得がいく」


「ちょっと、どういう意味よそれ! それは確かに吉田さんと最初にお友達になったのは日和さんだけど、ただ接点が無いってだけで、慕われる事は多いんだから私だって仲良く出来ない訳じゃ無いわよ」


 青峰先輩との会話に割って入って来た桃瀬さんが反論する。そしてそのまま左右の手でそれぞれ僕と吉田さんの手を繋ぎながら先輩にムッとした表情を向ける。


「二人はようやく出来た、私にとっての癒し系のお友達なのよ? 今日だって此処に向かう途中で悩み事を聞いて貰ったし、桔梗院さん共々優しくしてあげないと私が許さないからね?」


「そ、そうか、わかった……それじゃあ吉田さん今日はよろしく頼むよ。それと今後も涼芽とも仲良くして貰えると有難いな」


 吉田さんは手を繋いで貰えてからは緊張も解け、桃瀬さんににこやかにお礼を伝え、先輩にも返事をして和やかな空気になる。その後は桃瀬さんが改めて赤崎君達へのコミュニケーション能力について問いただし、先程の青峰先輩への指摘も行い始めた。


 そんな話を僕は吉田さんと少し離れた場所でお互い苦笑いしながら聞いていると、街中に備え付けられている電子時計が約束の時刻を表示した。




「あら、もう約束の時間になっちゃったの? 桔梗院さん達は着いているのかしら」


 僕達が時間を確認していると、話をしていた桃瀬さん達三人もそれに気が付いて反応する。改めてゲームセンターの入り口に向かうと、僕達が来た道と反対方向から左右に結んだ青紫色の髪を揺らしながら上品に歩く桔梗院さんが、護衛役の萌黄君達を連れてやって来た。


「ごきげんよう、皆さん。日和さん、わたくし今日は絶対に貴女に勝ってみせますわよ」


 挨拶をしながら堂々とそう言ってのける桔梗院さん。しかし、ゲームセンターで遊ぶにしてはその服装は動きにくそうな印象を受ける。


 女物の服について勉強中の僕ですら、そんな印象を持ってしまったのだから、当然吉田さんと桃瀬さんも驚いていて、意を決した桃瀬さんが僕達に代わって桔梗院さんに尋ねだした。


「えっと、桔梗院さん? 今日はこれから貴女のお家が経営しているゲームセンターで勝負するのよね?」


「ええ、そうですわよ? ふふん、わたくしこう見えても得意な分野の筐体も幾つかございましてよ? ただそれですとわたくしだけ有利になってしまいますから、きちんとそれ以外の物も考えてありますわ」


 桃瀬さんの質問の意図は伝わらず、桔梗院さんは堂々と胸を張って自慢をしている。その反応に少し戸惑いながらも桃瀬さんは質問の内容を詳しく話していく。


「いや、そうじゃなくてね、私も此処に来て中の物で遊んだ経験があるんだけど、結構身体を動かす物もあったと記憶しているのよ。桔梗院さんの着ている服って、腰の辺りとか結構固定されちゃってるように見えるけど、大丈夫なの?」


 桃瀬さんからの指摘を受け、ようやく質問の意図が伝わったのか桔梗院さんはウッとした表情になる。あれこれ考えて服装を決めた僕達を見ながら、若干悔しそうな顔になる桔梗院さんが応える。


「し、仕方がありませんでしたの、わたくしだってもっとお手軽なお洋服を着てみたくはありましてよ? ただ、何処のお店に向かえば宜しいのかわかりませんし、影野もわたくしに合わせて生きて来たので礼服等の知識は一通りあっても、普段は使用人の服で間に合わせているようですし……」


「申し訳ありませんエリカ様。この影野、このような場面に相応しい服装の知識に乏しかったようです。それに、桔梗院家に仕える身の者は、主に仕える際はこの姿でいる事が必要条件でございます」


 桔梗院さん達が、自分達の事情を告白している。どうやら影野さんの服は桔梗院家から支給されている物らしい。メイさんも僕の部下になった時から似たような服を普段から着ているけれど、あれは本人曰く半分趣味になる。


 不審者騒動の時に目立ってしまった際に、グレイスさんからも目立ち過ぎていたと指摘され、それ以降は僕と一緒に出掛ける時には私服に着替えて出掛けてくれている。




「まさか、わたくしの方から不手際を晒してしまうとは……ですが、今回の勝負はあくまでもわたくしの見識の広さを披露する事も重要な目的の一つですわ。その為にわざわざ翠様達もお呼びしましたのよ!」


 桔梗院さんが赤崎君達まで呼んだ理由を説明する。彼等は呼ばれた理由を初めて聞いたようで、四人ともそれぞれ反応に困っている。


 僕達三人はA組でのやり取りで、桔梗院さんがどのような考えをしているのかは把握出来ていたし、僕も話を聞いていた時は自分なりに思う所もあったので、今日は精一杯やるつもりだ。僕は自分の想いを伝える為に桔梗院さんの側に近付く。


「桔梗院さん、正直に言って私は世間について知らない事だらけですが、それでも今日のこの勝負にも学べる物はあると思っています。貴女との勝負を通じて様々な事を学ばせて貰いますよ」


「あら、それは良い心掛けですわ。やはり対峙する者はそれ位の意気込みを持って挑んでくれませんと、張り合いも産まれませんわ。日和さん、貴女をライバルとして認めたのは正解でしたわ」


 僕の意気込みは、桔梗院さんにとって理想的な物だったらしく、彼女も楽しそうに笑みを浮かべている。桃瀬さん達も僕の側まで来て、吉田さんも今日は一緒に頑張るよと張り切ってくれている。

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