6-3




◆◇◆




 午後の授業も終わり、僕は家へと帰ってメイさんを呼んで明日着て行く服はどんな物が良いか見て貰っている。学校での出来事も話し、桔梗院さんとの勝負で彼女の家が経営しているゲームセンターに向かう事も伝えてある。


 家で着る普段着にはショートパンツやズボンの類いは用意して貰っているのだけれど、出掛ける時用の服はスカートばかりになる。女物の服に慣れるには、やっぱり印象からしてわかりやすいスカートが手っ取り早いとのグレイスさんからの意見になる。


 前回遊びに行った時は、桃瀬さんはジーンズを穿いていたのを思い出したので、僕はジーンズを穿いてはいけないのかとメイさんに尋ねると、メイさんは僕の脚を見て、細めの物なら合うかもしれないが、詳しい事は今度グレイスさんが来た時に相談してみましょうと、月末にこの話は持ち越される事になった。


 色々考えてひざ下まであるスカートに、万が一の時の為にその中にももう一枚下着が隠れる物を穿いていくという形で落ち着く。


「これで良いかなメイさん? それと、メールでも吉田さんに教えてあげたいんだけれど」


「はい、宜しいかと。所で前回は事前に服装について連絡等は行わなかったと記憶しておりますが、一体いかがなさいましたか?」


「あはは、実は僕も少しそうなんだけれど、何故か明日はガンバルンジャーも総出で勝負を見に来るらしいから、吉田さんがどうしたら良いのかって緊張しちゃって……」


「そうでございましたか。それは桜様も、そのお友達の方も大変な気苦労をされているようで」




 結局お昼休みだけでは話し合いの時間が足りず、放課後に少し残って話し合いの続きになった。ガンバルンジャーが総出で来る事に緊張する吉田さんに、桃瀬さんはそんなに畏まらなくても良いと宥めていた。


 主役はあくまでも僕と桔梗院さんなのだから、追加で来る赤崎君達には気を遣わなくても別に良いと桃瀬さんはそうは言うけれど、一緒に残って話を聞いていた南野さん達含む他の女子達からは、吉田さんみたいなガンバルンジャーに免疫の無い普通の女子なら相当なプレッシャーになると反論される。


 僕も彼等に制服姿を見られる事には大分慣れては来たけれど、私服姿を見せるのはこれが初めてになる。護衛対象という立場になっている以上、今後学校の外でも交流する機会は増えていくのかもしれないと思うと、僕も緊張してしまう。それでも、僕の側には相談出来るメイさんがいるので、多少は緊張は和らぐけれど吉田さんはそう言う訳では無い。


 南野さん達からの話を聞いて、それもそうかと桃瀬さんも頷き、それならばそれぞれが家に帰った後、携帯端末で連絡し合って妥当なラインを判断してあげると吉田さんに提案してくれた。


 吉田さんもそれで納得し、僕も予め着て行く服を吉田さん達に教える事になっていると、メイさんの疑問に対して説明する。


 話を聞いていたメイさんは静かに頷き、そして微笑みを浮かべながら僕を見つめている。


「異性からどのように思われるかそのような意識を考えるのも、今後の為にも必要な訓練になるので頑張って下さい桜様」


「い、異性って……それは確かに身体はそうなっちゃったけれど、僕もそういう事になっちゃうの……?」


 産まれた時から女性の吉田さんならば、その意識はとても大切な事だと思うけれど、今の僕はどうなんだろうときちんと考える間も無く自分でも良くわからない曖昧なままに、周囲が目まぐるしく動いていく。以前の身体の感覚はもうおぼろげとなってしまったが、僕が男だったという記憶は消えた訳では無い。




 今の僕は男女どっちなんだろうと悩んでいると、メイさんの顔がやや真剣な物になり、僕は思わずメイさんの方に意識が向いてしまう。


「いいですか、桜様。これはグレイス様もおっしゃられていた事になりますが、次の会議では桜様が自分でお選びになられた洋服をレオ様達にもお披露目するのでしょう?」


 メイさんからそう言われて、僕は入学式が終わった次の日にグレイスさんとメイさんと一緒に服を見に行った時の事を思い出す。あの時僕が選んだ服を、次の会議の時にレオ様達にも見せると引っ越しする前から話し合っていた大事な事だ。


 女の子になった最初の頃の会議ではこの意味を全く知らなくて、僕が服を選んだ時も、女物の服の構造を勉強する事に意識が向いていた為、レオ様達にも見せるという事を頭の中では記憶していても、その事について深く考える余裕が無かった。


 生活も落ち着いてきた為か、今この時になって途端にその事について意識し始めてしまうと、何故か僕は顔が熱くなってきてしまい戸惑ってしまう。


「そ、そう言えばそうだったよ……! ど、どうしよう!? あの時もちゃんと考えながら服を選んだつもりなんだけれどね、今になってもっと良い服があったんじゃないかなって思い始めて来ちゃったよ……!」


 どうしようか一人で慌て始めた僕を見て、メイさんがクスリと笑い出す。


「ふふっ、大丈夫ですよ桜様。洋服を選んでいる時の桜様のお顔は真剣そのものでしたし、私もグレイス様も良く似合っておいでだと思いましたから」


「ほ、本当に……? 二人はそう思っていても、レオ様達には似合っていないと笑われないかな……? だって、二人じゃなくて僕が選んだんだよ……?」


 僕が不安になってメイさんに聞いて見ると、彼女は笑顔を僕に向け、尚も笑い続けている。こうなるメイさんは珍しいなと感じつつも、不安な僕を見て笑う事に少しムッとしてしまう。


「もう、僕は真剣なんだよ? メイさんも何時までも笑わないで、ちゃんと答えてよ」


「ふふふ、申し訳ございません桜様。ですがご安心下さい、何せあの洋服は桜様ご自身がきちんとお選びになられたのですよ? それをレオ様が笑う等と言う事など、そんな筈はございませんから。こういった感情が桜様に芽生えると言う事は順調に今の生活に馴染んで来てますね」


 笑顔のメイさんから、全く問題など無いと太鼓判を捺される。レオ様は決して笑わないとそうきっぱりと言い切られてしまっては、それを信じるしか無い。


 それよりも、僕が取り乱してしまったのに順調とはどういう事なんだろう? この身体になってから、僕自身たまに変な事を考えてしまうし、本当に上手く馴染めているのだろうか?


 僕が頭の中で考え事をしていると、メイさんが立ち上がりキッチンに向かい始める。


「そろそろ時間ですし、私はこのまま夕食の支度をしますね。その間に桜様もお友達にご連絡の方を」


 メイさんに言われ、僕は吉田さんにまだ連絡をしていない事に気が付き、急いでメールを打ち込み始めた。すぐにメールを送り、数分後に返信が返って来て吉田さんからの感謝の文章を見ると、安心したのかお腹がなってしまう。


 お腹が空くと良くない事ばかり考えてしまうのは僕の悪い癖だ。これ以上は考えると余計にお腹も空くし良い事も無い。僕はすぐさまメイさんの晩ご飯の支度を手伝う事にした。




◆◇◆




 その後は何事も無く、土曜日となる。集合の時間は午後の一時半と、お昼を過ぎる時間帯な為、僕達は各自自宅で食事を済ませてから出掛ける事にしていた。メイさんと一緒に少し早めにお昼を食べて、着替えもして家を出る。


「それじゃあ行ってくるねメイさん。今回も色々と話し相手になってくれてありがとうね」


「何時も側に仕える身ですので、これ位はお安い御用ですよ桜様。それではお気を付けて行ってらっしゃいませ」


 玄関でメイさんに見送られ、僕は桃瀬さん達との何時もの待ち合わせ場所に向かう。時刻は一時前で、少しすると時間通りに桃瀬さんが来たのでそのまま二人で吉田さんとの待ち合わせ場所に向かう。




 三人揃い、ゲームセンターへ向かう道のりで今日の心構えや、服装についての話になる。桃瀬さんは先週もそうだったけれど、女の子にしては格好良くてヒーローとして凛々しさも感じさせる服だった。


 僕と吉田さんは動きやすさを考えて、先週と比べて少し落ち着いた服にしてある。その事について桃瀬さんはそんなに不安に思わなくても今の二人共も可愛いから大丈夫よと、笑顔で吉田さんを励ましている。


 吉田さんも調子が良くなり、今日は一生懸命頑張ると僕に気合の入った姿を見せてくれた。吉田さんには楽しんで貰いたい為、元気でいてくれると僕も笑顔になる。


「そう言えば桃瀬さんは、私と日和さんの服を可愛いと褒めてくれるけど、こういったデザインの物って持って無いの?」


「うっ……! い、いやー……可愛い子が可愛い格好してくれる分には私は大好きなんだけどね、ほら、私って性格的にそういった服って似合わないって思わない?」


 普段僕達を可愛い可愛いと褒める桃瀬さんに、こういった服が可愛いと思うのなら、持ってはいないのだろうかと疑問に思ったのか吉田さんが問いかけると、何処かぎこちない表情になる桃瀬さん。


 普段の桃瀬さんはとても明るくて活発な印象だと感じる。それにヒーローとしても活動もしているので、赤崎君達に自然と合わせようって思うと動きやすさや格好良さを重視した服装の方が好みなのだろうか。


「普段の桃瀬さんの印象は、確かに明るくて活発とは思いますが、ですが似合わないなんて事は無いと思いますよ。女の子なんですから、格好良さの中にも可愛らしさがあっても良いじゃないですか?」


「そうだよ! カッコ良さと可愛さのどっちかを犠牲にしなきゃいけないってルールは無いんだよ? 桃瀬さんだって日和さんと同じ位綺麗だし、私よりも絶対可愛くなれるよ!」


 僕達は何処か自信が無さそうな桃瀬さんに、そんな事は無いと否定する。それを聞いて桃瀬さんは照れ臭そうに観念した顔になる。


「いやぁー……あはは、此処に春風達がいなくて良かったわぁ……いたら絶対からかい混じりに私が泣いてる時なら似合うって言いそうだもん。私だって本当は興味が無い訳じゃ無いんだけどね、でも今更焔達にもそんな姿見られるのも恥ずかしいじゃない?」




 何時もの活発さが消えた桃瀬さんが、俯きがちに顔を下げて話し出す。親しい人達から活発な印象を持たれている分、桃瀬さん自身もそういう風に意識してしまっているのだろう。


 何だか僕も似たような経験をした気がする。僕の場合はひ弱で頼り無いと一人で思っていたのが、周りはそう思っておらず、価値観を大きく変えられてしまったという物だけれど。


 上手く言葉には出来ないが、意識して思い悩んでしまうという点では同じかもしれない。


「桃瀬さんも意識して思い悩んでしまうんですね。実は私も此処に引っ越してくる前に思い悩んでいた事がありましたが、周りはそんな事は全然思っていなくて、逆に私自身が自分の価値観を大きく変えるような出来事がありました。そのせいで周りとの距離を測り間違えてナンパ染みた事をされまして、あはは」


「えっ? もしかしてそれって入学式の時に初めて出会った時に話してた事……?」


 僕自身の経験談を話すと、桃瀬さんは驚いた表情で僕の顔を見て来る。男から女の子にされてしまい、その素顔が周りからして見ればとても好ましい物だっただなんて、一から説明してしまえば大変な事になりかねないので、ぼかして話さないと。


「えっと、なんて言いますか、私自身は髪の色を奇妙だと思っていましたし、孤児院から引き取られた後は、素顔もとある理由で周りに見えないように隠していたんです。その時の私は、自分の事をなんてひ弱で頼り無い存在なんだと一人で思い悩んでいました」


 桃瀬さんと吉田さんは僕の話を興味深げに静かに聞いている。この後の話を考えると最終的にお姫様と呼ばれ慣れてなくて泣いてしまったという話になる。それをそう呼び始めた張本人の前で話すのは気が引けるし恥ずかしいので、その手前で止める事にする。


「よ、要するにですよ、自分では思い悩んでいても、周りはそんな事は思って無いって事を言いたいんです私は。ですから、私をお姫様と呼ぶ人なら、きっと可愛らしい一面があっても変に思われませんよ」




 僕は無理矢理自分の経験をかいつまんで、桃瀬さんにそう伝える。話している途中で恥ずかしくなって来て顔も熱くなるが、此処でそっぽを向いてしまう訳にもいかない。


 僕が言いたい事が伝わったのか、桃瀬さんの表情はぱあっと明るくなり、嬉しそうに僕の手を握り締めて来る。


「ありがとう日和さん! そう言って貰われちゃったら、もうこの話でうじうじ悩んでもいられないわね! 吉田さんもありがとう! 私二人と仲良くなれてホントに良かったわ、でも、この話はまだ春風達には内緒にしててね?」


「うん、わかったよ。でも、二人も意識して思い悩んじゃう事ってあるんだね。私一人だけ意識し過ぎちゃってたのかなって思ってたけど、そうじゃないんだって思うと安心しちゃった」


 吉田さんからの言葉に、桃瀬さんは頷いて皆一緒だねと笑い出す。三人で話し合った結果、何処か足取りも軽くなったような気がしてそのまま目的地まで向って行く。

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