ノスタルジックパラサイト
多田真
第一章-1 出会い
第1話 倉
私の家では、ある1つの決まりがある。
それは、離れの倉には、一時間以上いては行けないと言う決まりだ。倉の中には、曾祖父が集めた骨董品や家族の思い出が、埃をかぶっている。年に一度、定期的に虫干しを行う為に、倉内に入るが、中に入っている物量に圧倒される。一生あっても時間は足りないだろう。
曰く、あそこは福田家の異界だそうだ。
あそこの空気は、外とは違う空気が流れている。少しばかり、倉内の宝物を拝借し、鑑定に出してみた所があった。それはもう、どえらい額がついた。おばさん達は、それを喜んだが皆いつの間にかこの倉に戻ってきた。
この倉にあるものは、手放しても必ずこの倉に戻ろうとするのだ。
そうした事例を不気味に思い、霊媒師やお坊さんに見て貰ったが、皆口を揃えて手を出さない方が良いと言う。
それでも不気味だから、何とかしてくれと言えば、青い顔をして逃げ帰るように家を後にするらしい。私はというと、半信半疑だ。
そんなこと、あるわけがない。科学技術が発展している現代で、そんな摩訶不思議な現象なんて起るはずがないのだ。どうせ、気のせいだ。
昔は、病気も妖怪のせいだと考えられていたように、きっと屁理屈の為に考え出された逸話。
そうに違いない。
でも、面白い話という事も事実だ。せっかくのゴールデンウィークなのに、両親はいない。外出も出来ないし、もうゲームなんてやり尽くした。
最初は、喜んでやっていたけどクリアしたらつまらない。ゲームの自由は、あくまでソフトの中だけなのだ。イレギュラーに見せかけた仕掛けは、起っても偶然はない。
「あー、つまらないなぁ」
思わず声にだす。そんな日に限って、テレビではゴールデンウィーク特集ばっかりやるし、面白い番組は入ってないし。なんだか、嫌になってくる。
「なーに、だらけてるの。宿題は終わったの? あんたもう中学生なんだから、どこか遊びにいけばいいじゃない。私が中学生だった頃は、休みなんて遊びに歩きまくりよ」
敬子おばさんは、年齢の割に若い。
それに、でかい。
残念ながら、母の遺伝から推測して私は大きくならないかも。
必然的に、おばさんに視線が向く。冷えた麦茶を飲むおばさんの喉に、日焼けした肌。外仕事をしたせいか、脇には汗がにじんでいた。
「お金ないもん」
「なに、お金がないと遊べない訳?」
「うん、何するのにもお金いるし」
「ふーん、私が子供の時と全然違うね」
「そんなに違うかなぁ」
「違うよ。そうじゃきゃ、あんな頻繁に大人が黄昏れる訳がない」
おばさんは、そう言いながらテレビのリモコンを操作する。この時間のドラマが、大好きなのだ。
「またそれ?」
「あんたは、見たい番組あるの?」
「ない」
「じゃあ、いいじゃない」
数年前大人気だった、恋愛ドラマだった。私は、恋愛は想像出来ない。
「それ面白いの?」
「面白いよ、あんたも見る? 今までの展開教えよっか?」
「なんか、気持ち悪いから見ない」
「ふーん」
おばさんが、麦茶を口に含むたびに氷がカラリと鳴る。
「あんた、想像出来ないんでしょ。恋したことないんだ」
「え」
鋭い質問に、変な声がでた。
おばさんは、そんな私の反応が面白かったのか不適に笑う。
「そっか、恵ちゃんもそんな年か。そりゃ、おばさんも年とる訳だわ。なに、学校で好きな子いないの? ほら、ゲロっちゃいなよ」
「いないし。それに、付き合うならもっとガキじゃない人が良い。もっと、落ち着いてて大人な人」
「へー、恵ちゃんってそう言う人が好きだったのか」
「悪い?」
「悪くないわよ。でも、ちょっとね。甘酸っぱいわね」
「敬子おばさんは、どうなの?」
「私は、死んだ旦那がいるからなぁ。あいつに義理立ててたら、もう年よ」
そういって、茶化すようにおばさんは笑う。
「おばさん、モテそうだけどな」
「ははっ、ありがとね」
そう言って、おばさんは私の頭を撫でる。
私は、おばさんのこういう所が好きだ。
「おじさんって、どういう人だったの?」
「あぁ、情けない人だったわよ。優しすぎて、自分の面倒をほっぽって、他人の面倒を見るくらいだからね。馬鹿で、情けない人さ。でも、ほっておけなくてね」
「優しい人だったんだね」
「優しすぎて、神様に早めに連れて行かれたのだろうよ。本当に、馬鹿な人だよ」
「私も、そんな人に出会えるかなぁ」
「大丈夫よ。恵ちゃんは、かわいいし。まだ、若いんだから」
敬子おばさんは、そう言っていたけれど。私も、うら若き中学生。一度は、誰かと付き合って見たいのだ。ゴールデンウィークも、中三日。だらだらして、時間を浪費している間に、私の貴重な時間が減っていく。少女漫画みたいな恋だって、私は興味はあるのだ。
とは言っても、外出するのは面倒くさい。と、言っても、外出しなければおばさんに仕事を手伝わされる可能性が出てくる。お駄賃を貰えるのは嬉しいが、今日は汗をかきたくないのだ。かといって、ゲームは飽きた。別のことを探さなきゃいけない。
「だから、倉に行こうってか」
「そう、敬子おばさんも暇でしょ」
「そんな訳あるか。私はこれから、隣町までいかなきゃいけない」
「えー」
ぶうたれる私に対し、呆れるようにおばさんは言った。韓国ドラマは、終了。テレビでは、テレホンショッピングが流れ続けている。
「この前も説明したろ。あそこはね。むやみやたらと、立ち入っちゃいけない」
そういって、外出の準備を恵と話していく最中に進めていく。厳しい顔。
「いいじゃない。どうせ迷信よ」
「丁度良いから話すけれど、あそこはね。行方不明者が出てる。意味が分かる?」
「そんな訳ない。だって、あそこは、ただの倉よ」
「普通に、利用していればね。それに、私たちが倉に物を収める時は、規則を守っている。あそこにいる神様に、怒られることも無いしね」
「神様?」
「そうさ、家を守っている大事な神様がね」
「あんな、古い倉に神様なんている? 私なら、あんな古くさい所なんて出て行くけどね」
「人や神様を、むやみやたらと否定するものじゃないよ。必ず自分に返ってくるからね」
変な風習も、あったものである。福田家の倉で、行方不明者が出た。それは、至極興味を引かれる話だが、嘘くさい。倉庫として作られている以上、収められる物量は決まっているし、敷地は決まっているのだ。行方不明になるなんてあり得ない。
「あー、もうなんかないかなー」
敬子叔母さんは外出し、三十分ほどたった頃。うだる暑さの中、玄関先で何か動いた音がする。一瞬そこに意識を向ける。
「恵ちゃん」
庭から叔母さんの声がした。
「敬子叔母さん、もう帰ってきたの?」
「そう、帰ってきたの。こっちに来て?」
居間から庭へと繋がる障子を開けて、叔母さんと対面する。
「ねー、お願い敬子おばさん。お願ーいっ! 後生の頼みお願いです! どっか遊びにいこっ! 倉はいいから……」
「いいよ」
「え?」
微笑む敬子叔母さん。
「倉、一緒に探検しよっか」
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