第22話 レタスチャーハン

「最近の晴の好物はレタスチャーハンらしいって砂湖ちゃんに聞いたんだけど、前に僕に野菜は嫌いって言ってなかったっけ」

 ユンちゃんがそんな話をしてくる。

「残念だけど今でも嫌いだよ。レタスって野菜なの?」

 気分の良い時は何でもはぐらかしたくなる。

「いや、野菜でしょう。どう考えたって、親父に確認する?」

「まで無いよ。そのくらい知ってるよ。この頃、多恵さんが食欲が無くて、レタスチャーハンなら食べれるっていうから、この前光蔵さんにレシピもらって作ってみたんだ。これが美味しくてさ、レタスがシャキシャキでハマった」

「晴が多恵さんに食事を作ったの?」

「うん…」

 ユンちゃんが怪訝な顔をする。

「その話、砂湖ちゃんにした?」

「いや、作った辺りの話はしてないよ」

「ふーん、まさかね。晴は無頓着だからそのまま話したのかと思ったよ」

「別に隠さなくてもいいんだけど…」

「いやあ、ひとまず隠したほうがいいよ。どんなに理解あっても砂湖ちゃんも女だからね。聞きたくないことまで耳に入れるのは無作法だよ」

「無…」

 そう思わせたなら申し訳ない。そうか、ユンちゃんが言うんだから言わない方がいいんだろうけれど、僕と砂湖とのことはもう挽回できないところまで来ている気はしていた。

 僕の野菜嫌いはユンちゃんに限らず有名な話だから、レタスチャーハンが好きというだけでなんか感づいているかもと思った方が自然だった。女は勘が鋭いことだけは僕でも知っている。

「レタスチャーハンね~なんかな、大丈夫かな、僕は基本砂湖ちゃんと晴はお似合いだと思っているんだ。僕がこのバンドに入った頃から砂湖ちゃんは晴の隣にいたしね。太陽のような顔でニコニコして。

 だから、余計なことしてヒビが入って欲しくないって勝手に思ってるんだけど…砂湖ちゃんが暗くなるようなことが起こらなきゃ良いなって、考えすぎなら良いんだけど」

 ユンちゃんに心配されるとはなんだか申し訳なくて笑いが苦くなる。

 その時、慌しく扉が開いて祖知が飛び込んできた。

「晴、これ、見ろよ」

「なんだよ祖知?なんか顔が怖いんだけど…」

 突き出された週刊誌にこれといって思い当たることもない。

「何?週刊誌…って」

 ユンちゃんが受け取って僕に見せる。顔が険しい…

「これ?なに?」

 ピアニスト麻田多恵に若い新恋人…大きな見出しが踊る。

「お相手は新進気鋭のピアニスト、ロックグループLe vent bleuのボーカル晴人。最近麻田多恵の車を運転する姿も見られ、麻田が仕事から離れてからはその後のピアノ演奏を引き継いでやることもある。どんな関係だろうと噂されていた…ってすっかり名前までバレてるよ」

「ほらこっち、お前だろ。多恵さん、何で、妊娠してるってホントなのか?」

「え~」

 ユンちゃんがうつむく。

「ま、まあ~」

 僕のあいまいな返事に場の空気が凍った。

「まさかだよな~晴人にそこまでの度胸があるとは思えないか」

 すぐその凍りを祖知が溶かして、

「だよね~」

 と、ユンちゃんも思いっきりのんきに笑った。

「悪いけどこれに関してはノーコメントってことで、僕は肯定も否定もしないよ。悪いけど」

「悪いけどって、誰に悪いんだよ。やましくないならやましくないって、はっきりしろよ。誤解されないように言うべきだろう」

 祖知が詰め寄る。

「やましいって…やましいなんて思ってないよ」

「ってことはお前それ、肯定してるってことだろう」

「ごめん、これ以上は止めて」

 言葉をつまらせて遮った。僕は全否定して父親役を降りることはできない。多恵さんに約束したんだから。

「そういう発言はまずいだろう。こんなに仲むつまじく写ってるし」

「多恵さん、やっぱり有名人なんだな。こんなふうに週刊誌に載っちゃうなんて」

 僕が感心しきりにそう言うと、

「そんな感想なの…感心してる場合じゃないと思うよ。お前だってこれから売り出そうっていう新人なんだから…足立さんから大目玉食らうぞ」

「そっか?ロックミュージシャンだからそのくらい平気だよ。型破りなくらいでいいんだよ」

 と言うと二人がガッカリしてため息をついた。

「時代後れな発言だな」

 と、ユンちゃんが言った。

「この記事、砂湖は見たかな。いずれ見るよな。又ややこしくなる。ほんとにお前はめんどくさい奴だ」

 頭から本気にしてない感じで祖知がそう言った。

「お前さ、砂湖と付き合ってる自覚あるのか」

 その質問に答えるには僕と砂湖の関係はかなりこじれた状態だった。

「ごめん、最近、付き合ってるって感じじゃないんだ。正直、上手くいって無いかな」

「これが原因か?」

 祖知が写真を突きつける。

「そうでもない。僕の問題かな。多恵さんがどうと言うより」

 確かにそうだからそう言った。

「いつから上手くいってないの」

 ついにユンちゃんにまで切羽詰った質問をさせてしまった。

「引っ越した辺りからかな。みんな良い顔しないのに強制執行したから…」

「やっぱりあの辺りか」

 ユンちゃんのガッカリ観が絶望的に広がった。

「ごめん…」

 と、また口から出た。まずは謝るべきだとは思う。いつも心配ばかり掛けてるんだから。だけど、本当に謝る気があるのかは疑問だった。

「あそこには砂湖ちゃん来てないの?」

 ユンちゃんが念を押すように聞いてくる。僕は上の空だった。

 この二人も苦手だけど、それよりも姉さんがこれを見てどんな顔してるかと思うと気が気じゃなかった。

「その写真、僕って丸わかり?」

「当たり前だよ。わかるだろう知ってる奴なら、それに誰にわかったっていいけど、隠したいと思うやつにわからないわけないよ」

「だよね…」

「お前さ、本当に次から次から、良くいろんな問題を起こすよな」

「いや、祖知君。問題を起こすってのは言い過ぎだよ。何もはっきりしてないし、荷物持ったくらいなら攻められることじゃないよ。ただの親切だろ」

 優しいユンちゃんらしい発想だ。

「そうやっていつもいつも晴人をかばうんじゃないよ。はっきりさせたくないって、こいつは言ってるんだぜ。充分問題発言だろ」

 うちのバンドでは祖知が一番常識人らしい。どんな一言を聞いてもまともでしっかりしている。

「待って待って僕のことでケンカしないでよ」

 と、二人の間に入ると、

「これだよ。愛されキャラの晴人は、ロックミュージシャンになったり、アイドルになったり、どっちのキャラで行くかちゃんと決めてもらわないと狙いが定まらなくてやってらんないよ」

「僕はロックミュージシャンが好いです。何かこう闇に包まれた」

「馬鹿か、勝手にしろ!」

 脱力感にやられた話だったけど、その後、心配した姉さんからのお叱りはなかった。相手が多恵さんで問題ないと判断したのか、解っているのか、これ以上僕の事に口を挟まないと決めたんだろうか、その辺りは分からなかった。

 砂湖とは上手くいってないと言うよりはもっとフラットな感じで、お互い関心を示さないでいた。ユンちゃんも色々言っていたけど、もうわかっていたに違いない。

 ただただ、足立さんから行動には気をつけるようにとこっぴどく叱られた。けど、相手が多恵さんだから仕方ないかと言い、あまり文句も言い辛いみたいで、悪意は感じてなかった。

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