第28話 姉さんへの曲
「多恵さんこれどうかな?姉さんが枕元で聞けたら良いなと思って作ってみたんだ」
それは小さなピアノ曲集だった。思い思いの曲を集めたからジャンルはそろってないけど心を込めて作った手作りの作品集。
「まあ遥に?晴人のオリジナルなの…これ全部?なんて羨ましい話。ちょっとかけてみよ、私もゆっくり聞いてもいいかしら。あ、遙より先にきいても良い」
「ああ、当然聞いてほしい。じゃあ」
僕が姉さんにしてあげられることは何もなかった。兄さんのように寄り添ってあげることもできないし、多恵さんのように話し相手になることもできない。
でも、病床で小さな音で兄さんからの声を愛おしむ姉さんに何か届けたかった。僕はミュージシャンだから…曲を贈ろうと何曲か書いてみた。
「ふんふん、いいね~良いんじゃない。こう言っちゃあなんだけど、なんでも喜ぶと思うのよね、良いとか悪いとか関係なく、とにかくあなたの作品なら遙にとって最高のものだから、でも、これは良い。最高の出来だと思うよ」
「そう?多恵さんがそう言うなら渡してこようかな」
「晴人、私にも一枚くれる。まあ、私には生演奏でも良いんだけど、あなたの愛情がいっぱい詰まった良いアルバムだわ。あのお店の仕事無理して任せて良かった。足立さんに聞かせるとまた大騒ぎになるかもね」
「はは、サンキュー!姉さんに渡してくる」
僕はできる限り明るく振る舞った。そして、時間の許す限り姉さんの病室に顔を出した。兄貴がいない分代わりになろうと思ったし、何日も日を空けるとどうしているかと気になって仕方がなかった。
「姉さんどう?」
「ああ、晴ちゃん。このところ調子いいの。みんながかわるがわるのぞいてくれてなんだか照れるわね。恥ずかしくなっちゃう」
「それ、仕事なの。そんなの無理して良いの?」
「予定してた写真集だから。写真見ながら原稿書くだけよ。
本当なら他の仕事の合間にやらないといけなかったのに、これに集中できて良かった。不幸中の幸いね」
確かに、仕事をするほうが気がまぎれるかもな…ずっと兄貴と離れてまで仕事を続けてきた姉さんだから、無理して仕事から離れるとそれは気が滅入るんじゃないかと思えた。
なるべく姉さんに気を使わせないでおきたい。明るく振る舞うだけで今の姉さんにはしんどいんじゃないかと思えるから。
「姉さん、これ新しい曲を集めて姉さんの為だけにCDを作ってみたんだ。聞いてみて、全部オリジナルだぞ〜」
「まあ、晴ちゃんが、今じゃプロなのに私のためにだなんて…悪いわね」
「悪いわねって、それ、完全身内の意見だね。大丈夫、良い曲ができたらライブにも使うからね。僕や姉さんは何してても仕事になって良いよ」
「そうよ。病院でやれる仕事ってなかなか無いと思うわ。写真も好きだけど文章書くのも好きなの、時間があるなら一冊本でも書いちゃおうかしら。
あ、そうそうこの前、お兄さんから電話をもらった。後二月くらいで交代してくれる人が来て帰れるらしいって」
「ほんと、やったね。良いこともあったね」
「ほんとに~こんなことでもなけりゃ絶対帰ってこないよね」
そう言って二人で笑った。姉さんはあくまで明るかった。兄貴のことを話題にすることなんてなかったけれど、今では姉さんの明るい顔見たさに僕からふることも多かった。
あんなに手放しで喜ぶなんて姉さんも気弱になっているんだなと思った。兄貴のことを話すとき、いつも遠慮がちで兄貴に迷惑かけたくないと言っていた。
その姉さんが、帰って来る兄貴を待ちわびているなんて。
姉さんに曲を作るためにクラッシックをよく聞いた。心が休まってほっとできる曲を作りたいと言ったら、
「それならクラシックね」
と、多恵さんが勧めてくれたから、
姉さんの病室に近づくと部屋の中からかすかにピアノの音が聞こえる。姉さんは気に入って毎日僕の曲を聞いてくれた。
「弟さんが作曲家だなんて素敵過ぎです」
と、サインを求められることもあったけれど丁寧にお断りした。作曲家という響きには慣れない。後ろめたさを感じたし、あくまで病院では姉さんのただの弟でいたかった。
「晴人これ遥に届けて欲しいんだけど」
「わあ多恵さんの手作り。熱心に編んでたから赤ちゃんのかと思ってた」
「この前行った時、髪が抜けるって遥が気にしてて、じゃあ帽子編んでみるって言ったのよ」
「喜ぶよ。最近元気だから希望が持てるかもって話してたところ。多恵さんの赤ちゃんにも会いたいって」
「もう少しで生まれるからね。頑張って欲しい。治ってほしい。親友って探しても見つからないものだから」
多恵さんから渡されたピンクの帽子は、ひと針ひと針編まれた多恵さんの願いの結晶だった。
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