8/22「雨の日は退屈だから、押し入れの中を探検しよう!」



「夏期講習と全校集会?」

「「うん……」」


 姉妹は申し訳なさそうに頷くが、紅葉はともかく、青がそんな顔はする必要、まったくない。受験生なんだ、使えるモノはなんでも使って、志望校の合格県域を極力、引き上げるべきだ。


 自慢じゃないが、進学校に在籍している俺から見ても、青の学力は高い。この集落に学習塾はない。聞けば、バスに乗ってdosucoドスコ付近か、もしくは駅まで行くか。進学校を狙う子は、駅の塾を選択する子が多い。


 そんななか、学力を自己学習でキープする青は、流石だと思う。


 さて、問題は紅葉もみじぃである。本人がイヤがろうが何だろうが、あえて【もみじぃ】と言ってやる。


 昨日のdosucoでのバナナフィギアスケートびしょ濡れ競技大会with裸でBON-Danceは好評のうちに幕をおろし――じゃないよ。全部、紅葉もみの妄想通りになっているじゃないか。せめてもの救いは、男子のみの裸祭りになっていたことだろうか。


 昨夜のローカルニュースのトップがこれだ。食卓でお茶を吹き出し、家族からは非難の視線を浴びたが、俺は悪くない。


【猛暑の影響か、おとこ(迷惑な)裸祭り! ワッショイ🥁️】


 誰だよ、このテロップ考えたヤツ。


『股旅の……股旅のせいなんだっ!』


 モザイクをかけられ、音声もかえられているが……あれは間違いなく砂澤君だと思う。


『熱中症は、命にかかわることがあり大変危険です。どうやら今回は幻視・幻覚による異常行動と思われます。今回の件でニャオングループ代表取締役、ネコジャラシ・二叉ふたまた社長は、特に重篤な人身事故もなく、被害はフロアが水浸しになったことくらい。ニャオングループとしては、特に高校生達に責任を問うことはせず、健全な夏休みを過ごしてもらうよう、学校に依頼を行ったとのことでした。なお、マタタビは適量で摂取してくださいと、あわせて声明が出ています。現場からは以上です』


『現場の綾森さん、ありがとうございました。続いて台風25号の続報です。台風25号ニャーゴは勢力を拡大し北上中です。非常に強い雨風が予想されます。県内も、明日は台風の影響で、1日、雨天が続き、明後日には台風が直撃する予想となっています。台風25号ニャーゴによる影響で、強風による家屋の破損、倒壊も考えられます。台風の備えを十分にし、危険と思われた際は、指定の避難所へ早めの避難をお願いします。繰り返し、お伝えしま――』


「……それが、防犯カメラにしっかりボク達、映っていたみたいなんだよね」


 はははと笑いながら、ジトーっと俺を見る。

 確かに館内をバカみたいに駆け回ったのは俺だ。だからと言って、俺が紅葉の学校の全校集会で一緒に怒られるのは違うと思う。拒否だ、拒否。


「まぁ、良いけどね。砂澤のヤツをイジるから」

「だから、そういうことは止めいっ!」


 デコピンしてやった。

 折角、清楚系美少女と思われているのに、台無だった。


「……別に見てくれで判断する男なんか興味ないだけだし」


 チラッと俺を見るな。


「まーちゃんの良さが分からない男子ヤツは、みんな裸踊りの刑に処したら良いと思う。見たくないけど」


 過激派がいた。しかも処した本人が、放置プレイとか、どんなに残虐プレイかって思う。


「……まーちゃんが行かないでって言うなら、私は行かないんだけどね。今だって、Aランク判定だから、問題ないし」


 チラッと青が俺を見る。


「……マサ君が一緒に生きたいって言うのなら、ボクがエスコートするんだけどね」


 どうしてだろう。紅葉モミの台詞には、誤字がある気がする。

 そんな頑張る二人に、クッキーを焼く約束をして。

 俺は、手を振って送り出し――て。


 ……やっぱり、なんでだろう?

 二人が、いないだけで、無性に寂しさを感じる俺だった。






■■■





8/22「雨の日は退屈だから、押し入れの中を探検しよう!」






■■■






 そうだった。この日は、雨だっけ。

 日記を指でなぞる。


 来客用――客間の座敷に足を踏み入れて。

 きしきし、畳が軋んだ。


 ココの押し入れは、家の中で一番大きいんだ。

 あの時は、青に手を引かれて、押し入れの中に忍び込んだ。


 思ったよりも、狭い。


 あの時は、やけに広く感じたんだ。来客なんて、俺達だけしかいないから。あの年に布団は処分あれて。


 簀の子の上に座れば、やっぱりキシキシ軋む。

 戸を閉めれば。

 光が奪われた。




 ――ふぅん。怖がりのまーちゃんは大丈夫なのかな?

 ――別になんともないし。


 ――じゃぁ、ガマン比べしよう。私が、この村に伝わるお話をするから、最後までまーちゃんは話を聞くこと。

 ――べ、別に問題ないけど?

 ――なら良いよね?


 ふふっ、とあの時の青が笑う。

 あの時は、あんな距離をいとも簡単に埋められたのに、今は存在を感じるだけで、ドキドキする。


 ――まずね、墓守をするのっぺら坊のお婆さん。

 ――いるわけねぇだろ?

 ――分かんないよ。言い伝えだもん。ただ、お婆さんね、自分の子供を病気で全員、亡くしてね。泣きすぎて、涙が涸れたと思ったら、顔がつるんつるんになったんだって。


 その時の青は、まもなく帰る俺に向けて、切なそうな顔をしていた気がする。押し入れの中、光は遮断されていても、時期に目が慣れた。あの時の青と俺は、鼻頭がつきそうなくらいに近かった。


 ――それから、温泉が大好きな河童爺。

 ――お皿の皿、乾くんじゃない?

 ――美容効果でツルツルらしいよ?


 ふと思い返して。俺、そいつに会って……?


 ――お寺の住職さんが、実は化け狐……篠崎狐しのざきぎつねなんだって。

 ――しのざき きつねさんて名前なの?


 ――違うよ。篠崎狐っていう、悪戯好きの狐。悪さをし過ぎて、お寺の住職さんがこらしめたんだって。それから、忙しい住職さんに代わって、村のお寺でお務めをしているんだって。


 ――そんなことと言われて住職さん、怒らないの?

 ――ん? どうなんだろう。悪い子は、住職さんに化かされるってよく言われたよ?


 あの優しい住職さんが、篠崎狐とは、とても思えない。


 ――それから、白蛇。


 とくん。

 青の言葉に、俺の心臓が締め付けられるような、痛みを覚える。


 ――龍神の祠の?

 ――へ? 違うよ。白蛇は小間使い。女と酒好きの大蛇おろちに呆れた龍神様が、食いちぎったの。そのなれの果てが、白蛇。まーちゃんも浮気したたら、ダメなんだからね?


 なんでだろう。浮気なんかしていないのに、背筋が寒いと思った、5年生の夏。



 ――龍神様はね、この集落一帯のお山なんだって。

 ――それ、デカ過ぎじゃない?


 ――それから、北に赤龍。東に青龍が見守っているの。西に天狗。南には鬼が睨んでるの。だからね、悪いことするとしたら、まーちゃんのおちんちん、すぐになくなっちゃうんだからね。

 ――なんで俺が悪いことすることを当然のように考えるのかな?



 ぎゅーっと、あの時の青が俺のシャツの裾を掴む。



 ――まーちゃん、帰っちゃうの?

 ――まぁ、ね。


 ――ヤダ。やっぱり、まーちゃんは悪い子だ。

 ――また、ちゃんと来るから。


 ――それは、それ。いなくなるのヤダもん。

 ――そんなこと言わないで、さ。

 ――ヤダヤダ。そんな風に言う、まーちゃんなんかキライ。ダイキライ!


 半泣きの青を俺は、どう慰めて良いのか、言葉が出てこなくて。そのうち、本気で泣き出して。そんな青をなだめているうちに。


 仄かな闇に慣れたのか。

 適度な温度に包み込まれたのか。


 うつらうつらして。

 どうしてか、本当的に青を抱きしめていたような気がする。




「まーちゃんが帰るのなら、雨がもっと降ったら良いのに」

「マサ君が帰られないくらい、風がもっと吹き荒れたら良いのに」





 これは、5年前?

 それとも今?

 ワケが分からなくなって。

 なんだか、包み込まれたような気がした。

 安堵して――いつの間にか、意識を手放した。







■■■






 ――いたね。

 ――いた。


 ――マサ君、可愛い。

 ――まーちゃん、帰って欲しくないよ。


 ――分かるよ。でも、ダメだよ。あの時の二の舞になったら……。

 ――ん。分かってる。


 ――だからさ、徹底的にボク達がこんなに好きなんだよ、って伝えようよ。

 ――お姉ちゃんは、私と一緒で良いの?


 ――むしろ、青葉がイヤなんじゃないの?

 ――正直、イヤ。でも、お姉ちゃんなら、まだ許せる。


 ――ふふっ。ボクもだよ。あいつらは、マサ君の良さを理解できていないけどね。

 ――あぁ。学校で言われたんだ?


 ――本当に腹がたつ。マサ君のこと、何も知らないくせに、勝手に評価してさ。


 ――仕方ないよ。だって、あの子達にはえないんだもん。

 ――砂澤は見えているはずなのに、ね。





 なんだろう?

 近くで紅葉と青に囁かれている気がする。でも、その言葉はどうこか遠くて。まるでフィルターをかけられているかのように、何を言っているのか理解できなくて。そう、水の中へと沈んで。音という音が中和され、そのまま落ちていくような感覚を憶える。




 ――良いよ。私にはマサ君と青葉だけだから。

 ――私も、まーちゃんとお姉ちゃんだけ。


 ――好きだよ、マサ君。好きなの、こんなに大好きなの。

 ――まーちゃん、大好き。本当に大好き。イヤだよ、余所見したら。ちゃんと私だけ、見て。余所見するなら、お姉ちゃんだけにして。





 コポコポ、気泡が口から漏れるように。

 両方の頬に暖かい感触。触れる。それが唇に――。

 そして首筋へ。




 水の中へと、落ちるように。

 溺れるように。


 しっかりと、刻みつけられた気がした。

 そういえば、って思考を巡らす。





 胸元に、まるで鱗のような二つの痣。

 一つは、紅く。

 一つは、青く。

 これは、いつできたモノだったんだろう?







 そんなことを思いながら。

 意識は溶けて――。

 かろうじて、投げかけようとした疑問符すら。





 唇を、塞がれて。

 甘い感触だけ――残った。

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