8/21「買い出しに行こう! 別に特別な意味なんかないけれど、世話になってるから。他に意味なんかないからな!」
カーテンの隙間から、差し込む陽光が鬱陶しい。
――学校の部活連中とミーティングするから。
なんて分かりやすいウソだ、って思う。部屋にこもったら、スマートフォンの
(……帰る準備しよう)
どうしても自然と考えることは、紅葉と青のことで。この夏、ずっと一緒だったからか。気付けば、古い想い出も新しい想い出も溢れだしてしまう。
――バケモノの嫁。
そう聞いたからといって、見方が変わったかと言えば、答えはまったくノーで。だって、紅葉派やっぱり紅葉だし、青葉はやっぱり青だな、って思うから。
ただ、本当に紅葉と青葉を幸せにする
俺は視線を向ける。カチャチャカチャ、ドアノブが揺れるのはホラーだ。俺が反射的にタオルケットを被り直すのと、ドアが開くのは同時だった。
「マサ君、遊びましょう!」
「(こいつ、
「マサ君、寝てるの?」
「(寝てる男子のトコに来るんじゃないよ?)」
「お寝坊さんだねぇ。はい、マサ君、お着替えして
「(起きない! 俺は起きない! このまま寝てやり過ごすから!)」
「はぁい、良い子でちゅね。
「(起きないぞ、俺は絶対に起きない! やり過ごすって決めたんだから!)」
「すぽんっ」
「(
「あら……マサ君、こんなに
「
「あ、こっちも起きた」
「こっちとか言うんじゃありません!」
思わず、お母さんモードで言うが、説得力はあまりない。クソガキ
「お姉ちゃん、まーちゃんは起きたの?」
コンコンとドアをノックしてくれるのは、さすが、青だって思う。ピッキングで入室してくる姉とは大違いである。
間髪入れず、がちゃっとドアが開く。いや、そりゃそうだよね。姉が先に入っているんだから、妹がダメという了見はない。そりゃそうだ。
今、俺にできることはと言えば、タオルケットでせめて大事なバショを隠すぐらいって――おい、紅葉?! なんで、お前が俺のタオルケット持ってるの?
「キャッ!」
「あ、あのですね、青葉さん……?」
「……朝ご飯、お義母さんと作っている間に、何をしていたのかな?」
1番、
2番、被害者。
3番、青葉様。なんで、被告の
「まーちゃんのバカァァァァァァっっっ!!」
青のその小さな体から、どうやったらそんな声が出るんだろう。
最早、風鈴や蝉の鳴き声と同じくらい、この夏の風物詩となりつつあった。とりあえず、歯を食いしばろう。耐えような、俺。
――バッチィィィィィン!
頬に真っ赤なモミジ。うん、折角消えかけていたのになぁ。
頬の痛みを感じながら。俺って、今をちゃんと生きているんだなって。そう痛感した夏だった。
■■■
――ねぇ、ちょっとあれ見て?
――良いなぁ、両手に花じゃん。
――いや、よく見ろって。頬にビンタの痕。あれ絶対、痴話ケンカ後だろ?
――デートをダブルブッキングしたんじゃねぇ?
――いや、ちゃんと見ろって。頬に前にもビンタされた痕あるじゃん。
――つまり、常習犯?
――最低の
――でも、あの子達幸せそうじゃない。
――恋は盲目ってね。だって、あの駄目男、たいしたことないじゃん?
――分かんないよ、夜はスゴイかもしれないじゃん
バスで揺られること、30分。ショッピングモール
こんな辛辣な声にもたじろぐことなく、姉は率先して俺の腕に抱きつくてきた。そんな姉を見習って、シャツの裾をつつましく摘まんでいた妹まで、お手本を習う始末。
「あのですね……歩きにくいと思うんだよね?」
「そう、マサ君ってちゃんと私達にペース合わせてくれるから、歩きやすいよね」
「まーちゃん、大丈夫。安定しているから」
そう言いながら、胸元のペンダントに触れて、二人は上機嫌に笑む。
5年生の夏はマスコットキーホルダーをプレゼントした。紅葉と青に平等に、かつ男女を意識しないものが良いって思ったんだ。あの時は、適度な距離感だったと思うのに、5年たって……どうしてこうなった。
二人の胸元、そして自分の胸元のキーホルダーを見やる。
モチーフは太極図。それぞれ勾玉が重なったように見える。ただ、偶然見かけたこのネックレスは、勾玉が三つ。朱、蒼、紺。意匠に意味はないと思うがまるで、三人を表しているようで、つい頬が緩んだ。
指輪だったら、気持ちが重すぎる。でも何かしら、形として残したいと思っていた矢先、出会ったのが、このネックスだった。
これはもう、一目惚れだった。俺の頬を見た店員さんの視線が一瞬、冷たかったが、そこは流石は接客プロ。何もなかったかのように、爽やかに応じてくれたのが――余計に胸が痛い。
砂澤君の言葉を鵜呑みにするつもりはないが、誰かのお嫁さんになる。そう考えただけで、胸が苦しくなる。でも、その一方でこの姉妹には幸せになって欲しい。それは偽らざる俺の本心で――。
「やっと、まーちゃんが笑ってくれた」
青の一言に、俺は目が点になる。
「え……?」
「青葉、あれは自覚なしだよ」
「そうだね」
やれやれと言わんばかりに、二人は肩を竦める。え、っと? あの?
「私、何か悪いことしたのかってずっと考えていたんだからね」
ゲシゲシ、この体勢で脛を蹴らないで。避けようがないんだって。
「あのね、マサ君」
ぐぃっと、紅葉が俺の顎を摘まむ。今すぐ、唇を奪われそうなぐらい、距離が近い。一見、清楚系尾少女。実は5年前の何も変わっていない
「ボクね、誰かに遠慮をして大切な時間を失うの、もうゴメンなの。マサ君がボクの知らない間に、誰に何を吹き込まれたのか知らないけれど……勝手にいなくならないで」
「お姉ちゃんの言う通りだからね。まーちゃん、無駄に思い悩むぐらいなら、ちゃんと私に言って欲しいかな?」
「……青葉、そこは私たちじゃないの?」
「え、ヤダ。だって私、まーちゃんの一番が良いもん」
「ほぉ。だから、朝はあんなに怒っていたんだ? へぇー? 一番に愛して欲しいって感じ?」
紅葉のクソガキモードが発動したらしい。でもね、ココはデパートの中なの。もう少し、声量を落として、距離もパーソナルスペースを確保してもらえたら、俺の精神的安定が図れるんだけど――。
「ち、違うから。そ、そんなふしだらなこと……考えてなんて、い、な、いから――」
耳まで真っ赤にして言わなくても。すっかり
「ま、私は良いけどね。二番目でも。むしろ二番目の方が、たっぷり愛してもらえるかな?」
「二番とか無いもん。私が一番だもん!」
いや、だからですね。そういうことをデパート内の――オモチャ専門店前で声高に叫ぶのは……お母様方の視線が、痛いのですが……。
と、喧噪に紛れて、足音がした。
(……まさか、このタイミングで?)
どうしてか。
砂澤君が、汚らわしいものを見るように、俺に視線を投げ放って――それから通り過ぎていく。
「おい、砂澤? 良いのかよ?」
「佐竹さん……妹さんも? ちょっと趣味悪くない?」
「騙されているんじゃない?」
「……良いから」
それらの声に対して、砂澤君の声は淡々としたものだった。
「遠い親戚のようだし。もうちょっとしたら、帰るらしいからね。さすがに、親戚付き合いまで否定する気はないよ。もうちょっと、釣り合いがとれる相手と付き合わないと、佐竹さんの家に傷がつくんじゃないかっては思うけれどね」
どこか、俺を煽るような空気を感じる。でも、姉妹の前でそんな風に言わなくてもと思ってしまう。
――紺野君が、この村にいる間は君に譲る。でも、それまでだ。しっかりと想い出を作って。
あの言葉は、なんだったんだって思う。そんな風に言わなくても、俺は帰るんだ。せめて、安心させて欲しい。格とか、釣り合いとか。そういうところじゃなくて。紅葉を幸せにしてくれるって。人見知りの青葉が、穏やかに笑ってくれるように、支えてくれるって。
ただ、それだけを約束してくれたら、俺はもう帰ろうって。この里には足を踏み入れないって、そう思っていたのに――。
「マサ君、アイツなの?」
紅葉が目を剥いたかと思えば――その双眸に敵意をたたえているのが見えた。
「まーちゃんに変なこと、吹き込んだのアイツなんだね」
青も同様に冷たい視線で彼らを射る。その駿か、表現し得ない冷気がこの場を包むのに――彼らは、まるで気付かない。
――だって、そうでしょ?
――騙されているとしか思えないよ?
――佐竹さん、脅されていないの?
――いや、でも砂澤君がそう言うなら。
――いや、砂澤君が脅されているって可能性も……。
紅葉と青葉が、もう我慢ならないと言わんばかりに、踏み込んだ瞬間だった。
妙に、スローモーションで。
俺の視界に写る全ての動作が緩慢になる。
かちんこちん。
深く、腹の底に響くように。
時計が針を刻むような音が、規則正しくで鳴る。
と甚平、黒のシルクハットに懐中時計をネックス代わりに身につけた猫が、コンコンとステッキで床を打つ。
「お久しぶりでやんすな、坊」
「お久しぶり……って昨日も会っただろう……
「坊、女子の名を間違えるなど、言語道断。あっちは、
「は?」
「五年ぶりの挨拶としては、ちょっと薄情どすぇ」
やっぱり、おかしな日本語を織り交ぜてくるの、未だに慣れない。
と、目を見開く。
バナナの皮が、スケートのリンク上を滑走するように滑っていく。まるで生きているかのように、砂澤君達の足にまきついた。
「え?」
「えぇ?」
「えっ?!
「なにこれ?」
「「「「「ちょっと?」」」」」
「お前……股旅か?!」
一番、俺。二番、紅葉。三番、青。四番同着で、砂澤君のお友達。そして、砂澤君が呻く。
滑るように、デパートの来場者をすり抜けて。
泉を中央に模したイベント広場へと、スピンしながら滑走。最後は、全員綺麗に跳び上がったかと思えば、フィギアスケートの選手もびっくりの、全員がトリプルアクセルを決めたかと思えば。
――ばっしゃーんっ!
水飛沫が、イベント広場中に飛び散って。俺はあんぐりと口を開けて。唖然と、その光景を見つめ――ている場合じゃなかった。
「ざまぁみんしゃい、エロ天狗。そして、あちきは、確かに巫女の願いを叶えたでおます。それではの、坊――あばよっ」
ハッカの匂いを残して、二叉――いや、股旅は忽然と姿を消していった。
(夢……なの? なんなの?)
目をパチクリさせていると、紅葉と青に手を引かれて、はっと我に返る。
「まーちゃん、離れよう! 一緒に悪ふざけしたって思われるよ?」
「マサ君、すごくない? ボクが思った通り、ギッタンバッタンにのしてやっちゃった! この後、全員、全裸でヒップホップテイストで盆踊りを披露してもらう予定だったの!」
「Oh……」
胃が痛い。
やっぱり
女の子もいるんだから、止めてあげて?
バナナの皮でアイススケートも大概だからな?
そう思いながら-、二人の手を握りなおす。
二人は目を合わせて――嬉しそうに笑みを溢す。うるさいよ、これに意図はないんだ。ただ、パニックに巻き込まれたくないだけだから。
俺達は館内がパニックになっているのを良いことに、全力疾走で駆け抜けていく。
風を切るように、全力で群衆の森を駆け抜けて。
五年前、こうやって何も考えずに走っていた気がする。
見れば、二人の首元のネックレスが揺れて。
別に特別な意味なんかないけれど、世話になってるから。他に意味なんかないからな!
そう、いつかの日記で書いた文言を、言い訳代わりに、心のなかでなぞりながら。
俺達の声が館内に、バカみたいに響いたんだ。
■■■
『その願いも叶えた』
股旅のそんな声が響いた気がしたのは――きっと俺の気のせいだ。
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