第17話 私もなにか役に立ちたいです

 ヴィンセント辺境伯領へと引っ越してから幾日が過ぎた。

 

 ここ連日、フェリクス様はお仕事が忙しいらしい。朝の食事もとらず、お仕事場となる地下迷宮ダンジョン管理棟に籠られているため、顔を合わせない日々が続いている。

 相変わらず、やりたいことが見つからない私としては、居心地の悪さを感じている。


 ブライアンさんは気にすることはないと言って下さるけど、屋敷の主がいない食堂で豪華な食事をいただくのはとても気がひけるわ。


「フェリクス様はちゃんとお食事をされているのでしょうか?」

「ご安心ください。主が食べないと、他の者も食べなくなりますから、きちんと召し上がるようにいっています」


 食後、ブライアンさんに尋ねると、彼はこれから食事を管理棟にまで届けるのだと教えてくれた。


「毎日届けているのですか?」

「管理棟にも食堂はあるのですが、自分がいては部下の気が休まらないと申しまして、そちらを使わないのですよ」

「……では、お一人で食事を?」

「はい。よくあることなので、お気になさらず」


 食後のお茶を差し出してくれたブライアンさんは、失礼しますといって頭を下げる。


「ブライアンさん! あの、お手伝いさせてくれませんか?」


 顔を上げた彼は、きょとんとすると首を傾げた。


「朝食をフェリクス様にお届けするお手伝いを、させてください!」


 言い直すと、目を見開いたブライアンさんは、嬉しそうに「主がお喜びになります」といった。そうして食後のお茶をいただいた後、厨房に案内してくださった。

 賑やかな厨房には、恰幅かっぷくの良い料理人さんの他に、若い子も何人かいた。彼らは私の姿に気付くと、一同、驚いた顔をして動きを止めた。


「主へのブランチを、アリスリーナ様がお届けくださるそうです。食後のお茶は、後ほど私がお届けいたします。それ以外をお願いしましょう」


 ブライアンさんの話に、どよめきが上がる。その中で、もっとも年長だろう料理人さんが、心配そうに私へ視線を送ってきた。料理長さん、かしら。


「侍女にもたせりゃ良いだろう。お嬢様のすることじゃない」

「ボーン、せっかくのご好意をそう言うんじゃない。アリスリーナ様、お気になさらず。彼は少々口が悪いですが、悪気はございませんので」

「ふんっ、口が悪いは余計だ。しかし、そんな細腕で大丈夫か? 怪我でもしたら大変だろう」

「ご心配をおかけして、申し訳ありません。あの、フェリクス様はたくさんお召し上がりになるのでしょうか?」

「サンドイッチと果物くらいだから、それほどの量ではないけどな。しかしだ。もしも転んだりしたら──」

「では、転んだりしないよう、気をつけてお持ちします!」

「……お嬢様が怪我をしたりしたら大変だって言ってるんだが」


 私も役に立ちたい。その気持ちは果たして通じたのだろうか。料理人たちは顔を見合わせて何かこそこそと言葉を交わしている。


 もしかしたら、令嬢の気まぐれやワガママのように思われたのかもしれない。たとえそうだとしても、何もしないで美味しいご飯をただ食べる日々は、やっぱり気が引けるのよ。


 いたたまれない思いで立っていると、とさっと音を立てて作業台に大きなバスケットが置かれた。


 見れば、ふくよかな女性が料理人たちに鋭い眼差しを向けている。確か彼女はフェリクス様の乳母で、このお屋敷の侍女たちをまとめられているニネット夫人だわ。私の母より少し年上だろう彼女は、このお屋敷では年長者に当たるだろう。


「つべこべ言わず用意しなさい。何を心配しているのですか。バスケットを運ぶくらい子どもでも出来る仕事ですよ」


 ニネット夫人がぴしゃりと言うと、料理人たちは何かもごもご言いながらも、用意していたサンドイッチの包みや果物の入った器をバスケットに入れ始めた。それを確認した夫人は私の方を振り返り、朗らかに微笑んだ。


「アリスリーナ様、ご気分を悪くされないでくださいね。今まで、ここにご令嬢が立ち入ることなんてなかったので、皆、驚いているだけですから」

「いいえ、そんな……外ものの私が出しゃばってしまい、申し訳ありません」

「何を仰いますか。フェリクス様も、ブライアンが届けるよりも、アリスリーナ様がお届けになった方が嬉しいに決まってますわ!」

「……そうでしょうか?」

「そうですとも。アリスリーナ様との食事を楽しみにされてましたから、きっと、お喜びになりますわ」


 食事をつめたバスケットの中身を確認したニネット夫人は、何が入っているか一つ一つ説明してくれた。


「ありがとうございます。きちんとお届けします。あの、管理棟は──」

「三階の渡り廊下から参りましょう。私も、あちらでお茶の用意をしますので、ご案内します」

「よろしくお願いします」


 少し重たいバスケットを持ち上げてブライアンさんに頭を下げると、ニネット夫人が彼の背中をぱしんっと叩いた。そうして「フェリクス様の邪魔はするんじゃないよ」と彼に忠告をする。


 ブライアンさんの顔が少し引きつったようだったけど、邪魔って何のことだろう。そんなにお仕事が忙しいのかしら。だったら、私も食事を届けたらすぐに戻ってくることにしないといけないわね。

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