第11話 フェリクス様は私にドレスを着せたい

 私が混乱して言葉を失っていると、フェリクス様はカレンに声をかけた。


「そこの侍女、カレンといったな。アリスリーナはこちらに来る以前、どんなドレスを好んでいた?」

「お嬢様は淡いピンクやバイオレット、空色のドレスなどがお気に入りでした」

「カレン!? あの、それは以前のことで……両親からも、華美な服装などせず慎ましやかに過ごすよう言われていますので」

「ですが、紺や臙脂えんじなど気品あるドレスもまたお似合いになります」

「か、カレン! もう、ドレスの話は良いから」


 あわてふためきながらカレンの言葉を止めると、彼女は少しだけ不満そうな顔をしてぺこりと頭を下げた。

 ふむと頷いたフェリクス様が、私の肩に手をそっと置く。


「ドレスが嫌いな訳ではないのだな」

「それは……」

「嫌いか?」


 真摯な眼差しを向けられ、とたんに恥ずかしくなる。

 嫌いなわけがない。貴族令嬢にとって、ドレスはなくてはならない武器みたいなもの。いかに自分を美しく見せ、未来の旦那様のために凛と華やぎ、社交界で存在感を出すか。そのためにはなくてはならないものだもの。


 でも、そんなことを除いても、私は可愛いものや綺麗なものが大好きで。──俯いて、膝の上で拳を握りしめた私はゆっくりと首を振った。


「ドレスは好きです。でも、罪人の私が贅沢をしたなんてお母様が知ったら、どんなお叱りを受けるか。それに……」


 屋敷に置いてきたドレスを思い出す。その中には胸元が大きく開いたものもあった。

 社交界では、鎖骨を美しく見せて胸のふくらみを強調するようなデザインが流行っている。だから、私もそういったデザインのドレスをいくつも持っていた。でも、あれを着たら魔女の烙印が見えてしまう。


 罪人の証が見えたりしたら、屋敷で働く人たちだって気分が良くないだろう。

 左の鎖骨下、左胸のあたりに手を寄せ、私は大きく息を吸う。


 ドレスを受け取る訳にはいきません。──もう一度、勇気を出してフェリクス様に伝えようと彼を振り返れば、切れ長の瞳と視線がぶつかった。それは見事に美しい金色の瞳。まるで夜空に輝く月のような輝きに言葉を奪われ、眩暈すら感じる。


「お前の母親とレドモンド家を気にすることはない」

「いいえ、そうではございません。私の胸元には魔女の烙印が──」

「それなら尚更、気にすることはない」

「……どういうことですか?」

「昨日、教えただろう。ここでは聖女よりも魔女が歓迎されると」

 

 したり顔で私に手を差し出したフェリクス様は「そんなことより、朝食にしよう」と言った。

 昨日から、どういうつもりかしら。

 フェリクス様は、魔女の烙印を全く気にしていない。私に気を遣ってのことかと思ったけど、それだけじゃなさそうだわ。


 大きな手にそっと指先をおけば、彼は優しく私の手を引く。


「以前から思っていたが、王都に住む宮廷貴族は、辺境の地を知らなすぎだ」

「それは……」

「アリスリーナを責めている訳ではない。俺が呆れているのは、保身しか考えない宮廷貴族と学院の奴らだ」

「……学院も、ですか?」

「ああ。あそこは形ばかりでどうしようもない」

「そうでしょうか? 高名な先生方も多く、私はたくさんのことを学ばせていただきました」

「だが、優秀な人材を王都から出すことはない。あまつさえ、アリスリーナを無碍むげに扱うなど、考え無しもいいとこだ」

「私?……でも、魔力暴走の罪は事実で」

「魔力が乏しければ、そもそも暴走などしない」


 フェリクス様は私が排除されたことに、怒っているのだろうか。その美しい顔が少し険しくなった。

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