第6話 光一とある噂①
翌週のこと。
いつもはクラスの中でも一、二番を争うほど早い時間帯に登校している光一が、その日は珍しく授業開始時刻になっても姿を現さなかった。
欠席者がいるのはオメガクラスではいつものことなので、「体調不良か発情期だろうな」と佑月たちは予想して、当初はほとんど気にかけていなかった。
次の日も教室に光一の姿はなかった。
昼休みになり、佑月はピーナッツパンをかじりながら、週末の予定について思いを巡らせていた。
「ねえ、りくちゃん」
「なーに?」
「こーちゃんの体調が整わないなら、ふるふるアニマルスイーツは来週にずらしてもいいかなぁ?」
佑月が提案すると、りくはにっこりと微笑んだ。彼の弁当箱には今日も色鮮やかなおかずが詰め込まれている。
「うん。ぼくはいいよ。というか、そのほうがいいな。三人で行くことが大事だよ」
「そーだよねぇ!」
うんうん、そうだ。三人で出掛けることに一番の意味があるのだ!
りくと視線を交わしてうなずきあっていたちょうどその時、クラスメイトの女子二人が佑月たちのそばに寄ってきた。
両手に可愛らしいピンク色のネイルを施したオメガ女子が少し身をかがめて、パンをほおばる佑月の顔を覗き込む。
「……ねえ光一くん大丈夫? なんか噂きいたんだけど」
「へ、噂?」
佑月はりくと顔を見合わせた。
どうやらりくも、噂というものに心当たりはないらしい。
するともう一人の黒髪ロングのオメガ女子が、その噂の内容を小声で教えてくれる。
「下校中にヒート事故起こしたって噂があるんだよ」
「……は?」
「……え?」
これには言葉を失った。すぐには内容を理解できず、頭の中がフリーズ状態になってしまう。
りくも同じように驚き、困惑しているようだった。
(……待って? こーちゃんがヒート事故?)
どういうことかと説明を求めると、彼女たちは声をひそめて教えてくれた。
クラスメイトの彼女らが聞いたところによると――二日前の下校中、光一は電車内で唐突なヒート状態に陥ったらしい。
顔を赤らめて慌てて電車を降りていく光一と、その後ろをふらふら追いかけていくアルファらしき男を目撃した下級生がいたそうだ。
その後光一がどうなったのかははっきりとしないものの、光一の乗っていた電車内にはオメガフェロモンの甘い匂いが確実に漂っていたのだという。
状況からして、オメガである光一が身を守ることは難しかったのではないか……とする見方が多く、それで「光一がヒート事故を起こした」と噂される事態になってしまっているらしい。
光一がこの二日間欠席していることも、噂を助長している要因だろう。
「ってことはまだ、その噂って確定じゃないってことだよね?」
佑月が彼女たちに確認すると、二人はそれぞれうなずいた。
「そうだと思う。でも発情してたのは事実っぽいし……」
「だから佑月くんたちなら何か知ってるかなって思って、声かけたんだよね」
「……ええと、僕たちも初耳で」
「ねぇねぇ、一つ聞いていいかな。その、こーちゃんを見かけた下級生って、二人の知り合いなの?」
りくが訊ねると、黒髪の女子が「知り合いというか」と頬に華奢な指先をあてて首をかしげた。
「弟のクラスのクラスメイトらしいの。サッカー部のマネージャーをやってる子みたいだから、直接話をしたいならサッカー部に行けば話をきけるんじゃないかな?」
彼女たちと話し終えてからも、佑月は半信半疑だった。
――光一がヒート事故?
いやまさか。だってあんなにしっかりしている光一なのだ。アホほど抜けている馬鹿な自分と光一は違うはず。
だけど…………どんなしっかり者でも、細心の注意を払っていたとしても、自分の身体を意のままにはできないのがオメガ性だということを、佑月は嫌というほどわかっている。
りくとも相談して、佑月はとりあえず光一にコンタクトをとってみることにした。
『こーちゃん、土曜日の予定のふるふるスイーツ、行けそう? 来週にしようか?』
いきなり核心に触れることは躊躇われて、メッセージの内容もりくと相談して決めたものだ。
佑月が昼休みの終わりギリギリに送ったSNSのメッセージに、光一から返信があったのは約二時間後。
『ごめん行けない』の言葉だけだった。
『そっか、発情期?』と何も知らないていで新たなメッセージを送ってみるも、それには一日経っても光一から反応はもらえなかった。
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