第9話 消去
岩の家のメンテナンス部屋にて。
朝昼晩と日に三度ある
「具合はどうだ?咲茉」
「異常はない。マスター」
「では、身体を起こすぞ」
「ああ」
善はリモコンのボタンを押して電動リクライニングベッドを動かし、咲茉の上半身を起こした。
「今日は。メンテナンスが三時間、かかったのだな。マスター」
「ああ」
自身の身体に内蔵されている時計により、機能停止から機能再稼働までどれくらいかかったのかを認識した咲茉は、遠慮がちに言った。
朝と昼のメンテナンスはほぼ三十分前後と、或る程度時間が定まっているが、夜のメンテナンスだけは違い、時間が定まっていなかった。
ただ、今までの記録から、最短で一時間、最長で十時間程度かかるという事だけはわかっていた。
咲茉は善にどのようなメンテナンスをしているのか、詳細な行動を尋ねた事はない。
咲茉はただそのメンテナンスが、善のように空を飛翔する為に必要だという事だけわかっていれば、それだけでよかった。
のだが。
満足している表情とは裏腹に、巧く隠してはいるが、善の身体には多数の傷がつけられている事に、ここ二、三日で咲茉は気付いては、メンテナンス中に機能停止しているはずの自分の身体が勝手に稼働し、善に攻撃している可能性がある事にも気付いたのであった。
もしもその可能性が思考の範囲内ではなく、現実のものであったとしたら。
咲茉は自身がどのような行動に出ようとするのか、思考を働かせた。
善を傷つけたくはないので、飛翔する為に必要であるメンテナンスを止めてほしい。
善を傷つけても、飛翔する為に必要ならばメンテナンスを止めてほしくない。
咲茉の思考は後者に傾いていた。
善を傷つけてでも、飛翔したいのだ。
それが揺らぐ事はない。
そう、思っていたのだが。
(………いや。メンテナンス直後は思考回路がうまく稼働していないだけ。だから。この思考も少し時間が経てばすぐに、消去する)
以前は、殺したい人間を殺す為だけに生きた。のだ。
今は、マスターのように飛翔する為に生きている。
これだけでいい。
これだけで。
他の思考は、不要なのである。
(2024.8.16)
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