第十五話 面倒な奴が修行を邪魔しに来やがった!
飯垣と影沼が丸井の言葉の意味を理解し、その一端に触れてから数週間後、二人は引き続き修行を続けていた。
「っ!」
「っと、危ない危ない。ほんと気を抜くと捕まっちゃいそうだね」
「っだー!んなこと言って、お前あれから一度も捕まってねぇじゃねえか!」
飯垣は怒ったような拗ねたような口調で叫んだ。
影沼はそんな飯垣の態度を気にした様子もなく、マイペースに答えた。
「まぁ僕だって自分の能力にそれなりの自負はあるからね。そう簡単に捕まったりはしないよ。手を抜いたら舞人の為にもならないしね」
「そりゃそうだけどよ。こうも上手くいかねえと本当にこのやり方であってんのか不安になるっつーかさぁ」
「現時点で舞人ができてることだけでも十分異常なレベルだと思うけどね。僕だから舞人の動きに気づけてるけど、たぶん普通の人なら――」
「よぉ、竹林に引きこもってる暇人ども。まだ修行なんて地味なことやってんのか?」
二人が声の方向を振り返ると、竹林の影からひょっこりと姿を現したのは同じ二年の
赤石は異能学園の中でも影沼と同様に厄介な異能を持つ生徒だった。
彼の能力は「速度変化」。自身や他人の速度を自在に操ることができる能力で、武闘派である彼は主に戦闘面で存分にその能力を発揮していた。
「赤石、お前また喧嘩売りに来たのかよ。」
影沼がため息をつきながら問いかけると、赤石は肩をすくめた。
「喧嘩っていうか、退屈しててよ。久しぶりに手合わせでもどうだ?」
「退屈だからって人の修行の邪魔すんなよ!」
飯垣が苛立ちを露わにしながら言い放つ。しかし、赤石は全く動じず、むしろ挑発をエスカレートさせた。
「何してんのか知らねえけど、その様子じゃ上手くいってねぇみてえだな?まぁ、そんな奴相手じゃ戦っても面白くなんねえか?」
「……上等だ、練習台になってもらおうじゃねぇか!」
飯垣の目が燃え上がるように輝いた。
(毎度気まぐれにちょっかい掛けてくる面倒な人だけど、今日はちょうど良かったかもね。これで舞人が赤石の能力に対応できるのなら、この修行の効果も実感できるだろうし)
単純に挑発に乗った飯垣を見ながら、影沼はそんな風に考えて口を出さずに見守ることにした。
三人は竹林の開けた場所に移動し、間合いを取った。
影沼が適当な竹に体を預けながら舞人にアドバイスを送る。
「舞人、分かってると思うけど簡単に挑発に乗っちゃだめだよ?集中力を切らしたら修行にならないんだし」
「分かってる」
「こんな時でも修行かよ。まぁいいや。どんなもんか試してやろうじゃねえか」
赤石が軽く地面を蹴り、一瞬で視界から消えた――ように見えたが、次の瞬間、彼は飯垣の真横に現れた。
「遅い遅い!」
赤石が拳を軽く振り下ろす。飯垣は反射的に避けようとするが、赤石の速度が突然遅くなり、その拳は逆に彼の動きを妨害する形で当たらなかった。
「ちっ、相変わらず出鱈目な動きしやがって」
飯垣が焦りながら距離を取ると、赤石はにやりと笑った。
「ははっ!いつでも新鮮な感覚を味わえてお得だろ?それより、そっちは能力使わないのか?出し惜しみしてたらさくっと終わっちまうぜ?」
赤石の言葉を聞いた飯垣は、一度深く息を吐いた。そして再び集中を始める。
風の音、赤石の足音、観戦している影沼の気配、この場に存在しているものを感じ取り、その中で赤石の気配に集中する。
(こいつの速度を操る能力だって、無限じゃねぇ。どこかにクセがあるはずだ……それに、これは修行の成果を試すチャンスだ。)
赤石は再び加速し、今度は飯垣の後ろから飛び込んでくる。だが――
「・・・っ!」
飯垣の手が突如として赤石の腕を掴んだ。
「なっ……!?俺の動きが読まれた?」
赤石は驚愕の表情を浮かべた。加速状態で死角からの接近にも拘らず、攻撃するより前に腕を掴まれたのだ。赤石には飯垣の動きは明らかに予測不能だった。
飯垣はニヤリと笑うと、掴んだ腕を思いきりぶん投げた。
赤石は慌てながらも咄嗟に自身の速度を落とすと、ふわりと地面に着地した。
「うぉ!っとと、どうやったのか知らねえがやるじゃねえか。今のはまぐれか?それとも修行の成果ってやつか?」
「はっ!教えてやる義理はねぇ。そっちこそ油断してると痛い目見るぜ」
先ほどのお返しとばかりに飯垣はそう言って赤石を挑発した。
「面白れえ。できるもんならやって貰おうじゃねぇか!」
挑発に載せられて赤石が再び加速した。今度は真正面から突っ込んでくる。
飯垣も合わせて能力を発動した。オーバーヒートであれば赤石の加速状態にもある程度追いつけるのだ。
飯垣はそのまま突っ込んできた赤石の右ストレートを受け流そうとした。
しかし、赤石の拳は飯垣の感覚から一瞬遅れてやってきた。
「くっ!」
「もらっ・・・なに!?」
ほんの一瞬、自身に急制動を掛けることでインパクトのタイミングをずらす赤石の十八番は正面攻撃が一番気付かれにくい。飯垣の動きから直撃を確信した赤石だったが、気づいた時にはその拳は飯垣のもう反対側の手により弾かれていた。
軌道をずらされ、そのまますれ違ったところで急停止を掛けて赤石が振り返る。
「・・・どういうことだ?さっきのお前は完全に虚を突かれていたはず。それに俺の腕を弾いた時の動きが見えなかった。お前一体何をしてやがる」
「さっきも言っただろ?教えてやる義理はねぇってな」
「ちっ、よく分からねえが妙な搦め手を覚えやがって。いいぜ、そんな小細工あっという間にぶっ潰してやるよ!」
そこからはしばらく同じような手合わせが続いた。
飯垣は敢えて反撃はせずに受けに徹していた。
(いける!全部とまではいかねえが、赤石のフェイントにも対応できている。前に戦った時とは雲泥の差だ。確実に修行の成果は出ている!)
飯垣は赤石との勝負で自身の成長を感じ取っていた。
しかし、赤石の方は次第につまらなそうな表情に変わっていき、やがて距離が離れたところで構えを解いた。
「止めだ止めだ。ったく、俺はお前の修行相手になりに来たんじゃねぇっての」
「何だ?俺のことをぶっ潰すんじゃなかったのか?」
飯垣が再び挑発するように言い返すが、赤石は嫌そうな顔をしつつも手を振ってこれ以上やり合う気がない意志を示した。
「ちっ、嫌なこと言いやがる。確かにそのよく分かんねえ受けは崩せねぇ。認めてやるよ。だが、てめえ攻撃する気ねぇだろ?さっきから受けてばっかじゃねえか。そんなんじゃこっちが楽しくねえんだよ」
「勝手に修行の邪魔しに来たくせに、そんな文句言われてもな」
「へぇへぇ。そりゃ悪かったな。まぁ退屈は紛れたし、良しとするか。今度やる時はちゃんと勝負しろよ?」
「気が向いたらな」
飯垣の適当な返事を気にした風もなく、赤石は来た時と同様に勝手に去って行った。
「面倒な人に捕まったかなと思ったけど、終わってみればいい修行相手だったみたいだね」
「あぁ、あいつのおかげでこのよく分かんねえ感覚を大分理解できるようになった気がする。これなら丸井の奴にも通用するはずだ!」
「え?あ~まぁ、そうかもね。」
既に丸井に再挑戦する気満々に見える飯垣に、影沼は呆れた様な顔をしつつも適当に同意しておいた。
(まだ完璧にものにした感じでもなさそうだし、通用するか怪しい気がするけど、こればかりは僕もよく分かんないからなぁ。まぁ先生に任せようか)
露木学園長から二人の手綱を握るよう頼まれていた影沼だったが、よく分からないという理由を盾に、あっさりそれを放棄して観客に回ることにしたのだった。
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