第十六話 童次の再会

 俺こと屈魅 狭霧は萃那と共に鬼将山を上り続けていた。

 想像通り鬼の住んでいる痕跡は見当たらない。やはり3年前に魔物によって全滅してしまったのだろう。

 上り続けていると周りに崩壊した建物の残骸が現れ始めた。この辺りを住処としていたらしい。


「酷い有様ですね」

「ああ…」


 辺りを散策していると俺の能力が魔力を感知した。先程と同じ種類の魔物だ。


「萃那、また奴らが来る!かなり多いな…」


 武器を取り出した直後、俺たちの周りに大量の魔物が姿を現した。


「萃那、後ろに居ろ」

「何故ですか」


 唇を尖らせ、ジト目でこちらを睨んでくる萃那に言葉が詰まる。

 ポラリスとの戦闘の傷が感知していないゆえの気遣いのつもりだったのだが、萃那はそれが気に入らなかったらしい。


「ああ!はいはい、守ってあげますよ!あなたの背中は!」


 明らかに不服気な態度を表明する萃那に俺は苦笑いを浮かべた。


「そりゃどうも!」


 そうして俺たちはその魔物の群れを殲滅する。今の俺たちにとっては大したことのない強さだ。ものの数分でそいつらを叩きのめす。


「ふん、文字通り雑魚ですね」


 刀を大きく薙いで血を払った萃那は慣れ経って付きで鞘に仕舞う。

 普通、刀を薙いで血を払うのは不可能に近い。どんなに力強く降っても、血を完全に払うことはできないのだ。だからこそ、多くの剣士は戦闘後に敵の服や自分の肘で血を拭う。 つまり、あの拭い方は高速で動ける萃那にしかできない。少しばかしレアな技だ。


「萃那、面白いものを見つけたぞ」

「なんですか」


 俺は笑みを浮かべながら、真下に指をさす。


「この下だ。この下に魔力を感じる」

 数メートルほど下からあまり感じたことのない魔力が流れてきていた。その正体に何となく察しが付く。


「地下に空洞でもあるんですか?」

「ああ、多分な。かなり近いぞ」

「地下が近い。なるほど」



 顎に手を当てて真剣な眼差しを向けてくる萃那。

 まったく、と俺はわざとらしくため息をついた。


「とりあえず、ここを下に突っ切る。爆破魔法くらい使えないか?」

「無理ですね」

「使えねえな」

「貴方が言わないでください!」

「正論パンチ止めろ。傷つくから」


 しかしどうしたものか。数メートルとはいえ爆破系の魔法が使用できない俺たちにとって、そこに行くのは骨が折れる。


「高速で掘ったりしたら…」

「手で掘れっていうんですか?」

「だよな」


 ここでヴァルの到着を待ってもいいが、俺の能力にヴァルの反応はない。そもそもあいつが爆破系の魔法を使えるかわからない。


「ふむ、とりあえずヴァネットを待つか?」

「しかし…」


 俺たちが悩んでいると奥にある崖の方から魔力を検知した。そちらに視線を飛ばすと同時に崖の一部が大きな音を立てて崩れる。内側から壁が破壊されたらしい。砂煙が舞い、辺りを包み込む。


「何事ですか?」

「どうやら向こうからお出ましらしいぜ」


 俺たちがそちらを注視していると砂煙がサッと晴れた。


「聞こえてたよ。君たちがここにくる靴の響き。風を切る音。そして何より、フォージアからの悲鳴がね」


 そこに立っていたのは綺麗な茶髪から角を覗かせた少女だった。否、もしかしたらそういう年齢ではないかもしれないが。見た目は20歳前後。白の基調とした着物に身を包んでおり、角には淡い緑色に輝く玉を輪にしてつないだ飾りを付けている。鬼だ。肩の印は青色だ。


 鬼は五感が人間より優れているため、地下からでも俺たちの声が聞こえたのだろう。何しろフォージアの悲鳴が聞こえているのだ。それほどの聴覚を持っている鬼族に驚きを隠せないわけだが。


「何処の誰かと思えば、どっかの誰かさんじゃないですか」

「生き残っていたようだな。鬼族」

「まね~、魔物に地上を制圧されてからは地下に潜んで暮らしていたの。私の名前は風霜 燐火(かざしも りんか)。今は亡き七天鬼の唯一の末裔だよ」

「七天鬼?」

「天塔を管理していた7人の鬼のことです」

「物知りだな」

「爆発多罪ですから」

「は?」


 意味不明な言葉を吐く萃那。


「燐火さん、私は兎梁 萃那です」

「俺は屈魅 狭霧。お前たちに用があってきたんだ」

「ああ、知ってるさ」


 にこやかな表情を浮かべた燐火は先ほど自身が出てきた崖の穴に足を運ぶ。数歩歩いたところで彼女は振り返り…。


「ついてきなよ人間。目的があってきたんだろ」

「話が早くて助かるな」


 そうして俺たちは鬼の住む地下へと入っていった。

 俺たちが穴に入ると同時に入り口が閉ざされる。


「まだ連れがいるんだが」

「彼はまだここには来ないよ」


 まるでヴァルを知っているかのような反応に違和感を憶えたが、瞬時に俺の中でそれは解決した。


 中はかなり舗装されており、ここまでの山道よりも圧倒的に歩きやすく感じる。地下では多少の暗さを覚悟していたものの、所々に光源として光る宝石が設置されていたため、日光が遮断されていても案外明るい。

 見慣れない宝石に萃那が立ち止まって目を丸くするが、俺たちがお構いなしに歩を進めているのに気づいて追い付いてくる。


「ここは鬼族があらかじめ作っていた避難シェルターなんだ」

「準備が良いんですね」

「鬼族しか知らなかったから、君たち外の住人には鬼族はほろんだと思われていただろうね」

「はい」

「鰯の魔物…お前たちとは相性が悪いようだな」

「ご名答。鰯はどうも苦手でさ」

「どうして私たちの元へ出てきてくれたんですか?」

「助けが必要だからさ」

「こっちもさ。知っているんだろうが現在フォージアでは魔物の侵攻が行われている。手を貸してほしい…間違えた。貸してほしいのは手じゃなくて神具だ。手を貸すのは俺たち」

「わかっているよ。君の望みが何か…」

「笑えない冗談だな。何故ここに人間がいるんだ?」


 その瞬間、燐火の言葉を遮り男の声が響いた。低音かつ覇気のあるその声は、隣にいた萃那の肩をビクつかせるには十分すぎる気迫であった。

 突然の声と殺気、それらが相まってこの場の空気が一瞬にしてぴりつく。

 声のした方向に視線を向けると、燐火よりも一回り大柄な男が俺たちに視線を飛ばしていた。鬼族の基本衣服なのだろう。燐火同様に着物のような恰好をしている。肩の印は青。

 ここに居るということは恐らく彼も鬼族なのだろう。しかし、燐火とは俺たちへの対応が真逆のようだ。


「童次…」


 燐火が彼を見て言葉を零す。

 童子、おそらく彼の名前であろう。彼は俺と萃那を突き刺すように凝視した後大きく高笑いをした。


「おいおいまさか、我ら鬼族が人間如きに助けを乞う訳じゃないだろうな」

「言葉を選んでよ。彼らは私たちを助けに…」

「否、違うな」

「え?」

「こいつらは自分たちの住処を魔物から守るために、薙刀を奪いに来たんだ。退魔の雷を放ち、かつてはフォージアの地全域を守っていた、鬼将山三大神具の一角…聖雷の薙刀をな」

「むむ、話し合うしかなさそうだな」

「待ってください狭霧さん」

「刻一刻を争う事態なんだぞ」

「レグウスの本部が動いているんです。そう簡単にはフォージアは壊滅しません」

「ほ~ん。その奴らは強いのかよ」

「私と同じくらいには」

「そいつが勇者になればいいのにな」

「私もそれは疑問ですが、そういうのはレグウスの上層部が決める者です」

「上が馬鹿だと下まで馬鹿になるから困るぜ。お前がいい例だ」

「はい?」


 さらっと萃那をディスったことに気づかれたらしい。

 おかしいな。俺のこいつの脳みそでは気づけないはずなのに…。


「なあ、人間。そうだろ?三大神具を奪いに来た。違うか?」


 半分正解。萃那に止められなければ、俺は鬼族から神具を強奪していただろう。


「奪う?そんなことはしないぜ。鬼将山を魔物から取り返す代わりにフォージアを守ってほしいとお願いに来たんだ。断ってくれてもいいぜ。そしたら俺たちは止むを得ずこの地下に火を放つしかないがな」

「…」


 童次から無言の圧力を向けられると同時に、萃那が渋い表情で頭を押さえる。


「まあ、いいじゃない。私たちの意見は合致しているわけだし」

「え、火放っていいのか?」

「狭霧さんはお口チャックしといてください」


 燐火の言葉に童次は半ば呆れながら…。


「ちっ。やってられないぜ。七天鬼の血統を持つ最後の鬼だからこそ、今まで大目に見てやっていてが…人間に力を借りるだぁ?はっ、偉大なる七天鬼様も落ちたもんだ」

「童次…私たち鬼族がこの世界に来たが理由を忘れたか」

「あんたこそ、我ら鬼族が人間にされた仕打ちを忘れちまったらしいな」


 それを言われた途端、燐火は寂しそうな視線を落とした。


「…忘れてなんかいないよ」


 一瞬、童子の言葉の直後、燐火の瞳に落とした影を俺は見落とさなかった。明るい黄金色だった瞳が淡く濁り、それに気づいた童子もその視線を下げた。


「…そうか」


 その一言だけを言い残し、童子は燐火の横を通り過ぎ俺たちの前にやってくる。


「言っとくが俺は手を貸さねえからな。手前らだけでやってくれ」


 無表情だからこその威圧感。過去に何を去れたかは知らないが、無関係な俺たちにとっては理不尽そのものである。その高圧的な態度に俺は「まあまあ…」と手の平で彼をなだめた。

 俺たちを睨みつけながらその場を去る童子が、見えなくなった頃、萃那は思いっ切り下を出した。


「見たか?童子!」

「ちょっと、狭霧さん!」


 少し声をあげてみると焦り散らす萃那。勢いよくこちらに突っ込んできて両手で俺の口を塞ぎ、辺りを警戒する。可愛い奴である。

 その様子を見ていた燐火は失くしていた笑みを取り戻した。


「彼は過去に人間に酷い目にあわされていてね。ちょっと人間への当たりが強いんだ」

「ちょっと…?」

「狭霧さん!」


 萃那に制止された。

 あれはちょっとやそっとの反中でないと思うが、彼の過去に何があったのか知らない俺がとやかく言うのも変な話か。


「で、聖雷の薙刀でフォージアを守ればいいんだね」

「ああ、簡単だろ」

「それ自体は簡単だけど薙刀はこの山の頂上だ。私たち鬼族ではあの魔物を突破することは出来ない」

「俺たちならできるさ」

「言うは易し…」

「交渉成立でいいのか?」

「当たり前でしょ。こちらから頼みたいくらいだよ」


 ▲  △  ▲


「チッ」


 俺こと酒井 童子は周りに響くようにわざと大きな舌打ちをした。


「なんでよりによって人間なんかに助けられなきゃなんねぇんだ」


 頭の中に鬱憤が溜まっていくのがわかる。

 ここ3年間、鬼族はあの魔物によって制約された地下でしか生活できなかったのは確かだ。

 日の光で能力が増す鬼族にとって、地下という空間は自身の力を半減させる。だからこそ鬼族だけではどうしようもない状態だったのは確かだ。


 しかし、助けてもらう相手が人間なのには納得がいかない。

 俺とは対極的に、燐火はそういう種族間の関係が甘い。だからこそあいつらを地下シェルターに気安く入れる。


 本当に馬鹿げている。

 人間と鬼は再び共存できる…それが燐火の口癖だった。俺を始めとする他の鬼からどれだけ非難を受けても燐火がその言葉を紡がないことはなかった。


 俺には理解不能だ。

 人間と鬼族には並々ならぬ因縁がある。

 それに俺の親友、燐火の息子も人間に殺された。

 それを一番理解している燐火だからこそあの言動が気に入らない。

 俺が頭を掻きながら歩いていると前方から来た一人の男に声を掛けられる。


「よう、童子」

「あ?誰だおめぇ」


 フードと仮面で顔全体を隠していたため、その男の素顔が見えない。


「俺だよ」


 男はそう言ってフードと仮面を取り外す。

 その素顔を見て俺は言葉を失った。

 なぜなら…死んだと思っていた友人が目の前に現れたからだ。


「ヴァネット…?」

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