7月21日


 7月21日 (日)


 やはり、おかしい。

 一昨日の夜を最後に……濱野の姿を見ていない。

 

 昨日も今日も、塾には来なかった。気になって北高の生徒に濱野のことを聞いてみたが、どうやら部活にも来ていないそうだ。誰も彼のことは知らない……。


「今年の夏は毎日塾に来るよ。行きたい大学が見つかったからさ」


 濱野はそう言っていた。僕たちの夏はまだまだ始まったばかりで、受験なんてものは遠い未来にあるような気がしていた。


「濱野はまだ部活があるだろ? 無理しすぎない方がいいんじゃないかな?」勉強に対してあまりやる気のなかった僕は、他人事のように呟いたのを覚えている。


「部活があるからこそ、真面目に勉強しないと駄目だろ? みんなに差をつけられるのは目に見えてる」


 まぁ、ほどほどにね。と、他人事のように言葉を返して、僕は濱野との会話を終えた。


 それが最後の会話だったのかもしれない。一昨日の夜の会話……。何気ない日常の一コマにもかかわらず、彼の言葉の抑揚や不揃いな足音が鮮明に思い出せる。夜の十時過ぎ、僕たちしかいない住宅街の中、電灯の下で蝉が仰向けになって固まっていた。蝉が鳴かない夜の街は穴の中に閉じ込められたようで、不気味なほど静かだった。その穴は深く、そして広い。きっと知らず知らずのうちにその穴の中へ迷い込んで、朝になったら抜け出している。僕にもよく分からないけど、そんな気がする。


 

 明日は塾が休みだ。濱野は部活に行くだろうか? 体調を崩しているなら、やはり無理をしすぎるなと、次に会った時は言っておいた方がいいな。

「毎日来るんじゃなかったのか?」なんて、追い詰めるようなことは言わない方がいい。


 とりあえず、他人のことを心配している余裕はない。僕たちは受験生なのだから。

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