⑨
学校を出てから、先輩の様子がおかしい。
熱中症だと本人は言うけれど、握った手先から伝わって来た体温はひんやりするくらい冷たかった。
それに、いつもは美味しそうに食べるのに、今日はあまり食欲もないように見えた。
「虎太、また明日な」
「おぅ。天野先輩、また明日」
「うん、またね~」
駅前で朋希と天野先輩と別れた。
朋希は俺らに気を遣って『寄る所がある』と言うし、天野先輩は『彼氏が迎えに来る』という。
だから、俺は雫先輩を自宅へと送り届けることにした。
「体調はどうですか?」
「……ん、大丈夫」
「本当に?」
「……」
無理をしてるように見える。
先輩の歩幅に合わせてゆっくり歩いていると、不意に先輩が足を止めた。
俯いていた視線がゆっくりと俺へ向けられる。
「あのさ、津田くん」
「はい」
「……私が空手してたの、前から知ってたんだよね?」
「…はい」
「だから、親近感があって声をかけて来たの?」
「え?……違うとも言い切れないですけど」
「やっぱりね」
やっぱりって?
先輩のことを知っていてはいけないってこと?
俺らが小学生の頃、全国で常に三本指に入るほどの実力だった。
自分が出場してない試合でも、わざわざ彼女を観に行ったほどだ。
華麗な演舞型、圧倒的なスピード感のある組手。
試合会場の隅から見守っているのに、彼女の息遣いが聞こえて来そうなほど、試合会場が彼女の世界に呑まれるほどだった。
「憶えてるわけないか」
「……え?」
「俺、小学生の頃は今の俺からは想像ができないほど体が小さかったんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます