第17話 料理を仕込む勇者の息子
そうして五人の子供たちが本館に戻るとひと悶着に終止符が打たれた。ヤタムさんは厨房まで僕を見送ってくれると新ためて礼の言葉を述べてきた。
「ありがとうございます。咄嗟の機転には脱帽いたしました」
「いえ。イライラしながらご飯を食べてもおいしくありませんからね。これも明日の誕生会の下拵えの一環ですよ」
「恐れ入ります」
するとようやく僕は一息つくことが許された。そして余っていたシャーベットをレイディアントさんと二人で食べながら、今後の事について話を始める。
「予想はしていたが一筋縄ではいかぬようだな」
「ですね」
「これからはどうするつもりだ?」
「とりあえずこのきな臭さは早々に解消しておきたいですが…明るいうちには動きづらいですね。それにきっと夜になればドロマーさんが向こうの様子を伝えに来てくれると思いますし」
「なら夜まで暇を持て余してしまうな」
とレイディアントさんは緊張を解き、身体を伸ばして凝りをほぐし始めた。それを見た僕はキョトンとしながら言う。
「何言ってるんですか」
「え?」
「夜に料理の時間が作れないから、今から買い物と明日の為の仕込みを終わらせるんです。予算はたっぷりと頂けたので腕が鳴りますよ、これは」
貴族の料理を多額の予算で任せてもらえる機会などそうそうある事ではない。目まぐるしく溢れてくる献立のアイデアを思うと僕は高鳴る胸と興奮を抑えられなくなり、武者震いと頼もしい笑顔を見せた。
しかしそれとは裏腹にレイディアントさんは妙な悲鳴を上げてうずくまってしまった。
「うぐっ!」
「え? どうしたんですか?」
「頼りがいがあってカッコいい顔をあまりこちらに見せるな。甘えそうになるだろ!」
「あっはい」
それから僕たい人は宣言通り冷蔵庫の中の食材や調味料を確認したのち、町に出て足りないものを買いつけていた。クラッシコ王国の城下町と違って土地勘がないのであちこち歩き回りこそしたが、結果的に様々な品を見ることができてので仮に作った献立を更にグレードアップさせることが叶ったのだった。
僕は屋敷の中で起こっている先行きの見えないもやもやの事などすっかり忘れてしまいながら食材を吟味していた。そうなった彼は疲れ知らずであり、付き添いのレイディアントさんの方が右往左往することに根を上げてしまいそうになっていた。
しかも仕事は食材を選んだだけでは終わらない。
大量の荷物を厨房に入れると僕は一息つく間もなく、下拵えをし始めた。尤も包丁を入れると痛みも早くなるので本格的な仕込みは明日の朝になる。灰汁取りや漬け込みが必要なものをささっと終わらせる頃には予定通り夜になっていた。
そして厨房の掃除している最中、窓がコンコンと叩かれた。
見ればフード被ったドロマーさんがこっそりと離れに尋ねてきたところだった。想定していた作業は全て終わった実にベストなタイミングだと僕は思っていた。そして彼女をこっそり招き入れると、お茶を振る舞いながらいよいよこの屋敷のきな臭さについて言及し始めたのである。
「お二人とも、先ほどぶりです」
「あの後はどうでしたか?」
「特に何事も起きませんでしたよ。むしろ皆さん口々に明日の料理を楽しみにされてました。やりますね、メロディア君は」
「どうも」
「それよりも二人の方ですよ。準備は順調ですか? 謝礼はもらえそうですか?」
「誕生会の支度なら順調のようだ。しかしメロディアは別の事を気にしている」
「別の事?」
「ええ。何となくギクシャクしているというか、必死に何かを隠そうとしているといいますか」
「これだけ大きい貴族なんですか秘事の一つや二つはあるのでは?」
「仰る通りだとは思います。けれどうっすらと……悪意がある」
僕が冷たく呟くと、ドロマーさんとレイディアントさんは思わず身震いした。思わず迫力を出してしまったけれど、結果として二人は大人しく従った方が身の為だと思ってくれたようなので良しとしよう。
「なのでドロマーさんに協力してもらいたいんです」
「ぐ、具体的に何をすれば?」
「まもなく寝静まる頃でしょうから、ここの主であるシャニスさんの夢の中に入ってうっすらと探ってもらいたいんです」
「ははあ。なるほど」
サキュバスには他人の夢の中に入りこめる特性がある。本来はそれで淫靡な欲求を探ったり、満たしたりという風にして性的に使用するが、使い方を変えれば無防備な状態で感情や記憶や思考を読み取ることも可能だ。
それで何が起こっているのか、探りを入れようと言うのが僕の案だった。しかしレイディアントさんが一つ疑問を入れる。
「しかし我の感覚では企てを持っているのは、あの執事と侍女の方と見たが…主人を探ってどれだけの事が分かる?」
「ええ、それも考えてます。なのでメイドのヤタムさんの中には僕が入ります」
「「え?」」
と、僕のまさかの提案に二人は驚きを隠せなかった。そしてドロマーさんは諭すような声音で言う。
「メロディア君。言葉は正しく使わないと」
「どういうことです?」
「正しくはヤタムさんの中に入れる、ですよ」
「や、やはり手籠めにするつもりか!?」
「夢の中に入るって言ってんだよ! 話の流れで分かるだろ!」
僕が言い返すとレイディアントさんは怪訝そうな表情を浮かべる。
「そんな事までできるのか?」
「忘れていませんか? 僕は魔王にしてサキュバスでもあるトーノの子供ですよ。サキュバスの能力を持っていたとして不思議はないでしょう」
「あ。そう言えばスコアの息子って事しか意識してませんでしたね…」
「ちょっと待て。サキュバスというのは女しかいないのではないのか?」
「いえいえ、男のサキュバスもいますよ。その場合インキュバスと呼ばれます。けど確かにレイディアントが知らなくても無理はない程、希少な存在ですけど。珍しすぎて一説によるとインキュバスを抱えることのできた者は魔王になれるという噂が魔界では実しやかに囁かれていましたし」
「オスの三毛猫のようなものか」
「オス…ネコ…タチ? うふふ」
などと下らない事を言って妄想しているドロマーさんを無視して僕は行動を開始する。時間が惜しいのだ。
「レイディアントさんはここで待機を。僕とドロマーさんとで探りを入れてきます」
「わかった」
そうして僕とドロマーさんはこっそりと屋敷の中を移動した。蝋燭などは持たなかったが、本来夜に本領を発揮する夢魔である二人は灯りがなくとも夜の闇に惑わされたりはしない。
僕たち気配消しながら二階に上がる。するとドロマーさんが妙な事に気が付いた。
「なんだか本邸とはだいぶ雰囲気が違いますね」
「え? どういう事です?」
「こっちの離れはかなり豪華な造りになっています。飾ってある調度品も高価な品ですし」
「…言われてみれば一階とは随分変わっていますね」
注意して見てみると、二階に上がった途端に装飾の意向が変わっっている。財力を誇示するかのように凝った様相となり、点々と置かれている美術品も見ただけ高級品だと分かる。嫌な貴族の家をそのまま表したかのようだった。
「本邸の方はこうじゃないんですか?」
「ええ。質素倹約を絵に描いたような内装でした。聞けばシャニス様はお若い時分より大層な倹約家だったそうで」
「…」
ここでもやはりチグハグだ。この二階の様子を見るにむしろかなりの散財家としか思えない。やはり色々と調べておきたいと考えたのは間違ってはいなさそうだと僕は確信した。
やがて僕たちはメイドのヤタムさんが控えている部屋の前にまで辿り着く。ここからはいよいよ別行動だ。
「ではドロマーさん。シャニスさんの方はお願いします」
「任せてください。誕生日に相応しいくらいの素敵で淫らな夢にしてみせます」
「少しは弁えろ」
「メロディア君も出しちゃダメですよ?」
「出すわけないだろ」
「おんや~? 私は手を出しちゃダメって言ったつもりですけど、何を出すつもりだったんですか~?」
「それだと何を出したところで同じ意味になるじゃねえか」
ツッコミがヒートアップして万が一にも目を覚まされるような事があってはならないと、僕は無視を決め込んだ。そうっと部屋のドアを開けて中に入ると、すうすうという寝息が聞こえてきたのでひとまずは安心だった。
足音を殺したまま、ベットに寝ているヤタムさんに近づく。
何でもできる有能そうな見た目に反して寝相はあまり良い方ではなかった。数度、寝返りを打った形跡があり、ブランケットがめくれて白いベビードールが月明りを反射して銀色に輝いて見えた。
僕は風邪をひかないようにとブランケットを掛け直してやり、彼女の額に指を置く。その途端に僕の身体は霧のように幽かなモノになり、やがて吸い込まれるようにヤタムさんの中に消えていってしまった。
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