閑話 メロディアの仕事
第15話 招かれる勇者の息子
それから僕たちは何事もなかったかのようにアガタフホテルに戻った。
いや、何事もなかったは嘘かも知れない。
醜態を晒したレイディアントさんは真っ赤な顔を更に涙ぐませては、殺気を僕に向かって飛ばしていた。レイディアントさんとしては何とか自らの悪癖が出ないように彼と敵対関係になりたいという一心だったからだ。
そんな彼女はホテルに戻った後も槍を構え、戦闘態勢を維持する。それでようやく甘え癖を堪えることができる。それほどまでに僕の実力というか父性が高かったらしい。逃げ出す叶わない今、それこそが唯一レイディアントさんの取れる抵抗のようだ。
「居心地が悪いですね」
「なら我をさっさと見限って追い出せば良かろう」
「けどそうしたら母さんとかそこら辺の悪人を殺しにかかるじゃないですか」
「当然でだ」
「うーむ」
僕はどうしたものかと思案するばかりで良い策がまるで浮かばない。するとレイディアントさんが聞いてきた。
「ところで、ドロマーは何処に?」
「ちょっと事情がありまして別行動してます」
「この街には他の皆もいるのか?」
「いえ、ドロマーさんだけです…丁度いいのでもう一度、僕の素性と他の八英女の事をお話します。多少ショッキングかも知れませんが」
と、予防線を張った上で僕は昨日から自分の身に起こっている事を話して聞かせた。とは言え半分以上は既に彼女自身が予想していた内容であるし、先ほど暴れ出した時に教えた内容の繰り返しになっている。
「そうか…そのようなことになっていたとは」
「ええ。八英女に関して言えば僕も少なからずショックを受けています」
◇
それから時間は翌日へと飛ぶ。
日の出と共に起き出した僕とレイディアントさんはそわそわと落ち着かない様子で午前を過ごしていた。
計画が上手くいのか。時間が経てば経つほど、考えれば考えるほど穴だらけで楽観的な予想の上に成り立っている作戦に思えてならない。しかしその心配は終わりを迎える。僕たちは自分たちの部屋に向かってくるドロマーさんとは違う気配に気が付いたからだ。
コンコンッと部屋の中にノックの音が響いた。どことなく叩き方が上品な気がした。
僕はレイディアントさんにアイコンタクトを送った。事前の打ち合わせで僕たちは師弟関係になる事は決まっている。それを再度確認してから僕はドアを開けた。
「どちら様ですか?」
部屋の外にはとても気品のある一人の老紳士が立っていた。挨拶などしなくても僕たちにはローナ家から使わされてきた使用人であることはすぐに分かった。
老紳士は見た目に違わぬ礼儀正しさで一礼すると、素性を明かした。
「私めはローナ家の使いでクナツシと申します。まずはお約束もなく尋ねました事をご容赦ください。こちらのお部屋に大変腕の立つ女性の料理人がいると聞き及び、依頼を持って参りました次第でございます。レイディアント様はご在室でしょうか?」
「はい。先生はおります」
「ではこちらの依頼書をお読みください。私は僭越ながら部屋の前に待機しております」
「え? 中でお待ち頂いても…」
「いえ。女性のお部屋に上がる訳には参りませぬ故、廊下にてお待ちいたしております」
クナツシさんはそう言って丁寧に戸を閉めた。僕は一連の対応を見て、彼とローナ家が信頼に足る人たちだと確信した。正直ヒカサイマの一件があったので一族総出でヤバかったらどうしようかと考えていた。
僕たちは急いで依頼書の内容を確認し始めた。依頼を受けることはほとんど確定事項だが肝心なのはその報酬だ。部屋の弁償代を賄えるくらいの額があれば手放しで飛びつけるのだが…。
ところが、そのような心配をよそに僕は小さくガッツポーズをした。自分の見積もった費用とトントンくらいの報酬が得られそうだと分かったからだ。しかし同時に気になる文面も見つけた。
「合計で6人分の料理の報酬としては破格であるな。我の破損した部屋の弁償代としても事足りるだろう」
「ええ。けど屋敷内で見聞した一切の事を口外することを禁ずるという文章が穏やかじゃないですね。護衛や金庫番ならいざ知らず、料理人程度に」
「家柄を考慮すればこれが案外普通なのではないだろうか? ローナ家はここ数十年で成り上がったような輩とは訳が違う」
「…うーむ。とりあえずはそう考えておきますか」
話を結ぶと僕は廊下で待機しているクナツシさんの元に向かい、依頼を承諾する旨を伝えた。
◆
それからは正しく電光石火の速さで事が進んだ。契約書のサインも早々に僕たちは車に乗せられて、あれよあれよという間にローナ家の屋敷に連れていかれた。
妙だったのは三階建ての巨大な本邸の屋敷ではなく、庭園を越し奥まった別邸へ通された事だろうか。とは言え、客として招待された訳ではないので別段問題ではない。それに離れと言えどもローナ家の名に恥じない荘厳な造りの屋敷だったので尚更だ。
到着したのもそこそこに僕たちは部屋や厨房に通される前に離れの小さな庭へと通される。
庭師の管理が行き届いた閑静な庭には東屋があり、そこで老齢の男性が一人のメイドを従えて紅茶を飲んでいた。
クナツシさんは東屋まで二人を案内すると、たおやかにティーカップを傾ける男に声を掛けた。
「旦那様。ヒカサイマ様からご紹介のあった料理人をご案内いたしました」
「おお。来たか!」
老齢の男はそれまでの優雅さが嘘のように轟々たる声で出迎えてきた。
「ご紹介いたします。当家の主人であらせられるシャニス様でございます」
「ヒカサイマから聞いとるよ。若いが腕の立つ料理人だそうで」
「恐縮です」
「アレは中々の遊び人だが、だからこそ色々と人脈があってな。我が家のコックが病で倒れたと聞いた時はどうしようかと思ったが、すんなりと助っ人が見つかって何よりだ」
僕は少し当惑していた。ヒカサイマの一件があったせいで、彼の父親も輪をかけて権力を笠に着るような輩なのだろうと勝手な想像をしていた。こんな明朗快活な人物が出てくるとは思いもよらなかったのだ。
「しかも聞く所によると八英女の一人、あのレイディアントと同じ名前だそうで。実に縁起がいい。期待していますよ」
「最善を尽くします。それと今回、弟子のメロディアを同行させることをご容赦ください」
「うむ。ワシの誕生祝に最高の料理を作ってもらえれば後はお任せしますよ。詳しい事は全てメイドのヤタムと執事の…執事の」
シャニスと呼ばれた男は言いよどんだ。というよりも明らかに名前を思い出せないという様子だ。
「クナツシでございます。旦那様」
「そう、クナツシだ。この二人に聞いて万全の準備をしてもらいたい。よろしく頼みましたよ」
「承知いたしました」
僕たちは挨拶が終わるとクナツシさんが御用係として場に残り、代わりにメイドのヤタムさんによって厨房へと案内された。
厨房はこじんまりとしていながらも高級な木材や石材がふんだんに使われており、更に隅の隅にまで掃除が行き届いている。それだけで普段から気を配った料理が作られていることが窺い知れる。僕はドロマーさんの毒牙にかかった前任の名も知らぬコックに改めて同情と謝罪の念を送った。
するとヤタムさんが振り返り、改まって今回の仕事内容を説明し始めた。
「それでは改めてご説明いたします。今回、レイディアント様にご用意して頂きたいのは旦那様の七十歳の誕生祝にお出しする料理でございます。大旦那様と五人のご子息ご息女の合わせて六人分のお料理をお願いいたします」
僕は弟子の体裁を保ちつつ、前に出て今回の仕事の詳細を尋ねる。
「承知しました。ところで依頼書にも詳しく明記はありませんでしたが、どのような料理をお作りすれば?」
「はい。今回は『エンカ料理』をお願いいたします」
「エンカ料理ですか?」
指定されたエンカ料理とはその名の通りムジカ大陸に存在する『エンカ皇国』の伝統的な郷土料理の事だ。
エンカ皇国はかつて異世界から大量に転移してきた異邦人たちによって建国された歴史を持つ。その異邦人のほとんどが数百年前の日本人であり、士道や日本文化をムジカ式に発展、進化させてきた国だった。とどのつまりエンカ料理とはムジカ風にアレンジされた日本料理の事だ。
「ご用意して頂くことは可能ですか?」
「うむ…」
レイディアントさんはチラリと僕を見た。ここから先の差配は全て彼によるところになる。僕が知らなかったり作れなかったりする場合は用意ができない。
しかし僕はニコリと笑って答える。
「レイディアント先生はエンカ料理にも通じておりますので、問題ありません。具体的なお料理や予算や来賓の方々のお話をさせて頂いてもよろしいですか」
「かしこまりました。では詳しくご説明させていただきます」
ヤタムさんはそれから二、三十分ほどかけて今回の会の詳細や台所を含めた離れの設備などを説明した。僕はメモを取りつつ、既に頭の中でエンカ料理の献立を考え始めていた。
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