第14話 優しく抱きしめる勇者の息子
僕たちはぎこちない距離を保ちながら部屋外に出た。
僕は先ほどのドロマーさんの反省を活かしてレイディアントさんに外套を被ってもらうように言った。奇抜とは言え修道女の格好もしているので、恐らく余計なちょっかいを掛けられる可能性は減っているだろう。
念のためフロントにドロマーさん宛の言伝を頼む。
そしてホテルの外に出た後、僕はクラッシコ王国の兵士駐屯所を目指して歩き始めた。すると一つ心配事が浮かんだ。誤解を招く前に先んじて言っておくことにする。
「レイディアントさん」
「…何だ?」
「今から兵士の駐屯所に行きますが、別に引き渡すなんてことは考えていないですから。暴れたりはしないでください」
「流石にな…」
「え?」
「流石に二度も後れを取った相手を前にして無謀な事は考えぬさ。貴様が本気を出せば我くらいは一捻りだろう?」
「…」
「だがな、我が改心したとは思わぬことだ。あの部屋で話したことは真実だ。魔王の血を引く貴様に飼いならされることは永劫あり得ぬことだ」
レイディアントさんは短いながらも強烈な殺気を僕に向かって飛ばしてきた。
そのセリフは「迷子にならないように僕の服の袖をつまみながら言わないでください」とは言わなかった。何だか面倒くさいことになりそうだったから。
部屋であんなことがあってから言動の端々に幼さが見え隠れしているような気がしてならない。おかげで見た目とのギャップで頭が混乱しそうになってしまう。
幼児退行が残留でもしているのだろうか、と色々な考えが頭の中を巡ったがそれは今は些細な問題だった。
どんな考えであるにしろ、とにかく自分に敵意がない事を分かってもらえればそれでよかった。
僕は駐屯所に向かう途中で食材を調達した。レイディアントさんが魚料理が好みだと言った瞬間から彼の頭の中にはレシピが出来上がっていたのだ。
ところが二人分にしては多すぎるほどの食材を購入する僕を見てレイディアントさんは少々驚いた。しかし馴れ馴れしく話しかける気がどうしても起きなかったので、仕方なく静観を貫いていた。
やがて大量の食材を抱えた僕たちはギタ村に設置されているクラッシコ王国の兵士駐屯所に辿り着いた。すると中に入るなり歓迎と疑問とで持て成された。ここには先ほど魔法で作った分身を使いに出していたから兵士たちが訝しむのは当然の事だ。
「あれ? また来たのかい?」
「すみません、スズキ隊長。ちょっとお願いがあって戻ってきました」
「お願い?」
「はい。厨房と会議室をお借りしたいんです」
僕がそう言うとスズキさんはちらりと隣の修道女を見た。それだけで訳アリだという事は察しが付いた。本来ならば一市民のワガママのような要望などは突っぱねて然るべきところだ。しかしスズキさんは僕の要望を断らなかった。
当然、僕が英雄であるスコアの息子であることは少なからず影響はあるだろう。
しかしここまでの信頼を得ているのは偏に僕の日頃の行いもあるとは信じたかった。。
「わかった。好きに使ってくれて構わないよ」
「ありがとうございます。皆さんの分も作りますんで、夕飯の足しにでもしてください」
「それはありがたい!」
すると屯所内にいた他の兵士たちからも歓喜の声が聞こえてきた。
その様子を見せつけられたレイディアントさんはただただ困惑するばかりであった。
屯所の勝手を知っている僕は迷うことなく厨房に進んでいく。そして息をつく間もなく買ってきた食材を手際よく調理し始めた。
作っているのは一品だけであるが、如何せん人数が多いので仕事量は甚大だった。しかし僕はそれをまるで苦にはしない。自分で言うのもあれだが包丁さばきもかなりの腕前であるし、魔法による時間短縮調理も熟す手際の良さにレイディアントさんは目を奪われていたようだ。
こうして料理の様子を見せてパフォーマンスするのも悪くはない。
やがて30分も経たずして、一つの料理が完成すると満面の笑みを浮かべて言う。
「お待たせしました。会議室も借りているので、そこで食べましょう」
◆
兵士たちはすでに昼食を済ませているようだったので、僕とレイディアントさんの二人で食卓を囲むことになった。厨房にいる時も感じていたが、無機質な会議室の中に入ると余計に料理の香りが引き立つような気がした。
「どうぞ。『コッドのアクアパッツァ』です」
「…!」
コッドと聞いたレイディアントさんは居ても立っても居られない様子で食卓についた。それこそが僕の思惑だった。
今、料理したコッドと言う魚はレイディアントさんの出身地であるキャント国において宗教的に意味のある食材だ。かつての聖人がそれを人々に分け与えて飢餓を救ったという逸話を持ち、祝い事は勿論、月に一度はコッドを食する日というのが定められているほど特別視されている。
レイディアントさんは空腹も手伝ってか、上品さを保ちつつもがっつくように料理を口にし始めたのだった。その顔はまるで生まれて初めてご馳走を食べる少女のように純粋な笑顔だ。
僕はやっぱり根っからの悪人ではないと思いながら、自分も遅めの昼食を食べ始めたのだった。
「美味しいですか?」
「うん。美味しいよ、ダディ」
「え?」
「あ」
レイディアントさんは顔を強張らせると赤面しながらプルプルと震え出した。誰がどう見ても恥ずかしがっている。僕は無視が最大の優しさだと思い、咳ばらいを一つしただけで全部をなかったことにした。しばらくはスプーンが皿に当たるカチャカチャという音だけが会議室に響いていた。冷めきった家庭かな?
しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのもレイディアントさんだった。
「昔から…」
「はい?」
「孤児だった我は幼少の頃より修道女として生活してきた。セラ先生を除いて男に会う機会はほとんどなく…昔から両親という存在に強い憧れがあったのだ」
「…」
「そのせいか時たま幼子のようになってしまう悪癖がある」
「え? ちょっと待ってください。幼児退行ってギタ村で襲われたのが原因じゃないんですか?」
「…ああ。貴様の父やドロマー達と旅をしていた頃からある癖だ。あ奴らに何度醜態を晒したかは知れぬ」
「Oh…」
存外、僕にとってはダメージの多い告白だった。しかし堰を切ったレイディアントさんは恥をさらす前に全てをさらけ出す覚悟で言葉を続ける。
「特にスコアは凄かった。我をあやす為に自らも赤ん坊の格好をしたりして研鑽を積むことに余念がなかった」
「おい止めろ。父親が赤ちゃんプレイの研究をしていた過去を聞くとかトラウマもんの情報だ」
というか、自分が赤ちゃんの格好になる意味がないだろうと僕は遥か遠い地にいる父親向かってツッコミを入れた。
そして何とかこの妙な空気を払拭したかった僕は無理に話題を広げてしまった。
「け、けど。父さんは分からなくもないですが、年下の僕にまで父性を感じるものですか?」
「…いや今まであったどの男よりも父性を感じている」
「え?」
「どうも我のこの悪癖によって感じる父性や母性は相手の力に反応しているらしい。勿論敵意がある者には醜態を晒すことはないが…」
「要約すると強い味方に甘えてしまうと?」
「簡単に言うとそうだな。敵意がないのであれば味方に限らぬが…」
するとレイディアントさんはギロリと鋭い目つきで僕を睨みつけた。そしてギュッと体を強張らせた上に歯を食いしばって何かを堪えている。一瞬、トイレを我慢しているのかと思った。
「あ。ひょっとして甘えそうなの堪えてます?」
「そうだ!」
かつてこんな恥ずかしい肯定があっただろうか?
レイディアントさんは怒りにも似た声で叫ぶ。
「我は貴様を殺そうとしたんだぞ!? 何故敵意を持たない!!?」
「いや、アレはもう済んだことですし。ギタ村で遭った事には同情していますし」
「優しくするな! 甘えてしまうだろう!」
「す、すみません」
事情は分かるけど、なんだか理不尽だと僕は首を傾げる。
「頼む。もう放っておいてくれ! 甘えている間も自我は残っているんだ。この歳で幼子のように甘えてしまうのがどれだけ恥辱に塗れているか想像できるだろう!?」
「分かりますけど放って置いたら、また悪人を見るや否や殺しにかかるでしょう?」
「当たり前だ! 悪は許さぬ」
「…」
そうなると僕としては彼女を放っておくことなどできはしない。レイディアントさんの振りかざす正義は完全に暴走している。たとえ極悪人と言えど一方的に殺される事などは看過できない。
ともすれば少々面倒くさいことになるのは覚悟の上、レイディアントさmmには自分の傍にいてもらう他ない。
僕は立ち上がり、レイディアントさんに向かって両手を広げた。
「おいで」
「!」
すると正面にいたレイディアントさんは聖化し、背中から翼を出した。そして机を飛び越えて一直線に僕の胸の中に飛び込む。そして甘々の声を出した。
「ダディ♡」
文字通り子供と大人の体格差があるので、レイディアントさんは跪いてようやく僕の胸に顔を埋められる。
そして僕は彼女の頭を優しくなでながら、これからの事を思う。すると何故か重々しいため息が出てしまった。
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