第22話

クレープを食べ終えて、アウトレットに向かっていた。

 最初はアウトレット行きのバスに乗るつもりだった。でも、朱里が「歩いて行ける距離だから歩いて行こう」と言ったから歩いている。

「ちょっと、最近おかしいんだよね」

「なにが?」

「ここ数日の記憶が曖昧と言うか、覚えていないというか。そんな事って普通あるかな?」

 朱里は訊ねて来た。

「調子が悪かったんじゃねぇ?」

 嘘をついた。真実を知っている。けど、それは修正した。だから、俺が知っている真実はこの世界に存在しない。

「そっかな」

「そうだよ」

「うーん、納得できないけど。納得するしかないか」

「変に考えるよりいいだろ」

「……まぁ、そうだね。考える止めにする」

「おう。あ、見えてきたぞ」

 俺は視界に入って来たアウトレットを指差して言った。

「あ、本当だ。早く行こうよ」

 朱里は俺の腕を掴んで走り出した。

「おい、こけるぞ」

 こけてしまわないように朱里の走る速度に合わせて走る。

「大丈夫だよ、大丈夫」

 朱里は振り返らずに言う。

「……はぁ、分かったよ。分かった」

 ある程度、走るとアウトレットの前に着いた。

「着いた。広いね」

「そうだな。思っていた以上に広いな」

 アウトレットの敷地は東京ドーム3個分らしい。かなりの広さだ。出店しているブランドの数は多数。それに映画館や劇場に観覧車まである。きっと、一日で全てを満喫する事はできないだろう。

「入ろう」

「おう」

 俺と朱里はアウトレットの敷地内に入った。

 アウトレットの敷地内には親子連れやカップルなど大勢の人達が居る。その光景を見て、俺の選んだ選択は間違いではなかったと思えた。

「どこ行く?」

「適当に入ってみようぜ」

「なにそれ。デートなんだから、もうちょっと考えてきてよ」

「悪い悪い」

 ごもっともな意見だ。朱里に家に向かう前に少しだけでもプランを考えてきたらよかった。

「まぁ、いいけど。どうせ、絽充の事だから考えてないんだろうって思ってたし」

「なんだよ、それ」

「事実でしょ」

「……はい。そうです」

「私、行きたい店あるんだ。まず、そこから行っていい?」

「いいよ」

「じゃあ、行こう」

「おう」

 朱里は俺の手を繋いできた。

「どうした?」

「デートなんでしょ。デートなんだから手ぐらい繋ぐかなって」

「……それもそうだな」

 俺は朱里の手を握り返した。まぁ、デートなんだし。それに恥ずかしい事じゃない。クラスメイトに見られても、今日が終われば俺の存在なんて忘れるし。

 朱里は鼻歌を口ずさみながら、目的地に向かっている。

 ……可愛いな。小さい頃からずっとに一緒に居たけど今日はなんだか違う。いや、それはもしかしたら俺が今まで自分の感情に素直になっていなかったからかもしれない。素直になるっていいな。それにもう少し早く気づけばもっと朱里と何気ない日々をもっと楽しく過ごせたかもしれない。でも、もう遅い。遅いんだよ。今日で最後。最後なんだ。

 ある程度歩くと、朱里はアクセサリーショップ・フロイの前で立ち止まった。

「ここだよ」

「アクセサリーショップか」

「嫌なの?」

「嫌じゃないよ。俺1人の時は入らない店だからさ」

 どう見てもショーウインドーに並んでいるアクセサリーが女性向けのものばかり。もし、中に男向けの商品が並んでいても入るのに躊躇する。男特有のもし友達に見られていたらと言う警戒心がこの店は発動する。

「そう言う事ね。でも、今日は私と二人だから入ってもらうから」

「……はい。分かっております」

「よろしい。それじゃ、入ろう」

 俺と朱里はアクセサリーショップ・フロイの中に入った。

「いらっしゃいませ」

 おしゃれな服装をした女性店員が俺たちに向かって言ってきた。

 朱里は店内に並んでいるアクセサリーを見て、目を光らせている。

 あーどうしよう。こう言うおしゃれな感じ苦手なんだよな。自分自身のセンスのなさは分かってる。それに流行にも疎い事も自負している。この店の中に居るだけで魂を削り取られている。そんな感じがする。けど、朱里と一緒に居るからそんな事言えない。朱里が喜んでいるならそれでいい。

 朱里はネックレスが置かれているコーナーへ何も言わずに向かう。

 俺はその後をついて行く。昔からずっとこんな関係。朱里が色んなところに行って、楽しい事を見つける。それを俺に教えて、連れて行く。不快には一度もなった事はない。それどころかいつもそれを楽しみにしていた。朱里と楽しいことを共有する。そんな事が自分にとっては

一番の幸せだったのかもしれない。

「ねぇ、絽充」

「どうした?」

「これ一緒に買おう」

 朱里はブリキのロボットが花を持ったネックレスを指差して言った。

「いいけど。これでいいのか?」

 可愛いくはないぞ。でも、そのまま言えば朱里が怒りそうだから言葉を濁した。

「うん。これでいい。それに花の種類がいっぱいあるから選びがいがあるでしょ」

 たしかにブリキのロボット自体の種類は少ないけど、花の種類は豊富だ。

「まぁ、朱里がいいならいいけど」

「よし、決定。私が絽充のを選ぶから、絽充は私のを選んで」

「わ、わかった」

 センスを問われるやつじゃんか。どの花がいいかなんか俺には分からないぞ。まず名前を知っている花はひまわりやあじさいやバラとかのメジャーなやつだけ。どうすればいい。どうする、俺。

「どれにしようっかな」

 朱里は真剣に選んでいる。ちょっと待ってくれ。誰か助けてくれ。隠れてアニマで調べるか。

いや、すぐにばれるな。もう自分の直感に頼るしかないか。センスの神よ、俺にセンスを与えたまえ。

 必死にブリキのロボットのネックレスを選んでいる。

「絽充、顔怖いよ」

「仕方ないじゃねぇか。自分のなら適当に選ぶけど。朱里にあげるなら下手なものは選べねぇんだもん」

「……そう」

 朱里は頬を赤らめた。そして、俺から視線を背けた。

 ……なんだ。俺変な事言ったか。まぁ、いい。そんな事を考えている余裕は俺にはない。

 こ、これがいいんじゃないか。

 俺は紫の花を持ったブリキのロボットのネックレスを手に取った。どうやら、キキョウって花らしい。これにしよう。理由は無い。直感だ。

「絽充決めたの。じゃあ、私はこれにする」

 朱里は黄色い花を持ったブリキのロボットのネックレスを手に取った。

「何って名前の花なんだ。それは」

「スターチスって花。絽充のはキキョウかな」

「よく知ってるな。その通りだよ」

「……まぁね」

 朱里は嬉しそうに微笑んだ。でも、なんだか褒められて嬉しいんでいると言うよりも違う意味の表情に見える。……まぁ、いいか。それを聞くのは無粋かもしれない。

「じゃあ、買うか」

「そうだね」

 俺と朱里はそれぞれブリキのロボットのネックレスを持って、レジカウンターの方へ向かう。

「すいません。これを」

 俺はレジカウンターの上にブリキのロボットのネックレスを置いた。

 レジカウンターに居る女性店員がブリキのロボットに付いている値札のバーコードをバーコードスキャナで読み取る。

「2000円になります」

「じゃあ、支払いはこれで」

 俺はアニマを操作して、空気中にバーコードを表示した。

「了解いたしました」

 女性店員はバーコードスキャナで空気中に表示されているバーコードを読み取った。

「ありがとうございます。無料で梱包できますがどうなされますか?」

「どうする?」

「いいよ。絽充もそれでいいよね」

「おう。じゃあ、梱包はなしで」

「了解いたしました」

「ありがとうございます。じゃあ、もらいますね」

 俺はレジカウンターの上のブリキのネックレスを手に取った。

「じゃあ、私の番ね。絽充は先に出てて」

「はいよ」

 俺は店から出た。そして、店前の邪魔にならない場所で朱里が支払いを終えるのを待つ。

 大丈夫だよな。嫌な顔はしてなかったし。嫌な花だったら朱里ははっきり嫌って言うだろうし。

 朱里は支払いを終えて、店の中から出て来て、俺の方へ駆け足で来た。

「終わったよ」

「じゃあ、これ。進呈します」

 俺は買ったキキョウの花を持ったブリキのロボットのネックレスを朱里に手渡す。

「受け取らせていただきます」

 朱里はキキョウの花を持ったブリキのロボットのネックレスを受け取った。

「では、こちらからも進呈させていただきます」

「ありがとうございます」

 俺は朱里から黄色のスターチスの花を持ったブリキのロボットのネックレスを受け取った。

「ノリには乗ったけど今の何」

「うん?ただの思いつき」

「なにそれ」

「いいんじゃん。面白いだろ」

「別に面白くは無いよ」

 正直に言うなよ。ちょっと傷つくだろ。

「泣くぞ」

「泣くわけないじゃん。絽充はそんな事で」

「よ、よくお分かりで」

「だてにずっと幼馴染してないんで」

「そうだな。それもそうだ」

「そうだよ。じゃあ、ネックレス付けよう」

「お、おう」

 花は違うけどペアルックになるんじゃないか。急に恥ずかしくなってきたぞ。もう周りから見たらカップルじゃないか。ヤバイな。ヤバイぞ、これは。

「絽充の分持っててあげるから付けて」

 朱里はキキョウの花を持ったブリキのネックレスを渡して来た。俺はそのネックレスを受け取った。

「わかった」

 俺は朱里に黄色のスターチスの花を持ったブリキのネックレスを手渡した。

 朱里は俺に背中を向けた。

 ネックレスを朱里の首にかける。

「いけてるか」

「いけてるよ」

 緊張した。マジで緊張した。これで失敗したら後で何を言われるか分からない。本当にすんなりネックレスをかけられてよかった。

 朱里は振り向いた。

「どう似合ってる?」

 朱里は訊ねて来た。……似合っている。もとがいいから何でも似合うのか。

「似合ってるよ」

「よかった。じゃあ、次は私の番だね。絽充、後ろ向いて」

「お、おう」

 俺は朱里の背中を向けた。

 朱里は手馴れているのかあっという間にネックレスを俺の首にかけた。

「ちゃんといけてる?」

「おう。大丈夫だよ」

「じゃあ、見せて」

 俺は振り向いた。なんだか、新鮮な感じがする。普段は絶対にネックレスなどのアクセサリーは身に着けない。

「似合ってるよ」

「そうか」

「うん。私噓吐かない基本は」

「吐く時あるのかよ」

「それはね。優しい噓限定だけど」

「なんだよ、それ。まぁ、どうでもいいけど」

 まぁ、俺も朱里に噓を吐いているから言い返す事はできない。でも、そっか。優しい噓なら吐いてもいいかもしれないな。

「じゃあ、次の店に行こう」

「次は何処に行くんだよ?」

「決めてない」

「決めてないって」

「それ絽充が言えます?」

「はい。言えません」

「でしょ。だから、気になる店に入って行こう」

「了解です」

「……はい」

 朱里は手を差し出してきた。

「なんだよ」

「手繋ぐんでしょ」

 朱里は恥ずかしそうに言った。

 きゅんってした。無茶苦茶可愛いな。ヤバイ。俺って今、超幸せなんじゃないか。いや、幸せだ。……落ち着け。落ち着けよ、俺。今の俺はかなり気持ち悪いぞ。平然を装え。

「そうだったな」

 かっこつけて言ってしまった。

 俺は朱里の手を握った。頼むから変な手汗出るなよ。それはマジで気持ち悪く思われるから。

「じゃあ、行こう」

「おう」

 俺と朱里は手を繋ぎながら歩き出した。

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