第21話
ゆっくりを目を開けた。天井が見える。
俺は上体を起こして、周りを見渡す。……自分の部屋だ。何も変わらない自分の部屋だ。
ベットから降りて、窓の方へ向かう。今の段階では修正が上手く行っている気がする。けれど、不安で不安でたまらない。でも、零無愛が俺の能力を調節してくれたんだ。
あの悲惨な光景が拡がっていない事を願いながら窓のカーテンを引っ張り、外の光景を見る。
……完璧だ。完璧に修正できている。街は何も無かったようにもとの姿を取り戻している。それじゃ、朱里も生き返っているはず。
俺はベットの横に置いているアニマを起動させる。
「今日は何日だ?」
「10月10日AM9時30分です」
この世界が終焉を迎える日か。これでいいんだ。後は俺が創管者としてこの世界の所有すればこの世界は終焉を迎えることはないんだ。もう悔いは無い。悔いは無いはずだ。悔いがあるのか。どっちなんだ。いや、俺は決めたんだ。この世界を救う為にはこれしかないんだ。
目の前の光景が完璧に修正出来ていても、世界中が修正出来ているか気になる。アニマで世界中がどうなっているかを調べた。
世界中の国々は全て元に戻っていた。それに世界終焉を迎えるような事が記された記事もない。完璧だ。本当に良かった。
ドアを開けて、朱里の家に向かう為に準備を始める。
今日で終わりなんだ。だから、楽しまないと。朱里が約束もせずにデートに付き合ってくれるかは分からないけど。そうだ。それも修正すればいいのか。いや、反則か。まぁ、なるようになるはずさ。
全ての準備を終えて、玄関に行き、靴を履く。こうやって、何処かへ行く為に靴紐を結ぶのも最後か。そうか。今日で何もかもが最後になるのか。そう思うと一つ一つの当たり前の行動がどれほどかけがえのない大事な事なんだと気づかされる。
靴を履き終えて、ドアを開けて、外に出る。
道行く人、綺麗な青空、この街の匂い、全てがいつもどおりだ。
俺はドアの鍵穴に鍵を差して、施錠をする。そして、朱里の家へ向かう。
朱里の家の前に着いた。
……緊張するな。なんでだろう。インターホンを鳴らすだけなのに。普段なら気軽にやっている事なのに。分からない。今日の俺はちょっとおかしい。いや、だいぶおかしい。
緊張をほぐす為に深呼吸を何度もする。
大丈夫だ。これで大丈夫だ。
俺はインターホンを鳴らした。すると、数秒も経たない内にドアが開き、スウェット姿の朱里が目を擦りながら出て来た。
「おはよう」
「おはよう」
正真正銘朱里だ。俺の知っている朱里だ。生きている。生きているんだ。死んでない。良かった。
色々な感情が涙腺を刺激して、涙がこぼれる。
「何泣いているの?」
「なんでもない」
俺は手で涙を拭った。
「噓。なんかあるでしょ」
「本当になんでもないよ」
「え!もしかして花粉症になった?」
「なってねぇよ」
普段と同じやり取りを出来ている。それがどんな事よりも今の俺にとっては嬉しくて堪らない。
「それでなんで来たの?」
「えーっと、それはだな」
「なによ。言ってよ」
「……デートしようぜ」
「で、デート。何、いきなり」
朱里は顔を赤くして、言った。
「ダメか?」
「……ダメじゃないけど」
断られるのか。……諦めるな、俺。もう一押しだ。今日の俺はここで終われない。いや、今日しかないから何が何でもデートに行って、告白するんだ。
「じゃあ、行こうぜ。なぁ」
「アクティメントでするの?」
「リアルで」
「……うん。分かった。準備に時間かかるけどいい?」
「いいよ。何時間でも待つよ」
「何時間もかからない。だから、待ってて」
朱里はそう言って、ドアを乱雑に閉めた。
よかった。デートに行ける。でも、なんでこんなに緊張したんだ。普段通りに「どっか行こうぜ」って言えばよかったんじゃないか。そうだ。なんでこんなに思い詰めたんだ。訳が分かんないぞ。……もういい。ポジティブシンキングだ。
――数分が経った。
ドアが開いて、家の中から朱里が出て来た。
あれ、いつもと違う。化粧しているし、髪の毛も綺麗に整えている。それにこの前お気に入りって言ってたワンピースを着ている。バックもお母さんに買ってもらったって言うブランドものだ。
「どうしたの?何か、私の顔に付いてる?」
「……いや、可愛いなぁって思って」
「え?」
「え?」
流れで言ってしまった。恥ずかしい。恥ずかしくて堪らない。でも、これでいい。これでいいんだ。だって、本当に可愛いんだから。それに褒める事は悪い事じゃない。恥ずかしがって、朱里を傷つけるよりは何倍もいいはずだ。
「……ありがとう」
何も言い返してこない。すんなり受け入れている。なんでだ。まぁ、いいか。これで。
「お、おう。じゃあ、行こっか」
「うん。わかった」
朱里は俺の隣に来た。
「何処行くの?」
「最近出来たアウトレット行こうぜ」
「行きたいと思ってたんだ。行こう」
俺と朱里は歩き始めた。
どうしよう。何を話せばいいんだろう。普段なら、世間話とか何でも話すのに今日に限って
緊張からか言葉が出ない。それに朱里も何も話そうとしない。
無言の時間が流れていく。
――学校近くの公園付近に着いた。
いつもお世話になっているクレープ屋は営業していた。そうだ。ここでクレープを買って食べながら何を話せばいいか考えればいいんだ。
「食べていくか」
「……驕り?」
「驕りに決まってるだろ。デートに誘ってんだから」
「う、うん」
今日の朱里はいつもと何かが違う。なんだか、よそよそしいと言うか、大人しいと言うか、
距離感がある気がする。物理的と言うより精神的に。
俺と朱里はキッチンカーへ向かう。
「こんちは」
「こんにちは」
俺と朱里は後ろを向いて作業をしている男性定員に話しかけた。
男性店員は振り向いた。
「おう。絽充君に朱里ちゃんじゃないか。今日はデートかい」
男性店員はからかうかって言ってきた。
「はい。デートです」
いつもなら「違います」とか「下校中です」と言い返すが今日は違う。ちゃんと言わないと意味が無い。
「お、そうか。それはいいね。記念に写真撮っていい?」
「な、なんで?」
「二人ともいい顔しているからさ。なぁ、いいだろ」
「どうする?」
俺は良いけど、朱里はどうか分からない。
「いいよ。おじさんお願いします」
「よっしゃ。ちょっと待ってな」
男性定員は屈んで、何か探している。きっと、アニマかカメラだろう。
「あったあった」
男性定員は立ち上がった。チェキを持っている。
「それって、その場で印刷する奴ですか?」
「そう。最近は皆使わないけどな。でも、これは味があって好きなんだ」
「へぇーやっぱり違うですか。アニマとかで撮るより」
「言葉では上手く表現できないけどそうだ」
「そうなんですね」
「おう。じゃあ、撮るぞ」
「は、はい」
男性店員はチェキを俺達に向けた。
「もうちょっと近づいてくれないか」
「え?は、はい」
俺は朱里に近づいた。朱里も俺の方に寄って来た。
「よし、いいぞ。二人ともピース、ピース」
「こうですか」
俺と朱里は男性定員のチェキに向かって、ピースをした。こうやって二人で写真を撮るのは小学校以来な気がする。懐かしいようなちょっと恥ずかしいような何とも言えない
気持ちになった。
「そう、そう。あと笑顔笑顔」
「笑顔ですね」
俺は自分なりの笑顔をした。しかし、笑顔を作るのは難しい。表情筋が上手く動いてくれない。これって俺の顔ひきつってないか。……そんな事はない。あるはずがない。
朱里は俺の顔を見て、笑い出した。
「なにその引きつった笑顔」
「仕方ないだろ。笑顔作るの下手なんだから」
「それは知ってるけどさ。でも、酷いよ。その笑顔は」
「あのな」
「ごめんごめん。許して。ハハハ」
「おい。謝ってないだろ。それは」
「謝ってるよ。謝ってる。ハハハ。おかしい」
朱里は俺の顔を見て、笑っている。
腹は立つけど、いつもの朱里になった。ようやく変な精神的な距離もなくなった気がする。
これはこれでいいか。
「二人ともこっちに向いてくれるかな」
「あ、すいません」
「ごめんなさい」
完全に男性定員さんの事を忘れていた。俺と朱里は男性定員が構えているポロライドカメラに視線を向けた。
「いいけどね。まぁ、俺の魔法の言葉を聞けば絽充君もきっと笑うさ」
「なんですか?それ」
「聞きたい」
「じゃあ、いくよ。一足す一は?」
「二」「二」
男性定員はチェキのシャッターを押した。
「魔法の言葉ってなんですか?」
「うん?今の一足す一はだよ」
男性定員は出て来た写真を振りながら言った。
「なんだ、それ」
「期待して損した」
「いいじゃねぇか。いい写真撮れたんだからさ。ほら、やるよ」
男性定員はチェキで撮った写真を朱里に手渡した。
「……ありがとうございます」
朱里は写真を受け取った。
「いいんですか?貰って」
「いいんだよ。初デートの記念になればと思って撮っただけだから」
「え、あ……そうっすか。それじゃ、もらいます。ありがとうございます」
なんとも言えない気遣い。嬉しいのは嬉しいがちょっと恥ずかしい。
「おう。あとクレーププレゼントしてやる」
「いいんですか?」
「あぁ。今日はなんだかいい気分なんだ」
「ありがとうございます」
「おじさん。ありがとうございます」
「おうよ。ちょっと待っててな」
男性定員はクレープを作り始めた。
朱里は撮ってもらった写真を見ている。
「朱里、ちょっと見せてくれよ」
「はい」
俺は朱里から写真を受け取った。写真に写る俺と朱里はとてもいい笑顔していた。本当にいいい写真だ。でも、この写真もきっと修整されるんだろう。そして、朱里も俺の事を忘れる。
……辛いな。こう幸せな出来事があればあるほど辛くなる。
「どうしたの?」
「なんでもない。いい写真撮れてるなって思ってさ」
「だよね。……そうだ。この写真私がもらってもいい?」
朱里は訊ねて来た。
「別にいいけど」
「……じゃあ、もらうね。ありがとう」
朱里は大切そうにその写真をバックに入れた。
――数分後が経った。
「ほら、二人分できた」
男性定員は俺達にクレープを渡して来た。
「ありがとうございます」
「美味しくいただきます。ありがとうございます」
「どう致しまして。また今度来てくれな」
「はい。必ず」
嘘をついた。次はもうない。今日で、これで最後だ。でも、男性定員の顔を見ると、そう答えてしまった。
「また寄りますね」
「じゃあね。お二人さん」
俺と朱里は礼をして、近くのベンチに向かう。珍しく今日は休日だと言うのに周りには親子もカップルも居ない。俺たち二人だけ。
俺と朱里はベンチに座り、クレープを食べ始めた。
朱里は美味しそうにクレープを口いっぱいに頬張る。俺と二人の時だけこうやって食べる。
同姓の友達と一緒の時は猫を被っているのか小動物のようにちょっとずつ食べる。普通は逆だと思うんだけどな。まぁ、リラックスしているんだと思えばいいか。
「あのさ、一口ちょうだい」
「いいけど」
「じゃあ、遠慮なく」
朱里は俺のクレープを一口に食べた。
「これはこれで美味しいね。はい。私のも一口あげる」
「え?いいのか?」
「うん。今日は特別」
朱里はクレープを差し出してきた。
「じゃあ、いただきます」
俺は朱里のクレープを一口食べた。
「どう?お味は」
「……美味しい」
あれだけのフルーツやチョコが入っているのに味が喧嘩していない。値段がするだけのものはあるな。
「それはよかった」
「誰目線で言ってるんだよ」
「クレープ目線?」
「なんだよ、それ」
「いいんじゃん。別に。早く食べて。アウトレット行こうよ」
「そうだな」
俺と朱里はクレープを再び食べる。
こんな他愛の無い時間が永遠に続けばいいなと思う。でも、その願いも永遠に叶わない。そんな事分かってる。分かっているから胸が痛くなる。幸せなのに辛い。幸せの拷問だ。俺は幸せに傷つけられている。
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