第20話
「……朱里。起きて、朱里」
朱里のお母さんの涙交じりの声が聞こえてくる。
俺はゆっくり目を開けて、周りを見た。隣の精神転送マシーンに朱里が座っている。そして、朱里のお母さんは涙を流しながら、朱里に何度も何度も語りかけている。
「おばさん」
朱里のお母さんは俺の方を見た。朱里のお母さんの目は赤く充血しており、いつも綺麗な顔は崩れている。
「……絽充君。絽充君、無事なの?」
「……はい。無事です。朱里は……」
「目を覚まさないの。昨日からずっと声をかけているのに」
「昨日から……」
一日も経っていたのか。それじゃ、イリガールエリアの出来事はあったままと言う事か。て言う事は朱里は……脳死したのか。でも、おかしいぞ。なんで、救急車を呼ばない。
「そうよ」
「救急車は?」
「呼べないのよ。石の雨が降ってて。そこら中の建物は全壊してるわ。電話回線は昨日から使えなくなってるし」
そう言う事か。呼びたくても呼びなくなっているのか。それに今日はこの世界の終焉の日。俺がけじめをつけない限り。
「……そうですか」
「貴方が無事なだけでもよかった」
朱里のお母さんは娘の朱里が目を覚まさないと言う状況なのに俺に気を遣ってくれている。なんて優しい人なんだ。朱里が消えるのも嫌だけど、この人が消えるのも嫌だ。
「俺、ちょっと外に行って来ます。病院に連絡取れる方法があるかもしれないんで」
「それはダメよ。貴方にもしもの事があったら」
「大丈夫です。俺は大丈夫ですから」
「でも」
「大丈夫ですから。俺はちょっとでも朱里が助かる方法を見つけたいんです」
「……絽充君」
「じゃあ、行って来ますね」
俺は精神転送マシーンから立ち上がって、階段を上った。
玄関だった場所は巨大な石で壊れていた。本当に石の雨が降ってるんだ。
俺は裸足のまま、その巨大な石を上って、外を見た。
「…………」
声が出なかった。あまりにも衝撃的な光景を見ると声が出ないと言うのは事実だった。
殆どの建物は跡形もなく破壊されている。それに石や壊れた建物の下敷きになった人の死体がそこら中に転がっている。家族を失った人々が枯れた涙を流して、家族の名前を呼びながら歩いている。こんな悲惨な光景を見るなんて想像した事がなかった。映画やアニメの中でしか見ることのない景色だと思っていた。
巨大な隕石程の大きさの物から野球ボールぐらいの大きさの物まで多種多様の石が降っている。
目視出来る距離の所に石が落ちた。石が地面に衝突した瞬間、鼓膜を突き破るほどの強烈な音がした。
俺は石から降りて、石が落ちた方へ向かう。
理由と言う理由はない。ただ行かないといけないと思っただけ。
石が落ちた場所に着いた。石が落ちた場所にはクレーターが出来ており、元々あった建物は跡形もなく消えている。
……人類最後の日と言うものは人間が無力だと言う事を突きつけられているようだ。どんなに化学などが進歩しても、自然の力や宇宙からの外的からもたらされる力には太刀打ちできない。
自分がこの世界を所有するしかない。それが唯一残された手段。自分がこの世界から消える。それはこの世界で俺は死んだ事……いや、存在しなかった事になる。でも、そうすればこの世界は助かるんだ。
1人の存在が消えるだけで世界が救われるんだ。それに俺が死ぬ訳じゃない。それだったら世界を救う為に自分の存在を犠牲にすればいい。でも、そうすれば朱里との日々はなくなる。でも、この世界を救わない限り朱里の日々は戻らない。
けじめをつける為にこの世界に戻って来たはずなのに気持ちが揺らいでいる。情けない。情けなさ過ぎる。どうすりゃいい。なぁ、朱里。……ダメだ。弱気になるな。世界を助ける為の決断を他人に委ねようとするな。俺が決めないといけないんだ。
俺はその場から離れて、朱里の家の方へ向かう。
迷うな。迷う場合じゃない。朱里が居る世界を守れるんだぞ。ずっと俺の事が認識されなくても。
それでいいじゃねぇか。
朱里の家の前に着いた。
俺は巨大な石を上って、朱里の家の中に入る。階段を降りて、地下室へ行く。
朱里は意識を取り戻す事無く精神転送マシーンに座っている。朱里のお母さんは封筒を持て、朱里の傍で座っている。何が入った封筒なのだろう。
「戻りました」
「絽充。怪我は無い?」
涙は流していない。いや、もしかしたら心の中で涙を流しているのかもしれない。きっと、この人は俺に気を遣わせない為に気丈に振舞ってくれているのだ。どこまで強い人なんだ。
「はい。大丈夫です」
「そう。絽充君。これ受け取ってあげて」
朱里のお母さんは封筒を手渡して来た。
「それは?」
「朱里の部屋にあったものよ。絽充へって書いてあるから貴方が持つべきものよ」
「……はい」
俺は封筒を受け取った。たしかに封筒には「絽充へ」と朱里の特徴的な字で書かれていた。
「封筒の中見てもいいですか?」
俺は中身が気になった。何が入っているのだろうか。
「いいに決まってるじゃない。見てあげて」
「はい」
俺は封筒を開けて、中から二つ折りの紙を取り出した。
俺はその二つ折りの紙を開いた。
「……朱里」
紙の正体は俺に対しての手紙だった。
手紙には「絽充へ。もし、この手紙を絽充が読んでいるなら、私は死んでいるかもしれません。なぜ、死んでいるかもしれないって書いているかと言うと、釘野君からのメッセージが理由です。メッセージの内容は僕の所に来ないと絽充を殺すと言うものでした。私は彼ならやりかねないと思いその指示に従います。だって、絽充が死ぬのが嫌なんだもん。きっと、私が釘野君のもとへ行けば私は殺されると思う。でも、それで絽充が助かる可能性があるならいいと思ってる。絽充が居ない世界なんてやだ。だって、私は絽充の事が世界一好きなんだもん。ずっと……ずっと、言えなかったけど。本当はこんな手紙じゃなくて、会って言いたかった。だから、もう一度だけ書かせて、好きですって。あ、これじゃもう一回プラスだね。絽充、好きだよ。大好き。愛してる。あれ、一度だけって書いていたのにいっぱい言葉書いちゃった。だって、言葉じゃ伝える事が出来ない程大好きなんだもん。だから、許してね。朱里より」と書かれていた。
……朱里。朱里。お、俺は。
俺は手紙を胸で抱えながら、その場に崩れ落ちた。
「絽充君」
涙が次から次へと流れ出して来る。そのせいで手紙の文字が滲んでいく。
俺よりも先にそんな事を決断していたなんて。俺も朱里が居ない世界なんて嫌に決まってる。ずるいよ、朱里。朱里とこの世界で人間として死ぬまでずっと人生を歩みたかった。
……そうだ。俺も決断するんだ。
「……俺、決めました」
俺は涙を拭って、立ち上がった。
「何を?」
「みんな助ける事を……いや、朱里を助けることを」
俺がこの世界を所有する事にする。そして、このシナリオを修正する。そうすれば、この世界の人達は……朱里は助かる。たとえ、俺の存在が消えても、俺が死んだわけじゃない。ずっと、ずっと、外からこの世界を見守ればいい。
「えぇ?何を言ってるの?」
「大丈夫ですから。安心してください」
俺は駆け足で、階段を上った。そして、目を閉じた。
ここ数日の出来事を何もなかった事に修正。
――――修正中――――
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