第19話
「起きろ。修正者、ロミよ」
「起きた方がいいっすよ。ロミ君。いや、後輩よ」
零無愛と七志の声が聞こえる。幻聴か。
「七志、調子に乗るなよ」
「すいません。気をつけます。しょんぼり」
幻聴じゃない。たしかに聞こえる。
俺はゆっくり目を開けた。目の前にはパッチワークのテディベアを持った零無愛と七志が立っていた。二人とも白黒だ。
「……ここは?」
「説明しないといけないのか?」
「もう。零無愛さんのドS」
「七志。拷問を受けたいのか?」
「すいません。受けたくないです。お口チャックします。まぁ、お口ないんですけど。テヘ」
零無愛は七志の膝に強烈な蹴りを入れた。
「痛って。痛いですよ、零無愛さん」
七志はその場に蹲った。自業自得だろ。あれだけ、ふざけたら怒られるに決まっている。蹴り一発で済んでよかったと思う。
「なんだ。口答えする気か?」
「す、すいませんでした」
七志は零無愛に土下座して、謝った。
俺は周りを見渡した。白黒の世界。
零無愛と七志に巨大な図書館みたいな建物があるだけ。それ以外は何もない。
「……ミュトスか」
「その通りだ」
「じゅ、朱里は?」
「あの女か」
「どうなったんだ?」
「お前の世界の物語のシナリオ通りに言えば死んだよ」
「……う、噓だ。俺が修正したはず」
「修正出来てない。お前はあの力をまだ制御できていない。それにあの女を助けて、何の意味がある。お前はもう人間じゃない。こちら側の者なんだぞ」
「そんなの知るか。俺は朱里のもとへ戻るんだ」
俺は立ち上がった。
「貴様上司に向かってその口答えはなんだ。それに貴様は今から私達と一緒にライブリオに来るんだ」
「うっせえよ。俺は戻る」
「聞き分けのない部下だ。拘束する」
零無愛がそう言うと、身体の自由がなくなった。それは見えない縄で縛られているようだ。どんなに抵抗しても解ける気配がしない。
「くそ。離せ」
「発言権を剥奪するぞ。大人しく付いて来い」
「なんだと?」
「従った方がいいっすよ。貴方が居た世界を終わらせたくないなら」
七志が耳元で囁いてきた。
「どう意味だ?」
「一緒に来たら分かるっす。それに君がちゃんと自分の力を理解したら、君の助けたい朱里さんを……いや、あの世界を助けられます。まぁ、それに意味があるかは分かりませんけどね」
「……行けばいいんだな」
七志の「それに意味があるかは分かりませんけどね」って言葉には引っ掛かるが、朱里を助けれるなら従った方が良さそうだ。
「はい。その通りです。さぁ、零無愛さんに謝って」
「すいません。一緒に行かせてください」
「分かればいい。行くぞ」
零無愛は図書館みたいな建物に向かって歩き出した。俺と七志はその後について行く。
――かなりの時間を歩いて、ようやく図書館みたいな建物の前に着いた。
遠くから見ても大きかったが、近くで見ると想像を絶すほどに巨大。入り口の門は5メートルは軽くある気がする。
「ここがライブリオだ」
零無愛は言った。
「……ライブリオ」
「でかいでしょ。でかすぎますよね」
「そ、そうだな」
「中はすんごい広さです。絶望しないでくださいね」
「……はぁ」
言葉使い方を間違えている気がする。でも、七志にその事を指摘したら面倒くさい事になりそうだからそのままにしておこう。
「入るぞ」
「……はい」
「了解致しましたでございます候」
門が自動で開いた。
俺達三人はライブリオの中に入った。室内も外と同じで白黒。視界の先にはドアが一つある。そのドアまでの道にはカーペットが敷かれている。他には何もない。
零無愛と七志は何も言わずにそのドアに向かっている。俺は何も言わずに一緒に奥に進む。
ドアの前に着いた。すると、ドアが自動で開いた。
零無愛と七志は何も言わずに部屋に入っていた。
俺も同じように部屋に入った。
「……なんだ、ここは」
視界に広がる景色は異様なものだった。どこを見渡しても、檻、檻、檻。下から上までずっと檻だ。檻の中では人が……いや、人の形をした何かが椅子に座り、目の前に机に置かれた紙に万年筆
で何かを書いている。言葉は一切発さない。黙々と作業を行っている。まるで、ロボットのようだ。
「七志、説明しろ」
「承知しました。ここは人間達……いや、被験世界のシナリオを書いている場所です。彼らは人間でもなく、私達創管者でもありません。貴方の世界で言うロボットです」
「ロボットですか。で、その被験世界って何ですか?」
「零無愛さん。説明してもいいですか?」
「こいつも創管者だ。説明してもいい」
「承知です。被験世界とは完全なる世界を作る為の実験的世界です。貴方が生まれた世界もその一つです」
「完全なる世界ってなんだ?」
「まだ、導き出せていないので100%の答えは言えませんが、争いも貧困も差別もない平和の世界ですかね」
「それじゃ、俺達はその完全なる世界を作る為のモルモットて訳か」
「まぁ、そうなりますね」
「……そんな」
怒りより虚しさが心を埋め尽くしている。
「それに被験世界の人々の生き死に歴史はここで居るロボットの書いたシナリオで決まります。なので、全ての事柄、出来事は偶然ではなく必然で起こって居るんです」
「……じゃあ、俺はどうなるんだ?俺が創管者になるのも必然だったのか」
「いや、それは違います。君はミュトスに初めて来た時なんて呼ばれましたか?」
「……逸脱者」
「はい。その通りです。逸脱者とは被験世界でシナリオ通りに動かなかった者の事を指します。そして、逸脱者を生み出す事が被験世界の目的の一つでもあります。完全なる世界を作る為にね」
「どう言う意味だ?」
「言わば、完全なる世界を作る為のスタッフです。他の者と同じ事をされたら意味がないですからね。そして、逸脱者が生まれた世界はその時点で終焉を迎えます。もう必要がないので」
「ちょ、ちょっと待て。それじゃ、俺が居た世界は終わるって事か?」
「はい。そうなります」
「ふ、ふざけるな。話が違うじゃねぇか」
俺は七志の胸ぐらを掴んだ。
世界を……朱里を救えるって聞いたからここに来たんだぞ。今の話を聞いていたら、救う事なんて出来ない。
「話はまだ終わっていません。話を最後まで聞いてください。分かりましたね」
七志は言った。顔のパーツがないが、圧が凄い。こ、こいつも創管者の1人だ。どんな力があらか分からない。言う事を聞いた方が身のためみたいだ。
「わ、わかった」
俺は七志の胸ぐらから手を離した。
「理解力のある方でよかった。じゃあ、話の続きをしますね」
「頼みます」
「逸脱者が無事に創管者になればここに居るロボットを一台所有する権利が与えられます」
「……それって、世界を続けさせる事が出来るって事か」
「えぇ、その通りです。けれど、貴方はもうその世界の人間じゃなくなる。なので、貴方の存在は認知されなくなります。そして、貴方に関する記憶も人々から抹消されます」
「……存在そのものがなくなるって事か?」
「その通りです」
……あの世界が……朱里が生き続けるのなら、その選択肢しかないか。……辛いな。朱里の記憶から俺が消える。でも、それしかない。朱里やあの世界が消える事を考えればましだ。たった一人の行動で世界を救えるんだぞ。漫画やゲームの主人公みたいでかっこいいじゃないか。
「大丈夫ですか?」
七志が心配そうな声で訊ねて来た。
「な、何がです?」
「泣いておられるので」
「え?」
俺は手で目の周りを触った。濡れている。涙だ。突然、脳内で朱里との思い出が再生される。
朱里の笑顔を思い出す度に胸が締め付けられる程に痛い。だって、朱里の居る世界を救うって事は、永遠に俺の心は救われない事を意味しているのだから。
「まぁ、良くも悪くもここに居ればその感情も薄れるはずです」
「は、はい」
もしかしたら、七志も同じような経験をしたのかもしれない。そうじゃないと、こう言う発言はできないはず。
「お前はあの女がそんなに大事か」
零無愛が訊ねて来た。
「はい。大事です」
「一度も結ばれた事がないのにか?」
「どう言う意味ですか?」
「この前言っただろ。お前もあの女もいかれ男も転生していると。お前とあの女は魂は何度も結ばれかけた。しかし、あの男や、時代が何度もお前達を引き裂いた。そして、今回も」
「……それじゃ、俺と朱里は結ばれないって事ですか」
「簡単に言えばそうなるな」
「……そうなのか」
「お前はあの女と結ばれたいのか?」
「……はい。結ばれたいです」
今までならこんな風に自分の思っている事を言わなかった。でも、今は言える。朱里が好きだ。
「そうか。それならロミよ。一度、自分の世界に戻れ」
「はい?」
「一日猶予をやる。その気持ちにけじめをつけてこい。修正者の力を使ってもいい。ちゃんと使えるように調節してある」
「……ほ、本当ですか」
「なぜ、嘘をつかないといけない」
「ありがとうございます」
この人にも優しさと言う感情が存在するんだ。驚きだ。でも、素直にその優しさを受け取ろう。それしか、自分の気持ちにけじめをつける方法はない。
「その代わり、こちらの世界に戻って来た後は私の指示通り動いてもらう。いいな」
「……はい」
「それじゃ、目を閉じろ」
「分かりました」
俺は目を閉じた。……自分の気持ちの正直になろう。言わなくてずっと後悔するよりも思いを伝える方がいいはず。
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