第5話

 相変わらず、テントの外は満天の星が輝いていた。

 やっぱり朝が来る気配はない。

 私達はテントをたたむと周囲に落ちていた木の枝を手分けして集め始めた。

 こんな夜の世界に植物が生えてるとは思えない。

 夜の世界じゃ光合成はできないだろうし、そもそも寒すぎて草木が成長するのには向いてないと思う。つまり、ここ以外で薪になるものは探せそうにないということだった。

 暖を取るためにはどんなに荷物になろうとも集めないわけにはいかなかった。


「燃料はこの星ではきっと貴重だね。いや、地球でも同じだよ。人類の争いの理由はそのほとんどが資源を巡ってのものだもの」

 

 光紗ちゃんはそんなことを言いながら燃えそうなものを探している。

 確かに、燃料問題は今も根深い。石油資源の枯渇の話は学校でもよく習ってたなあと思う。

 燃料エネルギー問題は人類の歴史を見てもずっと根深いものになっていた。


「意外とあった方かな? アウトドア用のキャリーがあってよかったよ」

 

 少し大きめのを持ってきていたのは幸いだった。燃料用の枝は重いしかさばるしで人力ではほとんど運べなかったと思う。そうなれば待つのは死のみだ。

 テントや水、食糧だけでもかなりの重量で私達が人力で運ぶのはそれだけでも厳しい。


「ところで、さっきからなんで地面を掘ってるの?」

 

 私が見当たる範囲で木の枝を集め終わると、光紗ちゃんは少し離れた場所で尖った大きい石で地面を掘り起こしていた。その隣にしゃがみこんでそう聞いた。


「食料も少ないし、ここで何か見つからないかなって思って」


 そう言いながら、光紗ちゃんは別の場所を掘り返す。

 運が良ければここで食料が手に入るはずだと言う。

 よくわからないけど、私も近くに落ちていた石で地面を掘り返してみる。


「何を探してるの? 土の中の木の根っことかを食べる気?」

「まさか。水も少ないのにそんなモノ食べられないよ。エグミもすごいし余計にのどが渇いちゃう。探してるのは…… まあ、言わない方がいいかな、知らない方がいいこともあるよ」

 

 そんなことを話ながら何か所かに穴が開いたころ私は悲鳴を上げた。


「きゃ、虫がいる。私、虫きらい」


 そう言って、地面を掘る手をやめる。

 その声に、光紗ちゃんはすぐにその穴の中を覗き込む。

 穴の中心には白っぽいうねうねと動く虫がいた。カブトムシか何かの幼虫だ。


「朔良、お手柄だよ。やった、探してみるもんだね。こんなとこでもちゃんといた」

 

 そんなことを言って頭をなでながら褒めてくれた。


「まさか、これ。食べる気じゃないよね?」

 

 私が自分の肩を抱いてぶるぶると震えだすとフフフと不気味な笑みを見せる。

 私は虫が大の苦手だ。こんなものを食べるなんて正気じゃない。


「ほかに食べるものがなくなったらね。大丈夫、食べても死にはしないよ? 日本ではあまりなじみがないかもしれないけど、地方の一部の地域やほかの国では昆虫食は割とメジャーだったりするんだ。だから虫だって貴重なたんぱく源なんだよ?」

 

 食べるものがほぼないこの状況では貴重な蛋白源となる。わかるけど嫌なものは嫌だ。


「(正直に言ったら、たぶん全力で拒否するだろうから、はっきりとは言わないけど、泣き叫ぼうが何だろうが無理やりにでも食べさせる)」


 そうその瞳からは読みとれた。

 確かにこの先、肉とかのたんぱく質はそうそう手に入らないだろう。


「でも、絶対美味しくないよ。やめとこうよ~」

「味? そんなの栄養が取れればどうでもいいでしょ?」

「いやいや、味は重要だよ~。それに、お腹壊しそうだし」

 

 私は必死に説得する。そんなものを食べるなんてとんでもない。


「地球産の虫ならまだ安全だよ。最初、最悪は謎のもこもこ生物の肉を食べてみようかとも思ったけど、地球のウミウシって毒があるんだよね。似た形の生き物ってことは収斂進化とかを考えると地球のウミウシと同じで毒があるのかも。それに脂質やワックス分が多いとお腹を壊しそうだし、未知の食品に挑戦できるような状況じゃないでしょ?」

「それでもやだ~、虫は嫌。死んでもたべない~」

「なに、私の虫が食べられないっていうの?」

「なんでちょっと、酔っ払ったおじさんみたいになってるの? 嫌ったら、イヤ」


 私がそんなことを言ったら、光紗ちゃんは私の頭をがしって掴むと頭突きをしてきた。

 割と強くて二人で呻き声をあげる。


「私だって正直あまり好き好んでこんなことをしたくはない。朔良を死なせたくないから無理してでも食べるし、食べさせる」


 光紗ちゃんが私の瞳をじっと見つめてくる。

 心なしか少し潤んでいる気がしたのは気のせいだろうか?

 私が死にかけたのを気にしているみたいだ。心配してくれるのは嬉しい。

 でも、こっちも泣きそうだよ? まだうねうね動いてるのを食べるのは気持ち悪い。

 それに、可愛そうだしなんだか嫌だ。


「絶対いやだよ。生で食べるとか無理無理、絶対ダメ」

「もちろん、焼いたりはするよ。食べるときは恋人みたいにちゃんと、あ~んって口に入れてあげるから。私も食べたことないけど、絶対おいしいよ。大丈夫、ダイジョウブ」

「え? こ、恋人みたいに?」

 

 クラスの付き合ってる子達が恋人に好き嫌いなく食べさせようと食堂で食べさせ合ってるのを見るとちょっとうらやましかったりはする。

 光紗ちゃんが恋人に…… そう思えば少しは我慢できるかもしれない。


「な、なら。まあ、いいかな? 」

「くくく、言質はとったよ? 絶対食べてね? さすがに私も生は嫌だし、見た目もちょっと気が引けるから、わからなくはないけどさ」

 

 いつの間にかスマホで動画を撮影していた。

 その画面を見せながらニマニマと笑っている。

 しまった、嵌められた。約束を破ったら光紗ちゃんは絶対に簡単には許してくれない。

 前うっかり約束を忘れちゃった時は、しばらく口も聞いてもらえなかった。


「あ、また見つけた。みて、ほらほら」

 

 光紗ちゃんはその後も虫を見つけるたびに知らせてくる……


「・・・」

 

 私は荷物の横に座ると必死に聞き流す作業に入った。

 光紗ちゃんの声は聞こえているけど聞きたくない。

 完全に無心になって聞き流そう。心を殺そう、悟りの境地へ。

 今なら三千世界、宇宙の真理に近づけるかもしれない。


「お待たせ、朔良。 う、うわあ⁉ 完全に、ハイライトの消えた瞳で虚空を見つめて動かなくなってる⁉」


 しばらくして戻ってきた光紗ちゃんが私の姿を見て何かを叫んでいる。

 ゆさゆさ体を押されて気が付くと狭い範囲だったけど、数匹見つけることができたと報告された。虫は見つけたレジ袋に入れて持っていくと言う。


「ここで出来ることはこれで全部かな?」

「もこもこ達も逃げずについてくるね。お陰で連れていく手間が省けたよ」

 私達が準備している間にもこもこ達はなぜかキャリーの中に入っていた。


 カイロ代わりに小さい子を連れて行くなら、群れから離された小さい子たちが生きられなくなってしまう。お陰で安心してカイロ代わりに連れていける。

 これでできることは全部済んだ。

 小さいもこもこたちは上着の中でカイロ代わりにじっとしてくれている。

 これでもし何かあったら諦めて受け入れるしかない。


「さてっと、じゃあ出発しようか?」

 

 光紗ちゃんが荷物を背負う。私はキャリーをその後に続いて引いていく。

 目指す先は相も変わらず暗い夜道。正直怖い。すでに死にかけてもいる。

 一人だったら、気がどうかなってるか、絶対にもう生きてはいられなかった。

 でも、一人じゃない。親友の背中を見ながら歩き始めた。

 二人ならまだ進める。静かな夜に私たちの足音だけが響いていた。

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ガールズアブダクション 氷垣イヌハ @yomisen061

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