第4話 ふわモコ天国
私、死んじゃったのかな?
妙に温かい空間で目を覚ます。まだはっきりしない視界には白いもこもこしたものが飛び込んできた。それに体の周りがふわふわして柔らかい。
天国の雲の上ってこんな感じなのかな?
ゆっくりと体を起こす。ちょっとだけ手先がひりひりするけどそれ以外は特に痛いところはない。
はっきりしてきた視界を左右に振る。
床には丸い白くてふわふわしたクッションがいくつも転がっている。だんだんと記憶がよみがえってくると、ここがテントの中だと分かった。
「あれ? 私、もしかしてまだ生きてる?」
あんなに寒くていられなかったのにもうそこまで寒くはない。
このもこもこのクッション、暖かい。
これのおかげで、どうやら私は助かったみたいだ。
「そうだ、光紗ちゃんはどこ?」
気を失う前に隣にいた親友の姿はない。代わりに近くにあったクッションがコロコロ転がりながら私の膝にぶつかってきた。周りには小さいもこもこが無数に敷き詰められている。
「あれ? 今、このクッション自分で動いたような?」
こんなもの持ってきた荷物の中にはなかったし、明らかにバッグに入りきるような数でもない。
それを持ち上げてみる。三十センチぐらいのそれはよく見ると耳のようなとんがった部分があり私の手の中でじたばたもがいている。見方によっては小さい犬のぬいぐるみにも見える。
全体が真っ白の長い毛でおおわれているからどこに目や口があるのかはわからない。
「これ、生き物なの? ちょっとかわいいかも」
とんがり耳から推測して顔に当たる部分を見てみるとその毛むくじゃらは突然口に当たる部分から、うねうねと銀色の触手を私の顔に向かって伸ばしてきた。
「・・・」
実に五秒は固まっていたと思う。
私はそっとそのもこもこを床に降ろした。咄嗟に放り投げなかったことは褒めてほしい。
「なにこれ、なにこれ、なにこれ?」
ズザザとテントの隅まで這うように後ずさる。よく見ると周りには私の服と光紗ちゃんの服が脱ぎ散らかされている。要するに、今の私は裸である。近くにあった寝袋を肩から羽織って謎の生き物の様子をうかがう。触手をうねうねさせ私たちの服に群がっている。
そして、親友の姿はここにはない。恐ろしい予想が頭をよぎる。
「まさか。これに光紗ちゃん、食べられちゃったんじゃ……」
触手で他の生き物を捕まえて、溶かして食べちゃう生き物を聞いたことがある。
これもそういった生き物だったらどうしよう。もう寒さは感じないけれど鳥肌が出る。
テントの布地に背中を預けて謎のもこもこから距離をとる。その後ろでごそごそと物音がして私はびくりと体を縮こませる。
「朔良、起きたの?」
その後ろから、テントの入口のジッパーを開けて光紗ちゃんが入ってくる。
寝袋にはいる前に脱いでいた、ダウンジャケットに身を包んだ親友の姿に安堵のため息をついた。
その親友は、中に入るなり私に体当たりをするように飛びついてくる。
「よかった、本当に良かった。あなた、少しの間心臓が止まっちゃってたのよ?」
泣きそうな顔で私を抱きしめてくれる光紗ちゃん。その背中を私も抱きしめる。
「よかった、無事だったんだね、光紗ちゃん」
「心臓マッサージして何とか戻ったけど、私も途中で気を失っちゃって……」
私がこうして生きてるのは光紗ちゃんのおかげみたいだ。まずは、お礼を言わないといけない。
「助けてくれたんだね? ありがとう」
命の恩人なんだからもっとしっかりしたお礼を言うべきだったと思う。
それでもまずは気になってることを聞かずにはいられない。
「ところで、アレ、なに?」
私はどうしても無視することのできなかった、さっきから触手をうねうねと空中に伸ばし揺らしている白い生き物たちを指して訊ねた。
「ああ、あれね。なんかよくわからないうちにテントに入ってきたんだけど、一応は危ない生き物じゃなさそう。それにあの子たちのおかげで私たち助かったみたいだし」
「どういうこと?」
「あの子たちが私たちの体を温めてくれたおかげで、今こうしていられるんだよ」
確かにあのもこもこの中は暖かかったし、肌触りも気持ちよかった。触手はきもいけど。
「なんかほかの生き物の老廃物とかを食べて生きるみたい。舐められたけど、大丈夫だった。それに触手で私たちの濡れちゃった服もあっという間に乾かしてくれたし」
この子たちのおかげで凍死しなくて済んだみたいだ。数がいるおかげでテントの中も少し暖かくなっている。感謝しないといけないよね、触手はきもいけど。
「それで、光紗ちゃんは外で何してたの?」
「体が温まって何とか動けるようになったから外の様子を見てた。ついでに風が収まったから石と燃えそうなものを拾ってきて火を焚いてみたよ」
確かに開いたテントの隙間から見ると焚火がぱちぱちと音を立てながら燃えている。
「それでも外は寒かったんじゃない? 服もまだ完全に乾いてなくてダウンだけでしょ?」
裸にダウンジャケットだけという、いろいろな意味で危ない格好の親友を見上げる。
「ああ、大丈夫。」
そういうとダウンの裾を少し持ち上げた。その間からはぼとぼとと白い毛むくじゃらが何匹も落っこちてきた。その光景に私は短く悲鳴を上げる。
テントの中に転がると触手をうねうねと揺らしている。やっぱり、きもい。
「カイロ代わりに入れておくと暖かいよ。もう大体は乾いたみたいだし、朔良も服を着たらそうしたら?」
そう言って、ジャケットの裾をバタバタしてまだ残っていたもこもこ生物を、全部テントの中に戻した。
いつまでも裸のままというわけにもいかないので二人で着替える。
確かに乾いてる。それに、においも心配だったけど全くしなかった。
「暖かいのはいいけど、触手がきもいヨ。本当に噛みつかれたりしない?」
「なんかナマコとウミウシを足して二で割ったみたいな見た目だよね。ぷにぷに押してみたけど骨がある感じでもなかった。しかも、どういうわけか恒温動物だし。仮にナマコだとしてもここは陸地だし、地球とは全然違う生態なのかもね」
クスクス笑っている姿にホッとする。
「それにしても、ついに地球外生命体に遭遇だよ。この子を地球に連れ帰れれば億万長者だね」
完全に目がお金マークになっている親友の様子に呆れつつも彼女が無事でよかったと心の底から思う。心なしか私が気を失う前よりかは顔色がいいみたいだ。寒かったのもあるだろうけど、恐怖も少し落ち着いてきたのかもしれない。
「それで、わかったことがあるんだけど聞いてくれる?」
少しだけまじめな表情になって光紗ちゃんは私に向き直る。
「それはいい話? 悪い話?」
「残念ながらどれも悪い話ね。いい話はさっき話しちゃったから」
顔を伏せて首を左右に振る。
「そういわれると聞くのが怖いけど、何?」
「どうやらここは地球じゃないみたい。まあ、あの月を見れば一目瞭然だけど。そして、いつまで待っても決して朝は来ないみたい」
光紗ちゃんの説明によるとこの星は自転軸が横倒しになっていて、常に太陽〈地球じゃないから恒星といってた〉に一定方向を向けて回ってるらしい。
地球でいえば、北極が常に太陽に向いていて、いくら回っても日が当たるのは北極だけで他の部分は日が差さないという事らしい。
どうしてわかったかというと一度沈んだ月がまた昇ってきたのに一向に夜が明けなかったかららしい。ちなみに、最初は極夜なのかなとも思ったらしい。
でも、光紗ちゃんによると極夜なら水平線の少し上を一晩中這うように月が回る。
こんな空の高いところに上ってから沈んで逆方向から登ってくるのはおかしいと言う。
この話を聞くと、私はどのくらい気を失ってたんだろうと思った。
「幸い空気は地球と大差ないみたいだね。火が普通に燃えるし、呼吸に関しても問題ないから。火をつけていきなりドカーンとか、爆発とかしなくてよかったよ。あはは~」
「それ、笑いごとじゃないよね? 危ないなあ」
笑ってはいるけどハイライトの消えた目で上を向いている。つけるとき相当怖かったみたい。
「火の燃え方から考えると、呼吸ができるのはいつの間にか体を改造されたとかではないみたい。本当にこの星の環境が地球の空気に近いか同じようにされているんだと思う」
「え? 何、言ってるの……」
今、さらっと怖いこと言わなかった? 確かに普通は他の星が地球とおなじ環境なんておかしい。私達の体が変化した可能性もあったのだ。でもその可能性は否定されたという。
火の色や燃え方に変化がない。もしも可燃ガスが多い環境なら火をつけた瞬間に燃えてしまったり爆発の可能性もあったらしい。
慎重派な彼女だけど、結構危ない賭けをしてくれたみたいだ。
私を助けようといろいろしてくれたのはわかるので感謝しかない。
「あ、マシュマロ焼いたけど食べる?」
そういって棒に刺したマシュマロを渡してくれた。火傷に気を付けて、口に入れる。
甘くてとろとろしておいしい。何気に一日ぶりくらいの食事かもしれない。
「あと、水分と食料がほぼない。二人で最低限とったとしても数日が限度だと思う」
その親友の言葉に今かじったばかりのマシュマロを見つめ罪悪感を覚える。
「今食べてる以外にはもうないの?」
「お茶のペットボトルが三本に二リットル入りの水が一本だけ。相当我慢しても二日ってところかな。食べ物はチョコとマシュマロが一袋ずつ。ガムもあるけど、栄養は取れないだろうからこっちも二日が限度だと思う」
寒さは何とかなった。でも食料も水もほとんどない。これじゃそう長くは生きられそうにない。
「とりあえず、日が差すところまで移動した方がいいと思う。運が良ければ水が手に入るかも」
どうやら、推測だとここはこの星の裏側寄りらしい。恒星側に移動すればもしかしたら液体の水が手に入るかもということだ。それに、光が射せば今よりかは寒さもどうにかなりそうだ。
「でも、方角なんてどうやってみるの? スマホも使えないでしょ?」
ここは未知の星で地図もない。地球でも位置情報は人工衛星やら電波やらがあってやっと知れる。この何もない星でどうしたらいいのかわからない。
「え? 普通に星を見てればどうにかなるでしょ?」
地球でも大昔は星を見て方向を測った。この星でもそうすればいい。そういう理屈だけど。
「でも地球とは星の見え方違うよね。北極星なんてこの星では見えないよ?」
「星座も何も月を見るだけで向かうべき方向はわかるよ。月の明るい側に恒星があるはずだからね」
半分の月が昇ってるおかげでどっちに恒星があるのかわかるらしい。月を正面に見る。その左側が明るくなっているからその方向に歩いて行こうと言われた。
とりあえずの方針が決まり私たちはテントをたたむと歩き出した。
光射す方へ、少しでも生き残る方法を求めて。
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