第102話 時空精霊の正体


「な、何言ってんだナヴィ、お前……」


「マスター。まさか本当にトラックの精霊などが存在するとでも思っていたのですか?」


「なっ……!?」


 そう言って初めて運達の前に姿を現したナヴィはゆっくりとキャンターの後ろについた。


「流石の運もこれには驚いたか」


 キャンターは得意気に言った。


「ならば、もう1つ教えてやろう。このナヴィの正体をな」


 するとキャンターの後ろに立つナヴィが同じ姿のまま2体に分身した。


 キャンターは言う。


「生真面目な時間の精霊クロノス、冗談を好む空間の精霊ゼウス……2人合わせて、双子の時空精霊『ナ・ヴィ』」


「一文字も合ってねぇじゃねぇか!」


 無意識にツッコむが運の表情は暗い。


「探していた存在は、実は最初から隣にいたと言うやつだ」


「嘘だろ……?」


「「申し訳ありませんマスター。ナヴィは初めから、グランドマスターの命により貴方様をサポートしていたのです」」


「黒騎士に情報を流していたのか……オクヤの里で一時連絡が出来なくなったのも……」


「「お察しのとおりです」」


「はは。そういやパラメータ振りの相談をした時もトラック極振りを勧められたっけな……そうか、そう言うことだったのか」


「「他にも、例えばマスターがルーテシア嬢の時空眼に無謀にも突撃して行った時には、止む無く微力を添えさせていただきました」」


「……助けてもらってた以上、文句も言えねぇってか」


「「そんなことはありません。マスターが旅の楽しさを教えてくれた貴方でなければ、手を貸すことはなかったでしょうから」」


「クソ真面目だったり、変にフザケてたり……」


「「本当に楽しかったんですよ……? ラグナ戦の時などは、今度のマスターもここまでかと覚悟までしましたが」」


「俺には頼れる仲間がいたからな」


「「ええ……だからここまで辿り着けた」」


「最初から……これが目的だったのか」


「「……貴方には、ちゃんとした形でお別れをしたかった」」


「ちくしょう……信じていたのに……」


 クロノスとゼウスは揃って顔を伏せた。


「クソッ……!! それもこれも、全部アンタの掌の上だったってことかよ」


 運はキャンターを睨みつける。


「そう悲観するな。お前が通って来た道は間違い無くお前自身のものなのだから……だからこそお前の手元には多くのものが残るのだろう?」


「ちくしょう……」


 運は項垂れた。


「さあ、ではトラックを究極の存在とするため、最後の仕上げをしよう……ナヴィ」


「「かしこまりましたグランドマスター」」


「何だ? 一体何をするつもりだ!?」


「お前のトラックで帝国全土にトラックハンマーを撃つ……帝国の全てを滅ぼしたお前は、遂にレベルカンストに到達するだろう」


「何言ってんだ、俺がそんなことする訳……」


 言いかけた運は言葉を飲み込んだ。恐ろしい程の早さで雷雲が成長していたからだ。


「うそ……お兄ちゃん、雷雲が膨らんでるよ……?」


「運殿、こんな所でそんな技を使ったら大変なことになってしまいます!」


「解ってる! 解ってるんだが……止められねぇ……ナヴィ! お前の仕業か!」


「「申し訳ありませんマスター。全ては究極のトラックのため、グランドマスターが神なる座標に辿り着かんがため……」」


 雷雲は圧倒的な速度で帝国全土を覆い尽くした。


「やめろ! 社長! アンタ間違ってる! 人間が好きなんじゃねーのか!」


「だが、所詮は0か1だ」


 キャンターは冷徹に言い放った。


「やれ、ナヴィ」


「やめろォーーーッ!!」 


 そして、雷槌の落ちた帝国は一瞬で滅びた。


 サキユ大聖堂ただ一つを残して。


 膝を地に付け崩れる運。


「さあ運。今のポイントを全てトラックに振って貰うぞ」


 運に近寄り、絶望に暮れる運の手を取ってナビ画面を操作するキャンター。


「これで極振り完了……ついに、ついに完成したぞ……」


 キャンターは神像を背後に、両手を広げて悲願を述べた。




「神のトラック、プロフィア……」




 そして崩れたままの運を憐憫に見るキャンター。


「運……お前は実に優秀な社員だった」


「……ざけんな」


「よせ。お前のトラックは既にナヴィごとオレの支配下にある。抗いようが無いことくらい解れ……安心しろ、変な気さえ起こさなければちゃんとアン王国まで送ってやる」


「……ふざけんなよ」


「……気持ちは解る」


 キャンターは運の肩に手を置いたが、運はそれを振り払った。


「そのトラックは俺達のトラックだ。会社の物じゃねぇ!」


「何を今更」


「会社のトラックはガソリンで動くんだろ!? あっちの世界に置いて来たはずだ!」


「……」


「それにそのトラックを良く見たか? 何が究極のトラックだ! シートには久遠が溢した飲み物の染みがある、荷台には五十鈴に斬り付けられた傷がある!」


 久遠と五十鈴はキョトンと目を合わせた。


「そういやダイナに身体を貫かれた後、変な傷が増えてたりもしたな……ルーの時空眼じゃナンバーの数字が歪んじまったし、ゾエに突撃しまくったせいかバンパーも曲がってらぁ」


「お、お兄ちゃん? 皆、悪気はなかったんだよ?」


「私達、実は運殿のトラックを汚したり傷付けてばっかりですね……」


 困惑の表情で久遠と五十鈴は語る。


「……だが、それも良い思い出だ。俺達のもんだ」


「それがどうしたと言うんだ」


「ナヴィ。お前、旅の楽しさが解ってきたとか言ってたよな?」


「「はいマスター」」


「お前も、俺達の大切な仲間なんだぜ? このトラックは、お前のトラックでもあるんだぜ?」


「「……」」


「また一緒に旅に行こうぜ。戻って来い。凄ぇ楽しい世界を見せてやるよ……だからナヴィ」


「耳を貸すなナヴィ!」


 キャンターがそれを遮ろうと手を挟むが、その手を抑え込んで、運はナヴィに向けて叫んだ。


「俺の元に来いっ! ナヴィ!」


「ふざけるなっ!」


 キャンターが腕を振り払うと、トラックと共に全ての力を失った運はいとも容易く後方へと吹き飛ばされた。


「お兄ちゃん!」


「運殿!」


 運は久遠と五十鈴によって支えられた。


「この期に及んで見苦しいぞ! 運!」


「それぐらいで良いんだよっ!」


「なんだと……?」


「1人で歩いて行くだけの社長の旅が楽しそうか? 違うだろ、色んな奴等と出会って、苦労も苦難も乗り越えて来たからこそ、お前も楽しいと思ったんだろ!?」


 そして目元を緩めて言った。


「もう一度言うぞ? 俺と共に来いナヴィ。そうすれば……世界中の楽しみを少しだが、お前にやろう」


 しばしの静寂の後、その声の主は言った。


「まったく。マスター、貴方と言う人は……」


 そして、1人の精霊がキャンターの背を離れ、運の背後に回った。


「来たか、ナヴィ」


「はいマスター……ですが、私がどちらの精霊であるか、解りますか?」


「時間の精霊、クロノスの方だろ?」


「正解です。ですが、どうして解ったのですか?」


「そういうのを確認してくる真面目そうなところだよ。どうした? 今まで生真面目にやってきた分、俺に絆されちまったか?」


「どうやらそのようですね……言っておきますが私も女性型、責任は取ってくださいね?」


「ああもう解った引き受けてやるよ!」


「それならばこのナヴィ、どこまでもマスターにお供いたします」


 運のボルテージは右肩上がりだ。


「なら聞くぜナヴィ! 俺様はこれから社長と戦う! 勝率はどれくらいだ!?」


「もちろんマスター、100パートリリオンですっ!」


「当たり前だっ! ブチかますぜっ!」


 と言ってる裏で久遠と五十鈴は。


「いや、めっちゃノリの良いとこ悪いけど、それ1兆分の100しかないよね……?」


「ノンノン久遠殿。ここはもうノンストップの勢いです! 乗るしかない、このビッグウェーブに! ですっ!」


 そうこう言っている間にクロノスの力を以てトラックは運の手元に戻ってくる。


「さて社長、トラックは返してもらった。これで五分と五分だぜ?」


「おのれ……日野運……」


「はは、社員をボロ雑巾のように捨ててやるって顔になってんじゃねーか。アンタ、素を出した方がラスボスっぽいぜ?」


「まさか、運がこのオレに逆らうとはな……」


 キャンターはその表情を隠すように静かに黒騎士の兜を被った。


「決着をつける時だ、社長」


「後悔するぞ……暗黒王」


 両者は激しく睨み合って構えた。

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