第101話 究極のトラック


 それから数日後、トラックは久遠と五十鈴を乗せてサキユ大聖堂を目指していた。


「ねぇお兄ちゃん。本当に間違いないんだよね?」


「どうか、思い違いであって欲しいです。あの方は、戦争を嫌ってきたお方」


「だが、俺達にこう言ったんだ。全てを終えたらここへ来い、と」


 そう言って運は目の前にそびえるサキユ大聖堂を見上げた。


「マスター、目的地に到着しました」


 ナヴィが言った。


「ああ……行くぞ、みんな」


 運は迷うことなく、大聖堂の大階段を登り始めた。




 サキユ大聖堂はその日、人気が無く静まり返っていた。


 足音を響かせながら堂々と、3人はその中心部まで辿り着いた。


 そこには日の光を背後に称える大きな神像と、漆黒の鎧を纏う男が1人、立っていた。


「待っていたぞ、運」


 鎧を纏う男、キャンターは言った。


「多くのトラック運転手をここエヒモセスへと呼んだ……戦場を渡り強き者を探した……だが、最後にオレの目の前に立つ奴はやはりお前だったか」


「やっぱり、アンタだったのか」


「驚いたか?」


「予感はしていた」


「どうして判った」


「前にも言ったろ? アンタのことは良く見てきたんだ……身振り、手振り、雰囲気、後ろ姿、歩き方、足音……黒騎士の鎧の上から判ることはそんなところか」


「他にもボロを出していたのか?」


「アンタが枢機卿として俺達の前に現れた時から、オクヤの里で戦った時に聞いた声にも繋がりを感じていた」


「あんな一言でか」


「俺にとっちゃ、アンタはそういう存在だったんだ」


「……黒騎士としてお前の前で声を発してはならない。オレの勘は正しかったか」


「大体、あんなに強いトラック乗りがゴロゴロいる訳もねぇし、アンタだって、魔王を倒した時点でこうなることを予測して、全てを終えたらここへ来いと言ったんだろう?」


「そうだ」


「だが、最後まで理由が解らなかった……争いを無くしたいと言った社長と、オクヤの森を焼いた黒騎士。どっちが本当のアンタだったんだ?」


「両方ともオレだ」


「どうしてそんなことを」


「究極のトラックを作り上げるためだ」


「究極のトラック、だと……?」


 キャンターは口の端を吊り上げて笑った。


「オレはな運。人間が好きなんだ。だが同時に、嫌いでもある」


 脈絡の無い唐突な話に運は首を傾げた。


「人を愛し育て、歴史を作る。その人間の、世界の営みを見るのが好きなんだ……だが、オレ自身がその中に入ってしがらみに囚われるのは、堪らなく嫌いだった」


 運はただ言葉を待った。


「だからオレは独り、神なる座標に辿り着きたいと願った」


「ははっ……社長アンタ、イカレちまったのか?」


「お前も真理を見たのなら、そこに高次元体の視界が存在することも知っているはずだ」


「……そこへ行って何をするつもりなんだ?」


「何もしないさ」


「? それじゃあそれこそ、何のために?」


「言っただろう? オレは世界の営みを見るのが好きだと……オレはそこで何ら干渉することなく、されることなく、静かにそれを見守っていきたいだけだ。我が物にしたい訳でも、破壊したい訳でもなく、ただ、何もせず」


「なら、好き勝手に行きゃあ良いじゃねーか」


 キャンターは首を横に振った。


「行けなかったのさ……」


「アンタでもか」


「次元の海は、まるで水圧のように深く潜れば潜る程強い負荷が掛かる……オレのトラックでは、それに耐えることが出来なかった……だが、あと一歩のところだった」


「じゃあもう少し頑張れば良いじゃねーか。今からでも」


 キャンターはまた首を横に振った。


「オレはレベルカンスト、これ以上の能力値は望めない……惜しむらくは、初めての転移直後、生き延びるためとは言え身体強化に僅かな能力値を割いてしまったこと……気付いた時には遅かったよ。神なる座標へは、極振りトラックを以てしか辿り着けないのだと」


「そんなくだらねぇ理由で……」


「お前に、ゲーム開始直後の選択肢をたった1つ間違っただけで終盤の最強武器が手に入らない理不尽さが解るか!?」


「知るかっ!」


 運は一喝した。


「……が、アンタの考えは解ったぜ。俺にその極振りトラックを作らせようとしたんだな」


「そうだ……そのために、安定した暮らしに浸って旅を止めぬよう、森を焼いた」


「そんな。そんなことのために私達の森を……」


 五十鈴は拳を強く握った。


「一方、アンの戦力が十分ではない頃には、周辺国に武力で潰されることの無いよう配慮もした……焚き付けに出向きもしたがな」


「まるで、育ててやってるとでも言いたげだな……」


「上司とは、そういうものだ」


「はっ! そんな情けない姿を晒して今更上司気取りかよ!? 俺はとっくに退職扱いじゃなかったのか?」


「大切なことを1つ伝えていなかったのさ」


「大切なことだと……?」


 運を上座から憐憫に見下ろしてキャンターは言った。


「お前のトラックは会社の所有物だ。退職する際には返してもらおう」


「な、何を……」


 運は戸惑いを隠せず、反論できなかった。


「当然の要求だろう? お前の乗るトラックは、初めからオレの物だったのだから」


「……そんな。そんなこと今更……」


「安心しろ、タダでとは言わん。お前には働きに見合うだけの報酬を用意した。どんな優秀な社員にも与えたことの無い、破格の報酬をな」


「……」


「考えても見ろ。今、お前がトラックを差し出したとして、お前の手元に残るものは何だ? 美しい妻達や、今やエヒモセスの半分をも占める広大な領地があるだろう?」


「……」


「もし、トラックを差し出すのであれば、世界の半分をお前にやろう」


 キャンターは闇に誘うが如き邪悪に満ちた表情で運に手を差し伸べた。


「……ふざけんな」


「断ると言うのか? 究極のトラックさえ差し出せばオレはこの世界を去る。今や磐石の布陣となったアン王国に何の不安がある。もちろん元の世界に戻りたいのであれば配慮もしよう……どうだ? もう一度聞くぞ。日野運、トラックを差し出せ」


「……断る」


「何故だ」


「トラックも、俺の大事な仲間だからだ!」


「そうか……ならばやむを得まい」


 キャンターは力無く首を振った。


「ここまでだな、ナヴィよ」


 静まり返った空間にナヴィの声が響いた。


「はい、グランドマスター」

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