第99話 最後の条件


 ことの顛末を伝えに城内に戻った運達は目を疑った。玉座の間に、灰に塗れたカスケディアの身体が横たわっていたからだった。


「大丈夫よ。この子からはオーバーズの力を感じない」


 ラグナの言葉に一同は胸を深く撫で下ろした。


 その時、壁に開いた穴から一陣の風が入り込み、カスケディアの身体に積っていた灰を巻き上げた。その灰は薄っすらとトラ仙人の形を成しながら運達に語りかける。


「ありがとう、暗黒王よ」


「老師……すまねぇ、こんな結果になっちまって」


「良い……元よりワシはこの命、差し出すつもりだったのじゃから」


 運は言葉も無く顔を伏せた。


「それよりも暗黒王よ。この期に及んでもう一つ、ワシには新たな頼みが出来てしまった……聞いてはもらえまいか」


「……聞くよ」


 トラ仙人は嬉しそうに微笑むと、横たわるカスケディアを指差した。


「他ならぬ孫娘のことじゃ……」


 それを聞いて運は顔を背けた。


「酷ぇよ……今、確かに生きているこの子を今更そっちに送れって言うのは……やっぱつれぇわ」


「そうではない……ワシも今更、共に連れて行こう等とは思っとらんよ……」


「じゃあ、カスケディアの気持ちはどうするつもりなんだ?」


「フ……どうやらワシは、またしても孫の気持ちを酌み違えるところじゃった……」


「どう言うことだ?」


「カスケディアは、死ぬことを望んでなどいなかったのじゃ……」


「だが、確かにあの時、自らの意思でエターナルホーリーの中にいたはずだ」


「それでも、カスケディアはお主等を羨ましそうに見ておったよ……」


「だが、生きていることが辛いと……」


「そうではない……1人で生きていることが辛い、そう言っていたのじゃ」


「1人で……?」


 トラ仙人は深く頷いた。


「暗黒王よ……カスケディアと、共に歩んではくれぬか?」


「それが、老師の最期の頼みなんだな?」


「そうじゃ……お主さえ頷いてくれさえすれば、何も思い残すことなく逝ける」


「……解った」


 その返事を聞いて老師は嬉しそうにその身を風に溶かそうとした。


「おっとそうじゃ。お主に肝心なことを伝え忘れておったわ」


「今度は何だ?」


「お主等も、いよいよ元の世界に戻れる時が近付いて来たようじゃからの」


「老師のお陰でな……鍵を貰って、どうやら俺は次元も開けるようになったらしい」


「オーバーズも無事に手に入れることが出来たようじゃしの」


「あぁ……あとは、何が必要なんだ?」


「……オーバーズが最後ではないと気付いておったのか?」


「以前、社長がまだ他にも条件があるようなことを言っていたのを思い出した」


「そうであったか……」


「教えてくれ、俺達には他に何が必要なんだ?」


「ふむ……実は、ワシもそれを伝え忘れていたことを思い出したのじゃ」


 トラ仙人はその顎鬚をさするようにして言った。


「良く頑張ったのぅ……次の条件こそ、正真正銘、最後の条件じゃ」


 運は一つ頷いて、トラ仙人の言葉を待った。


「時間と空間の精霊を探すのじゃ」


「時空の精霊か……何処にいるんだ?」


 トラ仙人は首を横に振った。


「遂に、ワシには手が届かなかったよ……じゃが、お主になら」


「そうか……ありがとう、教えてくれて」


「なぁに。貰った恩に比べれば大したことは無い」


 そしてそれを伝え終えたトラ仙人の姿は、いよいよ崩れつつあった。


「……カスケディアが目を覚ますまで、何とか待ってやれないのか?」


 トラ仙人はゆっくりと首を振る。


「大丈夫。ワシはいつでも、見守っておるよ」


 そう言い残して、トラ仙人は風とともに去った。

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