第97話 VS ??の魔王(2)


「お兄ちゃん、五十鈴さん……魔王を、倒したんだね」


 城内に戻った運と五十鈴に久遠は複雑な表情で言った。


「ああ。こんな形になっちまって老師やカスケディアには申し訳ないが、どうしようも無かった」


「運殿、それは仕方がありません……いずれにせよ、暴走していたオーバーズを放置しておくことなど出来ないのですから」


「そうだな」


 3人の視線はエターナルホーリーの中で動きを止めたままの腕輪に集中する。


「残るはこの腕輪、オーバーズだけだ」


「お兄ちゃんゴメンね、私の力じゃ完全に制御できないみたい」


「高次元体の遺物です、無理もありませんよ久遠殿」


「むしろ俺達が魔王と戦ってる間、こいつを抑えていてくれただけでも上出来だ」


「ホント? 良かった……実は、私、もう……」


 魔力を使い果たした久遠は身体を崩し、運はそれを支えた。


「ありがとうな久遠。あとは休んでてくれ」


「しかし運殿、この腕輪はどうやって手中に納めれば良いのでしょう?」


「さあな。あの化け物ごとぶっ飛ばせば良いのか、それともラグナみたいに破壊不能設定されているのか……」


「だとしたら相当に厄介ですね……私達だけで勝てるでしょうか……」


「どうだろうな? もしかすると、勝つとか負けるとかじゃねーかも知れねーがな」


「どういうことです?」


「さっき腕輪が使ったデータドレインって技を見て思ったんだ。こいつ、俺達を取り込もうとしてるってな。だけど、こいつが欲しいのは俺達も一緒なんだ。逆に俺達がこいつを取り込んでしまえば良いんじゃねーかって」


「オーバーズを取り込む……一体どうやって?」


「簡単だ。トラックの最も基本、根源的な機能を使えば良いだけだ」


「トラックの、根源的な機能?」


「ああ……あいつを、荷台に『格納』する」


「なるほど! ……しかし、そう簡単に積み込み作業をさせてもらえるでしょうか?」


「なるべく荷物は丁寧に扱いてぇんだがな……」


 やがてエターナルホーリーの影響下から解放された腕輪は活動を再開する。


「障害ノ殲滅ニ失敗、依リ代ノ消失ヲ確認シマシタ。マタ、オーバーズノ機能ヲ回復。5秒後ニ、リ・プログラム機能ヲ使用シマス。2・1・起動」


 すると腕輪から現れた光が5枚の花びらのように開き、その中心から何かが吐き出されるように生み出された。


「おい……嘘だろ……」


「そんな、これでは私達が戦った意味は……」


 運と五十鈴は戦慄した。その花から生み出された存在は、先程倒した魔王と同じ姿をしていた。それも完全に修復された傷一つ無い状態の身体である。


「依リ代ノ修復ヲ完了、同化シマス」


 腕輪は奇妙な形状のエネルギー体を解き、再び魔王の右腕に装着された。


「コレヨリ障害ノ殲滅ヲ再開シマス」


「あっちは振り出し、こっちは久遠を失った状態かよ」


「更に私も運殿も、少しばかり疲れてしまっていますね……」


 運と五十鈴は一歩引いた。


 が、次の瞬間、魔王も何かに気付いたようにその動きを止めた。


「高速接近スル高エネルギー反応アリ。同位体ラグナト判明。行動目的ノ推測……当オーバーズノ機能停止。……ヨッテ防衛プログラムハ現時点ヲ以テラグナヲ障害ト再認定、最適トナル殲滅手段ヲ検討……終了。最終プログラム、滅ビノ歌ヲ実行シマス」


「また何かおかしなこと始めやがったみたいだな」


「滅びの歌とは、物騒ですね……」


 動きを止めた魔王は、かつてラグナがそうしたようにその姿を鉱物化させ始めた。


「お兄ちゃん、逃げ、よ……? ここにいちゃダメ……」


 久遠が声を振り絞るように言った。


「ああ。確かに、何かヤベー気がする」


「久遠殿の言う通り、ここは一度、城の外に退避しましょう!」


 運達3人は鉱物化を始めた魔王が動かなくなった隙にトラックで死城を脱出し、その上空にて死城の様子を見ていた。そこへ物凄いスピードで近付いて来たラグナが合流する。


「やっぱり……オーバーズの反応がおかしかったから、アンに向かう途中で急いで折り返して来たのよ。運ちゃん。今の状況を説明してくれる?」


「あ……ありのまま今起こった事を話すぜ! 暴走した魔王を倒したと思ったら腕輪が復活させて石像化した。な……何を言っているのかわからねーと思うが……」


「完璧に解ったわ運ちゃん」


「「えぇ~……?」」


「とにかくオーバーズを壊すか、止める必要があるわね」


「壊すのはなるべく避けてくれ、俺達にはオーバーズが必要なんだ」


「何か、良い方法でもあるの?」


「トラックスキル格納で荷台に叩き込む! ただ、それには腕輪に隙を作らせる必要があるんだが……」


「なら、丁度良いかも知れないわね」


「どういうことだ?」


「どうやら腕輪はエネルギーを全て吐き出して、この世界ごと滅ぼすつもりみたい」


「「!!」」


 突如、死城を中心に巨大な花の蕾が膨れ上がったかと思えば、その5枚の花びらはすぐに開いた。


「運ちゃん。花が完全に咲ききって、歌を終えたその時が唯一のチャンスよ」


「解った」


 そしてその花の中心に、魔王の姿をした大きな石像が天を仰ぐように現れる。


「あの石像は、ラグナの時と同じ……」


「そう……運ちゃんが言っていた私の最後の技とは、この滅びの歌だったのね……ゾンビ状態の私もオーバーズの影響下にあったと言う訳、か」


「不味いのか?」


「放っておけば30年前同様、エヒモセスは滅びてしまうでしょうね……でも安心して、私がそうはさせないから」


「だが、30年前と同じだとすれば、ラグナはそこで……」


「あら、心配してくれるだなんて素敵よ運ちゃん。でも、30年前と同じ結果にはならないわ……だって、私は今、1人じゃないんだもの」


 そう言ってラグナが視線を投げた先から近付くものは。


「おぉ~ぅい! ママ、速いよぉ~う!!」


「まだまだね、ダイナ」


「そんなぁ~……あれ? ご主人様も一緒?」


「ほらほら、呑気なこと言ってないで。旦那様のお役に立てる時が来たわよ。私と一緒にあのお花の力を抑え込むの」


「ええっ!? 着いたばかりなのに、いきなり!?」


「頑張ったら、きっと沢山可愛がってもらえるわよ?」


「う~ん、じゃあボク、頑張るよっ!!」


 そう言ってラグナとダイナは死城に出現した巨大な花と石像に向かって飛んで行った。


 石像となった魔王は花の中心で艶かしく天を仰ぐように踊っていたが、やがて全ての準備を整えて音声を発した。


「最終プログラム、滅ビノ歌ヲ起動……エヒモセスノミナサン。残念デスガ、サヨウナラ」


 そして放たれる破滅の光。それは死の紋様が刻まれた円環の光となって周囲に放たれた。


「ダイナ、波長を合わせて!」


「うんっ! ボク頑張るよっ!」


 ラグナとダイナは踊る魔王の石像の周りを旋回しながら、破滅の譜面に合わせて次々と放たれる円環を防ぎ続けた。やがて魔王の歌は終わり、石像は動きを止めた。


「魔王の動きが止まった……やったか!?」


「待ってお兄ちゃん! 今度は花びらから何か出て来た!」


「あの石像は……人の姿のラグナ殿にそっくりですね」


「なるほど、腕輪に残されたラグナの記憶って訳か……厄介だな」


 新たに生み出されたラグナの石像からも同じように破滅の歌が紡がれる。そしてその舌の根も乾かぬうちに、次の花びらからまたしても女性型の石像が現れる。


「2枚目の花びら……まさかこれ、5枚全部続くのかよ?」


「あれは誰だろう……? すっごく綺麗な女性ひとだね……」


「もしかすると、彼女が魔王ヴェルサティスだったのかも知れませんね……」


 次いで3枚目の花びらからはオーロラのようになびく長い髪にメビウスの装飾を身につけた乙女の石像が現れる。


「きっと他にも、腕輪の犠牲になった人はいたんだろうな……」


 4枚目の花びらからは幼い女の子の石像が現れる。


「あの姿はきっと、転生前のお孫さん、春子ちゃんの姿なんだろうね……」


 次々に生みだされる美しい女性像は滅びの歌を歌いながら腰をくねらせ艶かしく踊り続け、その間をゆっくりと2体のドラゴンが飛び回っている。


「なんと美しい光景でしょう……世界が滅びるかどうかのこんな時でさえ、心を奪われてしまいます」


 五十鈴がそう呟いた。


「解るぜ五十鈴、とても現実の光景とは思えんが……神々しさすら感じてしまう」


「そうだね……私にも、まるで女神様が踊っているように見えるよ……」


「滅びるからこそ儚くも美しい……そんな気にさせてくれますね」


 3人は上空からその光景を恍惚の表情で眺めていた。


「お兄ちゃん、五十鈴さん。いよいよ最後の花びらだよ……」


 そして最後、5枚目の花びらから生まれ出た石像に3人の視線は釘付けとなった。


「「トラ仙人じゃねぇか!!」」


 一瞬にして神々しさを吹き飛ばしたジジイの石像も妖艶に踊り、やがて、全ての石像は天に手を差し伸べながら、その動きを完全に静止した。


「今よ! 運ちゃん!」


 上空に向けてラグナが叫んだ。


「ああ! 任せろっ!」


 力強く応答した運は、すぐさま上空からトラックを飛ばした。


 一直線に花の中心、魔王の石像が突き上げる右手に向かい、荷台を滑らせるよう仕向けた。


「トラックスキル! 格納!!」


 開いた荷台の扉から、死城より生える巨大な花ごと吸い尽くすかのような大気のうねりが生じ、徐々にヒビ割れていく石像から零れ落ちた腕輪を吸い上げる。


「大丈夫だ。俺が大事に、運んでやるからよ……」


 誰に言うでもなく運は呟き、やがて、腕輪はトラックの荷台へと格納された。

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