第96話 VS ??の魔王(1)


 エターナルホーリーの光に包まれて、トラ仙人とカスケディアの表情は綻んだ。


「カスケディア……いや、春子や。ようやく終われるな」


「うん。そうだね……」


 カスケディアは一目、運達を見た。


「どうした? 遣り残したことでもあるのか?」


 カスケディアはそれを振り払うように首を横に振った。


「ううん。1人で生きていたって辛いことしかなかったから……ラクになれるのは嬉しいよ?」


「そうか……」


 トラ仙人とカスケディアは光の中で抱き合いながら、意識が薄れるのを待った。


 その時だった。突如カスケディアの瞳の色が失われた。


「不正検知。不正検知。正規の方法以外で当オーバーズに対する介入が確認されました。この操作が誤りである場合は、当メッセージ終了後30秒以内に、管理者コードを入力のうえシステムを停止してください。そうでない場合は、セキュリティに問題が発生しているため、当オーバーズによる防衛プログラムを実行します。なお、防衛プログラムの実行にあたっては、端末の処理性能によりエラーが生じる恐れがあります。当世界が強制終了される場合がありますことをご承知置き下さい……ピー!」


 その場違いなアナウンスに一同は言葉を失った。


「な、なんだ、今のは……」


「私達に向けたメッセージ、じゃないよね……」


「もしや、高次元体とやらに、でしょうか」


 運、久遠、五十鈴は3人で顔を見合わせた。


「オーバーズが悪用されないよう使用者を消そうとしてる……なんて無いよな?」


「端末の処理性能ってどういうことっ!?」


「エラー……? 世界が強制終了……?」


 3人が混乱している時だった。


「ぐっ、身体が……」


 ドサリと音を立ててカスケディアの隣にいたトラ仙人が崩れ落ちた。


「トラ仙人さん!」


「ちょっと待て久遠!」


 倒れたトラ仙人に駆け寄ろうとする久遠の肩を運が引き止めた。


「どうしてお兄ちゃん! トラ仙人さんが!」


「……どうやら、人の心配をしている場合じゃないようだぞ」


「久遠殿、私達も気を引き締めねばならぬようです」


 緊張した面持ちで運はトラックのエンジンを始動し、五十鈴はその背後に無数の武器を展開して構えた。


「30秒を経過しました。これより防衛プログラムを実行します」


 とてもカスケディアのものとは思えないノイズ混じりの声を発しながらも、その角はうねって伸び、背中の翼は禍々しく広がり、魔王としての姿は禍々しく変貌を遂げていく。


「悪いが動き出す前に片付けるっ!!」


 誰よりも早く運がフォークリフトモードで飛び出し、ワイパーブレードを魔王の胸に突き刺した。その剣は左胸の心臓の位置を貫通していた。


「障害ヲ確認、排除シマス」


 しかし魔王は何事も無かったかのようにその左手に黒い剣を出現させ、運に振り被る。


「ほんとに不死なのかよ!」


 運は慌ててもう片方の剣でそれを受け止める。


「運殿っ!!」


 すかさず加勢に入った五十鈴が魔王の左手を切り落とし、更にはシルフの力で無数に操った伝説の武器を四方八方から魔王の身体に突き刺した。


「障害ノ抵抗ヲ確認。オーバーズノ機能ヲ使用シマス」


 魔王は右手を運に差し向けると、その手首に腕輪を出現させた。


「なんだ? これ」


 武器の姿では無いその腕輪に運の警戒が一瞬薄れた。


「データドレイン」


「運殿っ!」


 魔王から発された言葉に薄ら寒さを直感した五十鈴が瞬時に身を翻し、運に向けられた右手ごとその腕輪を跳ね飛ばした。


 すると次の瞬間、宙を舞っていた右手の腕輪から鋭い光線のようなものが発せられ、その光は直線上にあった死城の壁をすり抜けて空へと抜けて行った。


「すまねぇ五十鈴、助かった」


「いえ。しかし妙ですね、当たった壁には何の影響も無いなんて」


「だが一瞬、背筋が凍るような思いだったぜ。何だったんだ、あの腕輪は」


「もしかして、あの腕輪がオーバーズだったりするのでしょうか?」


「そうか! ならあの腕輪を回収すれば!」


 そして2人の視線は切り落とされた魔王の右手に向かった。


 が、地に落ちた右手には既に腕輪は装着されていなかった。


「お兄ちゃん五十鈴さん! 前っ!!」


 運と五十鈴の視線が魔王から落ちた右手に移った一瞬のことだった。未だその心臓を貫かれたままの魔王の背後に奇妙な物体が出現していた。


 その物体は腕輪を中心に左右対称となる球状のエネルギー体を持ち、総じて鉄アレイのような形状をしていた。


「データドレイン」


 完全に無防備となった運に向け、その奇妙な物体から再度光線が放たれた。


「しまっ……!!」


 回避不可。そう見えた瞬間、運の身体を突き飛ばすように一つの影が割って入った。


「暗黒王よ、孫を、頼むぞ……」


 運をその光線の射線上から逃がしたのはトラ仙人であった。トラ仙人はその光線に貫かれるや否や、その姿を衣類を残して完全に消滅させた。


「老師……?」


 床に落ちたトラ仙人の衣類を見て呆然とする運。


「運殿、危険ですっ! 一度離れますっ!」


 五十鈴はそんな運の身体を風魔法で包み込むと、即座に久遠の元まで魔王から離れた。


「エターナルホーリー!! あの腕輪と魔王を切り離して正常に直すっ!!」


 そしてそれと入れ違うかのように久遠の魔法がその場に残された魔王と奇妙な物体を包み込んだ。


「異常発生、異常発生。オーバーズノ機能ニ問題ガ生ジマシタ」


 両手を失い、無数の武器に身体を貫かれながらも無機質に声を発する魔王の身体。


「何だよデータドレインて。吸うのは命なんじゃなかったのかよ。老師は不老不死、無限の命があるんじゃなかったのかよ。馬鹿にしやがって……命なんて、俺達の存在なんて、たかがデータだとでも言うつもりか……?」


「お兄ちゃんしっかりして! 早く何か手を打たないと!」


 両手を前に魔法を放ちながら久遠は叫ぶが、その声は運に届かない。


「コレヨリ依リ代ヲ用イテ障害ノ殲滅ヲ開始シマス」


 魔王の身体から禍々しいオーラが解き放たれ、それらが形を成して失われた両腕の機能を補っていく。その新たに生じた黒い両手には再び剣が握られ、またその身体に無数突き刺さっていた武器は朽ち果てるように溶けていった。


「ふざけんなよ。俺達がやってきたこと全部、そんな一言で片付けられてたまるかよ」


「運殿! 来ますっ!!」


 身体に突き刺さった枷が全て溶け切った魔王は3人に向かって飛び出した。


 呆然とする運に代わりそれを受け止めたのは五十鈴だった。


「うおおおおおおっっっ!!!」


 五十鈴は剣技、魔法、精霊、多重武器と、持てる全ての力を用いてそれに抗ったが、打ち合うこと数十合の果てに遂に吹き飛ばされて玉座の間の壁に打ち付けられた。


「お兄ちゃん早くっ! 何か手をっ!」


 腕輪を押さえつけるホーリーで精一杯の久遠は身動き出来ないまま叫んだ。


「障害ヲ確認、殲滅シマス」


 五十鈴を跳ね除けた魔王は次いで久遠に向けて飛び出した。


「嫌っ!!」


 久遠はたまらず目を閉じたが、魔王の剣は久遠に届く前に止まった。魔王の剣を遮ったのは再び瞳に力を取り戻した運だった。


「違う……例えこの世界が高次元体が生み出した世界で、俺達がその箱庭の中のデータであったとしても、今俺達が感じている気持ちや、歩いてきた道のりは全部俺達のもんだ。たかがデータだなんて言わせねぇっ!」


「お兄ちゃん!!」


「久遠、エターナルホーリーで大変なとこ悪いがヒール頼めるか? 突き刺したまま溶かされちまったワイパーブレード1本分だけで良い」


「解ったよ! ヒール」


「サンキュー」


 そして出現させた2本目の剣を重ねて魔王の攻撃を押し返す運。


「五十鈴! 倒れてっけど聞こえてんだろ! これから最後の攻撃を仕掛ける!」


「どうするのお兄ちゃん? 相手は不死身の魔王だよ!?」


「こんな狭いところじゃトラックで戦えねぇ……だから魔王ごと城の壁ブチ抜いて、二度と再生出来ねぇよう細切れにして、仕上げにトラックで異次元に吹き飛ばしてやる!」


「異次元に吹き飛ばすって……お兄ちゃん、次元を開けるの?」


「ああ。さっき老師にこいつを託された」


「それは……トラ仙人さんの軽トラの鍵?」


「だな。良く解らねぇが老師は次元を開けていた。なら、俺にも出来るだろ」


「ぶっつけ本番もいいところだね」


「だが、やるっきゃねー!」


 運はありったけの力を込めて剣を振り払い、魔王を吹き飛ばした。


「さぁワイパーブレード、魔王にこびり付いた汚れを落とす時間だぜ。トラック二刀流! インターミット・ゼロ!」


 繰り出された双剣による攻撃は城の壁ごと魔王の身体を吹き飛ばし、その身体を刻む。城外へ飛び出すや否や魔王は翼を広げて上空へ逃れるが、運もそれを見逃さなかった。


「もっと速くっ! インターミットスターバーストストリームッ!」


 弾け飛ぶようなスピードで魔王に追随し繰り出される双剣の16連撃。


「ダメッ! お兄ちゃん! 完全に削り切れてない!」


 それでも高速修復する魔王の身体に運の攻撃は決定打を与え切れなかった。


「大丈夫だ。五十鈴がいる!」


「え? だって五十鈴さんはまだ城内に倒れてて……」


 久遠が視線を向けると確かに魔王に弾かれた時のまま五十鈴が倒れていた。


「さっきからハザードランプが点いてたの気付いてたか? とっておきの呼び出しスキルを見せてやるよ!」


 運は攻撃の手を休めぬまま詠唱を始めた。


「アンからお越しの五十鈴さん。ハザードランプが点いたままとなっております。至急お車までお戻りください……ハザードリコール!」


 瞬間、久遠の目の前から五十鈴の姿が消失した。そして五十鈴は臨戦体勢のまま運の目の前に突如出現する。


「「スイッチ!」」


 運と五十鈴の完璧に息の合ったコンビネーションにより、魔王への攻撃は一瞬たりとも絶えることなく五十鈴へと引き継がれる。


「必ず決めますっ! 百花繚乱・闘剣乱舞! 降り注げっ! 流星剣!!」


 次々と召還された武具の流星で隙が生じた魔王にトドメとばかりに五十鈴は向かった。


「最終奥義! 一之太刀ひとつのたち!!」


 その一太刀はたちまちに魔王の身体を霧散させていく。


「今だ離れろ五十鈴! トラックで決める!」


 最後の攻撃準備をしていた運の合図で五十鈴は素早くその身を引く。


「俺のトラックが光って唸る! 魔王を倒せと輝き叫ぶ!!」


 そのトラックは眩い光に包まれながら崩れ行く魔王の身体に突撃する。


「必殺!! シャァァイニングゥ・トラァァァーーーッック!!」


 その一撃によって魔王の身体は修復の余地無く完全に吹き飛んだ。

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