50.閑話/トライエ領主の晩餐

■50.閑話かんわ/トライエ領主りょうしゅ晩餐ばんさん


 とある日曜日にちようび夕刻ゆうこく


 トライエにも領主りょうしゅがいる。

 メルリア王国おうこくゼッケンバウアー伯爵はくしゃく

 ゼッケンバウアー伯爵はくしゃくりょうりょうがトライエだ。

 ラニエルダはこのトライエ市外しがいすなわち城壁じょうへきそとにある。


 雑多ざった都市としであったトライエを強固きょうこ城塞じょうさい都市としつくえ、その城壁じょうへきない市制しせいいた。

 これをもって「トライエ」とならわす。


 それもかれこれ50ねん以上いじょうまえはなしだという。

 げん伯爵はくしゃく先々せんせんだいのころらしい。


 しかし城壁じょうへきないけっしてひろいとはいえない。


 野菜やさいおおくをそと農村のうそんから輸入ゆにゅうしている。

 そしてにくはいつも不足ふそくしていた。


 領主りょうしゅトーマス・ゼッケンバウアーは今日きょう夕食ゆうしょくはこばれてくるのをながめていた。


 すでに食堂しょくどう祭壇さいだんには聖水せいすいしろパン、にくがセットでかれている。


「ラファリエールさまへ、日々ひび感謝かんしゃささげます」

「「「毎日まいにち見守みまもってくださり、ありがとうございます。メルエシール・ラ・ブラエル」」」


 領主りょうしゅひくこえつづき、奥様おくさま子供こどもたちも聖句せいくとなえる。

 奥様おくさまのキャシー、10さい長女ちょうじょマリエール、6さいになる次女じじょエレノアだ。


領主りょうしゅさま本日ほんじつのパンにはこちらのノイチゴジャムをお使つかいください」

「ノイチゴか、ジャムになるのか? たことがないんだが」

「はい。騎士きし一人ひとり城下じょうかつけまして、お土産みやげかえったものです」

「ほう?」

「なんでもひがしもんそとにあるドリドン雑貨店ざっかてんなるおみせ数量すうりょう限定げんていであったそうです」


 イチゴは市内しないにもえているにはえているが、ジャムをビンにめられるほどに群生ぐんせいはしていない。

 そのためリンゴジャムやブドウジャムはたことがあるが、ノイチゴジャムはたことがなかった。

 そとのスラムがい河川敷かせんしきにはえているが、市内しない人間にんげんにとってじょうもんそとというのはモンスターが危険きけん地帯ちたいという認識にんしきなのだ。

 よくそんなところにスラムのひとんでいると内心ないしんおもっている。


「ふむ、どれ」


 領主りょうしゅはパンにジャムをたっぷりった。

 半透明はんとうめいなイチゴジャムはるからに美味おいしそうだ。

 それを奥様おくさま子供こどもたちも真似まねをしていっぱいジャムをった。


「ノイチゴは子供こどものころ、よくってべたな。うん、じつにいいにおいがする」

「ふふ、ちいさいころをおもしますわね、トーマス」

「ああ」


 領主りょうしゅ言葉ことば奥様おくさまこたえる。


 領主りょうしゅかんにはひろにわがあり、一部いちぶにノイチゴも自生じせいしていた。

 これらは意図的いとてきのこされており、おも子供こどもたちのおやつになる。


 二人ふたりちいさいころ一緒いっしょにノイチゴをってべたことがあるのだ。

 いまではイチゴのように甘酸あまずっぱいおもだろう。


 まとめてってジャムにするという発想はっそうはなかったし、それほどたくさん一度いちどにはみのらない。

 べるといっても、一粒ひとつぶずつなのでりょうすくない。


 パンをべる。


「うむ、うまいな。甘味あまみ酸味さんみのバランスが素晴すばらしい」

美味おいしっ。お父様とうさま、これ、すごく美味おいしいです。イチゴのあじくちいっぱいにひろがって、まるで楽園らくえんです」

「もうエレノア。そんなに? んんんっ、本当ほんとう、すごい、美味おいしいわ」


 エレノアもマリエールもそのイチゴのあじ見張みはる。

 一粒ひとつぶくちれたときよりも、ずっと濃厚のうこう風味ふうみゆたかだったのだ。


 リンゴのジャムもべたことがあるが、これでもかとれてある砂糖さとうけていて、砂糖漬さとうづけのようになっていた。

 それもわるくはないが、砂糖さとうかたまりべているようで、めちゃくちゃあまくて、風味ふうみもなにもない。


 これはまるでイチゴにつつまれるようなにおいがたまらない。

 あまさもひかえめであり、領主りょうしゅったように酸味さんみ甘味あまみ絶妙ぜつみょうなハーモニーはべたことがないほどだった。


 そしてサラダなどをべて、メインディッシュとなった。


領主りょうしゅさま本日ほんじつおおイノシシのヒレステーキにございます」

「ほう、もう鶏肉とりにくにはきてきたからな。それはいいらせだ」


 鶏肉とりにくきたというのも、ほか都市としからしたら贅沢ぜいたくはなしだった。

 ブタにくもたまにべられているが都市としないのブタのかずすくなく、つぶすのをぬししぶるため、めったにくちにすることはない。

 これは領主りょうしゅであってもおなじだ。

 領主りょうしゅ数少かずすくないブタにく独占どくせんしているなどとうわさになったら、うしろからされてもおかしくない。

 ものうらみはこわいのだ。

 わりになににくかよくわからない輸入物ゆにゅうものにくはばかせている。


 にくおおくがヒツジにくわれているが、実際じっさいには魔物まものにくすくなくないりょう流通りゅうつうしている。

 なかにはべるには勇気ゆうきのいる魔物まものにくざっているのが真実しんじつらしい。


 領主りょうしゅ食事しょくじにくばかりというわけにもいかないのが見栄みえというものだし、料理りょうりちょうのプライドでもある。


 はちねんまえ、エルダニアがモンスターのスタンピード――暴走ぼうそうによって壊滅かいめつした。

 エルダニアのおおくの領民りょうみん周辺しゅうへんまち避難民ひなんみんとしてながれてくることになった。


 南方なんぽうでありとなり都市としであるトライエにもおおくの避難民ひなんみんあつまってきた。

 しなどの緊急きんきゅう措置そちはトーマスの指示しじのもとおこなわれたが、治安ちあん悪化あっかおそれて市内しない、つまり城内じょうないへの避難民ひなんみんおもわれる人々ひとびとりを制限せいげんした。


 当然とうぜんとして城門じょうもんまえのこされた避難民ひなんみんは、いたしかたなくじょうもんそとにあばらてて生活せいかつするようになった。


 食料しょくりょう配給はいきゅうながつづいたが、しだいにイルクまめ一本化いっぽんかされた。

 しかししわせは市内しないにもおよび、食糧しょくりょう不足ぶそく深刻しんこくだった。


 とく肉類にくるい非常ひじょう制限せいげんされていた。


 そこでトーマスは領主りょうしゅ主導しゅどうでニワトリ小屋ごや建設けんせつして、たまごおよび鶏肉とりにく生産せいさん強化きょうかした。

 たまごませるためにメスどり飼育しいくしたいのだが、ヒナの雌雄しゆう見分みわけは困難こんなんだった。

 雌雄しゆう混在こんざいのヒヨコをそだてることになり、結果けっかとしてあまったオスどり鶏肉とりにくにされた。


 それが鶏肉とりにく生産せいさんのすべてなので、領主りょうしゅかん以外いがいでは冒険者ぼうけんしゃギルドなど少数しょうすうみせにしか流通りゅうつうしていない。


 領主りょうしゅはその鶏肉とりにく毎日まいにちのようにべられるため、贅沢ぜいたくではあるがもうきてしまっている。


 冒険者ぼうけんしゃギルドの酒場さかばでは唐揚からあ定食ていしょくは500ダリルという一番いちばんやす値段ねだん定食ていしょくべられるが、これは領主りょうしゅ支援しえんがあって実現じつげんしていることだった。

 当初とうしょはや者勝ものがちであったが、いつのにかわか新人しんじん冒険者ぼうけんしゃ優先ゆうせんするという不文律ふぶんりつができ、ベテランはめったに注文ちゅうもんすることはない。

 ベテランはわりにすこたかいラビットの唐揚からあ定食ていしょくなどを注文ちゅうもんしている。

 値段ねだんはラビットのほうがたかいのに、鶏肉とりにくのほうがきな冒険者ぼうけんしゃおおい。


「ヒレステーキは最高さいこうだな」

「はい。これも冒険者ぼうけんしゃちかくのもりでイノシシを仕留しとめてきたものです。なかなかの大物おおものであったときます。さぞかしうでのいい冒険者ぼうけんしゃなのでしょう」


 執事しつじ返答へんとう満足まんぞくそうに領主りょうしゅうなずいた。


「ふむ、そうか。定期的ていきてきにイノシシりをしてほしいものだ」


「おにくやわらかくて美味おいしいね、おねえちゃん」

「そうね。鶏肉とりにく以外いがいのおにくもこうしてべられるのはいいことだわ」


 姉妹しまいもご満悦まんえつ様子ようす最高さいこう部位ぶいのおにく堪能たんのうしたのだった。


 エドたちがってきたイノシシにくはこうして領主りょうしゅ食卓しょくたくのぼり、おおいに領主りょうしゅ一家いっかのおなか満足まんぞくさせるのに役立やくだったという。

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