[総ルビ]異世界転生スラム街からの成り上がり ～採取や猟をしてご飯食べてスローライフするんだ～(web版)

４９．エドのうんち一週間戦争

■４９．エドのうんち一（いっ）週間（しゅうかん）戦争（せんそう）

　そして日（ひ）は過（す）ぎて、次（つぎ）の火曜日（かようび）。

「そっち行（い）ったぞ」

「追（お）え、追（お）え」

「うりゃああああ」

「んだとおおおおおお」

「ていやぁ」

「うわぁ、やられたぁ」

　朝（あさ）の支度（したく）の時間（じかん）帯（たい）が終（お）わって早々（そうそう）、ラニエルダに子供（こども）たちの声（こえ）がする。

「一人（ひとり）になるなよ。ペア以上（いじょう）で行動（こうどう）するんだ」

「「おぉおお」」

　一（いっ）週間（しゅうかん）前（まえ）の火曜日（かようび）。

　俺（おれ）が腹（はら）が痛（いた）くて、ミーニャが外（そと）で『エドのうんち』と言（い）われた元凶（げんきょう）の日（ひ）だ。

　あれから一（いっ）週間（しゅうかん）、ついにラニエルダのあちこちでチャンバラごっこが繰（く）り広（ひろ）げられて、いつもより激（はげ）しい衝突（しょうとつ）が起（お）きていた。

　朝一（あさいち）から攻（せ）め込（こ）まれたらしく東地区（ひがしちく）の中（なか）でバラバラに戦闘（せんとう）が発生（はっせい）していた。

　しばらくすると俺（おれ）たちの周辺（しゅうへん）は静（しず）かになってきた。

「今（いま）のうちにラニアと合流（ごうりゅう）しよう」

「うんっ」

　俺（おれ）もミーニャも冒険者（ぼうけんしゃ）の正装（せいそう）だった。

　服（ふく）を着（き）て胸当（むねあ）てを装備（そうび）して武器（ぶき）を持（も）つ。

「気（き）をつけて行（い）ってらっしゃい」

「「はーい」」

　いつものようにメルンさんに注意（ちゅうい）を受（う）けて家（いえ）を出（で）る。

　子供（こども）の声（こえ）がしない。

　いつもより逆（ぎゃく）に静（しず）かで、なんだか気味（きみ）が悪（わる）い。

　音（おと）が全（まった）くしないわけではないが音（おと）が遠（とお）い。

　あっちのほうで何（なに）かしているのだろう。

　駆（か）け足（あし）でラニアの家（いえ）に向（む）かった。

「ラニア、いるか、大丈夫（だいじょうぶ）？」

「エド君（くん）、大丈夫（だいじょうぶ）」

　家（いえ）からラニアがすぐ出（で）てくる。

　青（あお）と白（しろ）のワンピースだ。

　それに胸当（むねあ）て、そして黒（くろ）い魔法（まほう）の杖（つえ）を装備（そうび）してた。

　完全（かんぜん）装備（そうび）だ。

　北地区（きたちく）の方向（ほうこう）に進（すす）む。

　途中（とちゅう）で負傷（ふしょう）して戻（もど）ってくる子供（こども）を捕（つか）まえて事情（じじょう）を聴（き）く。

「ああ、エド。朝（あさ）から東地区（ひがしちく）に攻（せ）め込（こ）まれて、なんとか押（お）し返（かえ）したんだ。で逆（ぎゃく）に北地区（きたちく）に攻（せ）め込（こ）んだまではよかったんだが、向（む）こうもしぶとくてな。また反撃（はんげき）にあって今（いま）また中間（ちゅうかん）地点（ちてん）で集（あつ）まりだしてる。あそこで全員（ぜんいん）が衝突（しょうとつ）したらヤバいかも」

「そうか情報（じょうほう）ありがとう」

　負傷（ふしょう）した子（こ）は左腕（ひだりうで）を少（すこ）し傷（いた）めたようだけど軽症（けいしょう）だ。

　右手（みぎて）には木（き）の棒（ぼう）を持（も）っていた。

　一度（いちど）戻（もど）ってメルンさんのお世話（せわ）になるんだろう。

　ミーニャも俺（おれ）も実（じつ）はヒールを使（つか）えるんだが、まあいっか。

　一応（いちおう）、黙（だま）っておこう。

　この世界（せかい）にはヒール使（つか）いはあまりいない。

　レアというほどではないが少数（しょうすう）派（は）なのは確実（かくじつ）だと思（おも）う。

　便利（べんり）だし重宝（ちょうほう）がられる。

　中央（ちゅうおう）の緩衝（かんしょう）地帯（ちたい）に到着（とうちゃく）した。

　いつぞやの再現（さいげん）のように、向（む）こう側（がわ）に北地区（きたちく）の軍勢（ぐんぜい）が。

　こちら側（がわ）に東地区（ひがしちく）の軍勢（ぐんぜい）が並（なら）んで睨（にら）み合（あ）っていた。

「おぉおおおおお」

「うぅううぅうう」

　この前（まえ）より鼻息（はないき）を荒（あら）くして、興奮（こうふん）度（ど）も高（たか）い。

　危険（きけん）な兆候（ちょうこう）だ。

　集団（しゅうだん）心理（しんり）で戦闘（せんとう）になると子供（こども）といえども手（て）を付（つ）けられなくなる可能性（かのうせい）がある。

　一（いっ）週間（しゅうかん）、真面目（まじめ）に戦闘（せんとう）した彼（かれ）らは前（まえ）よりずっと強（つよ）い。

　怪我（けが）するかもしれないし最悪（さいあく）、死亡（しぼう）する可能性（かのうせい）もないわけじゃない。

　手（て）にしている木（き）の棒（ぼう）もただの枝（えだ）から削（けず）り出（だ）しの木刀（ぼくとう）に近（ちか）いものにアップグレードされている子（こ）も多（おお）い。

　いつだったかドリドンさんが言（い）っていたはずだ。

『木刀（ぼくとう）舐（なめ）めちゃダメだよ。殺傷（さっしょう）能力（のうりょく）はある』

　冷（ひ）や汗（あせ）が俺（おれ）の首筋（くびすじ）を伝（つた）っていく。

　この緊張感（きんちょうかん）は半端（はんぱ）ではない。

　そこに張本人（ちょうほんにん）の俺（おれ）たちまでいるんだからテンションは最高潮（さいこうちょう）に達（たっ）している。

「エド、ミーニャ、ラニア！」

　俺（おれ）たちの向（む）こう側（がわ）のひとりが名前（なまえ）を呼（よ）ぶ。

「今日（きょう）こそ、決着（けっちゃく）だ。みんなかかれ！」

「「うぉぉおぉおおおおおおお」」

　敵（てき）の子供（こども）が一斉（いっせい）に木刀（ぼくとう）を振（ふ）り上（あ）げて襲（おそ）い掛（か）かってくる。

「ヤメテ！」

　ラニアの必死（ひっし）の叫（さけ）び声（ごえ）が聞（き）こえるものの、それを無視（むし）して進（すす）んでくる。

「うおおぉぉお」

「ていやぁ」

「うりゃぁあ」

　戦端（せんたん）が開（ひら）かれてしまった。

　この状態（じょうたい）から負傷者（ふしょうしゃ）を出（だ）さずに収拾（しゅうしゅう）するのは、至難（しなん）の業（わざ）に思（おも）われる。

　いくら俺（おれ）たちでも、攻撃（こうげき）はできても、人（ひと）を黙（だま）らせる魔法（まほう）とかは使（つか）えない。

「ヤメテエエエ。『ファイアボールぶつけんぞ』って言（い）ったわよね！　忘（わす）れたなんて言（い）わせないわ」

　ラニアが完全（かんぜん）にキレている。

　ちょっと怖（こわ）い。

　訂正（ていせい）。普段（ふだん）おとなしいだけあって、めちゃくちゃ怖（こわ）い。

「紅蓮（ぐれん）の炎（ほのお）よ我（わ）が手（て）の前（まえ）に集（つど）いたまえ――ファイアボール」

　火（ひ）の玉（たま）が、ラニアのすぐ前（まえ）に出現（しゅつげん）する。

　でかくなっていく。

　あれ、なんかでかくね。

　あれ、めっちゃでかいんだけど、これみんな死（し）んじゃいそう。

「みんなヤメテエエエ。うわああんん」

　ボオオォオと炎（ほのお）が燃（も）える音（おと）がする。

　何（なに）が燃（も）えてるのかわからないけど、ここまで熱気（ねっき）が飛（と）んできて顔（かお）が熱（あつ）い。

　ファイアボールは敵陣（てきじん）に命中（めいちゅう）……ということは幸（さいわ）いにもなくて、空（そら）を飛（と）んでいく。

　その巨大（きょだい）な火（ひ）の玉（たま）は空中（くうちゅう）で爆発（ばくはつ）四散（しさん）した。

　炎（ほのお）の玉（たま）から出（で）る熱線（ねっせん）が俺（おれ）たちに降（ふ）り注（そそ）いだ。

「あぅちち」

「熱（あち）ぃ」

　熱（あつ）さはみんな感（かん）じたのだろう。

　一斉（いっせい）に戦闘（せんとう）をやめて、その巨大（きょだい）なファイアボールを見（み）て、戦意（せんい）を喪失（そうしつ）した。

「おっおう」

　俺（おれ）も言葉（ことば）がない。

　腰（こし）を抜（ぬ）かした子（こ）。

　顔（かお）が真（ま）っ白（しろ）になって突（つ）っ立（た）ったまま動（うご）かない子（こ）。

　おしっこをちびってズボンが濡（ぬ）れてる子（こ）。

　一斉（いっせい）に戦闘（せんとう）を放棄（ほうき）して静（しず）かになった。

「あれは、ヤバいな」

「ああ……死（し）ぬかと思（おも）った」

「ラニアちゃんファイアボールぶつけるってマジだったのか」

「怖（こわ）い」

　こうして戦闘（せんとう）は終結（しゅうけつ）することとなった。

　恋煩（こいわずら）いからからかったのが始（はじ）まりだったのだが。

　その恋（こい）もどこかへ吹（ふ）き飛（と）んでいったらしい。

　向（む）こうのリーダー格（かく）の『3番目（ばんめ）の子（こ）』は、なにやら憑（つ）き物（もの）が落（お）ちたようなすっきりした顔（かお）をしていた。

「俺（おれ）たちの負（ま）けだ。東地区（ひがしちく）にじゃねえよ。ラニアの一人勝（ひとりが）ちだ。俺（おれ）は立派（りっぱ）な騎士（きし）になるまでおとなしくしてる」

「ああ、それがいいぞ」

「だな」

　戦意（せんい）を完全（かんぜん）に消失（しょうしつ）した北地区（きたちく）、東地区（ひがしちく）御一行（ごいっこう）様（さま）のうち怪我（けが）をした子（こ）もいた。

　俺（おれ）たちはヒールを解禁（かいきん）することにした。

「んじゃ怪我（けが）したやつ、俺（おれ）とミーニャの前（まえ）に並（なら）んだ、並（なら）んだ。ヒールしてやる」

「おっお前（まえ）、ヒール使（つか）えたのか」

「誰（だれ）かと思（おも）ったら元凶（げんきょう）のエドじゃねえか」

　元凶（げんきょう）とか言（い）うなよ、俺（おれ）のせいではない。

　どいつもこいつもミーニャの前（まえ）に並（なら）んだ。

　一部（いちぶ）、恋（こい）とは縁遠（えんどお）そうな子供（こども）は俺（おれ）のほうに来（き）て素直（すなお）に治療（ちりょう）されていった。

　負傷（ふしょう）した子（こ）はミーニャに手（て）を取（と）られると表情（ひょうじょう）を崩（くず）してうれしそうにする。

　どこか痛（いた）いのだろうに、よくやる。

「大丈夫（だいじょうぶ）？　今（いま）ヒールするね」

「うん」

「癒（いや）しの光（ひかり）を――ヒール」

　ミーニャがヒールを唱（とな）えると緑色（みどりいろ）の光（ひかり）に包（つつ）まれて幻想的（げんそうてき）でさえあった。

　綺麗（きれい）なミーニャの金髪（きんぱつ）が映（は）える。

　こうして見（み）ると聖女（せいじょ）様（さま）だな。スラム街（がい）の子供（こども）たちの聖女（せいじょ）様（さま）だ。

　みんなが惚（ほ）れてしまうのもしょうがない。

「いいなぁ」

「ああ」

　特（とく）に怪我（けが）もない子（こ）はそれを羨（うらや）ましそうに見（み）ているのだった。

　こうして争（あらそ）いは完全（かんぜん）に終（お）わることになった。

　本当（ほんとう）にファイアボールをぶつけられたらヤバい。全会（ぜんかい）一致（いっち）だ。

　そして不名誉（ふめいよ）なことに『エドのうんち一（いっ）週間（しゅうかん）戦争（せんそう）』と名付（なづ）けられたのだった。

　またの名（な）として密（ひそ）かにこう呼（よ）ばれた。

『ファイアボールの戦（いくさ）乙女（おとめ）ラニアちゃんとヒールの聖女（せいじょ）ミーニャちゃんの尊厳（そんげん）を守（まも）るための一（いっ）週間（しゅうかん）戦争（せんそう）』

　まああれだ、酒（さけ）は飲（の）まないが酒場（さかば）の話（はなし）のネタみたいなものだ。

　俺（おれ）？　俺（おれ）が剣（けん）で斬（き）りかかったら相手（あいて）はマジで死（し）んでしまう。

　この世界（せかい）の剣（けん）は西洋（せいよう）刀（とう）風（ふう）の諸刃（もろは）の剣（けん）なので、剣（けん）の腹（はら）で攻撃（こうげき）するならともかく、峰打（みねう）ちができない。

　訓練（くんれん）ならいいけど、本気（ほんき）戦闘（せんとう）での非（ひ）致死（ちし）戦闘（せんとう）は俺（おれ）に向（む）いてない。