ヒトデナシ④

 或るものは米俵に。また或るものは酒樽に。また或るものは木箱に。伊賀のシノビたちは捕えた鬼を荷物へ偽装し、海岸を目指し歩を進めていく。

 否。忍ではなく、忍くずれと云うべきか。戦乱の世、栄華を誇った時代であれば、これ程までに手こずることもなく、そも、このような仕事に手を染める必要もなかっただろう。

 あったのだ。今や絵巻物に描かれるばかりの、荒唐無稽な御業は。およそ人の域から外れた力は。

 しかしそれも今は残り香程度。力を持って生まれてくる者は数を減らし、その力自体も衰える一方。鬼道、外法の類の術を習得することさえ出来ぬ者も増え、今は学術と小手先の技術に頼ることが当たり前になった。

 純粋な身体能力でさえ、かつてと今とでは大きな隔たりがある。今の牛歩がその証左だ。

「……」

 乱れる鼓動と息遣いが何処からか聞こえる。そこに苛立ちと焦燥を抱きながらふすまは牛廻で邂逅した異邦人のことばかりを考えていた。

 過酷な修行を積んできた同胞たちが、ただの一撃で沈められた。

 あるまじき事態だ。加えて命令とはいえ、放置したまま撤退を余儀なくされた。脅威となり得る敵も、同胞の骸も。

 あの目だ。あの目に灯る光が衾をこうも搔き乱す。近年では滅多に見ない人を殺す目だ。

 あの光を宿す者が今、郷に何人いるだろうか。それをこの短期間に二人の異邦人の中に見た。

 衾の胸を乱す焦燥の内、半分は悔しさだった。誰もが一度は英雄を夢見る。自らの名が伝説として残ることに焦がれる。しかし素質が、現実が容易くそんなものを打ち砕いていく。半端に才能など持ってしまったものは特に苦しめられるだろう。

 そしてもう半分は期待だった。海を渡ればかつてのように力を奮える。命を賭して戦える。

 あと少し。あと少しだ。

――おい、そいつはどうした?

 刻一刻と迫り来る夜闇に、鬱蒼と茂る木々が行軍の速度を鈍らせる中、後方からそのような声が聞こえてきた。

――生き残りを見付けたんで連れてきた。隊長は前か?

――ああ。それよりちゃんと隠せよ。万に一つも見付かるなって言われてるだろ。

――ああ。

――それと追手は撒いたか?退き際で異邦人に目撃されたって聞いたぞ。

――問題ない。

「……、――――っ!」

 微かに聞こえる会話に衾は違和感を覚えた。それは痰が喉に絡むような小さなもの。

 足音が一つ、確かに途絶えた。

 追い付かれたのだ。恐らくは先の異邦人に。そして情けないことに、出し抜かれたのだ。

 続々と音が絶えていくことに確信を持つ。後続に荷物を押し付け衾は駆け出した。

総勢百にも満たない小さな部隊。殿などすぐに見え――

「――っ⁉」

 視界を黒が埋め尽くそうと迫り衾は咄嗟に身を捻る。

 刹那、静かな殺気が頬を撫でた。

 体勢を整える間もなく二撃目が衾を襲い、これも辛くも回避。

「……っ⁉」

 しかしそこに隠れて繰り出された三撃目を躱すことは出来なかった。

 視界が黒く染め上げられ、それが意識までをも侵蝕、そのまま沈んでいった。

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