ヒトデナシ③

 連絡を受けたミゲル達と合流し、一行は総出で生存者の捜索と始めた。が、それも虚しく、発見出来たのは無惨な亡骸ばかり。

 唯一発見出来た中年男性のオニも、傷が深く、手の施しようのない状態にあった。

 消えゆく命の中で、彼はスズカに望みを託していった。

 先ず下手人である黒装束の男達の正体について。奴らは山向こうに郷を構える忍者シノビだという。これはアルゴに返り討ちにあった者達の装束、装備を検めたセキエンの証言とも合致した。

 曰く、伊賀のシノビの仕業であると。

 牛廻と伊賀、両者の間にはかねてより交流があったらしく、オニ達は油断から抵抗も儘ならない内に、一方的に蹂躙された。

「今ならみんな助けられるかな」

 急拵えの墓前に手を合わせていたスズカが、そう呟いた。

「行先さえ分かっていれば、或いは」

 アルゴが静かに応じる。しかし他の面々は難色を示す。

「気持ちは分かりますが、無茶が過ぎます。伊賀忍が郷総出でこの件に関わっているとしたら、この人数では到底太刀打ち出来ません」

 セキエンが沈痛な面持ちでそう訴える。

 彼に曰く、伊賀は戦乱の世に於いて特に名を馳せたシノビの一派なのだという。時代が変わり本当の意味でその力が求められなくなった今、衰退の一途を辿っているそうだが、それでもその実力は常人には計り知れない域にあると。

 元より、シノビとは陽動、攪乱を得意とし、そしてこの山は彼らにとっても庭であるのだ。

「一度戻り、勝殿を頼りましょう。藩や幕府、それに氷解塾の力を借りられれば――」

「時間が経てばそれだけ追跡は難しくなるでしょう。海へ出られれば尚更」

 アルゴは静かにしかし鋭く反論する。セキエンの弁は正しい。しかしそれは相手がただの悪党であった場合に限られる。

「それは……」

「先ず、私が倒した二人の内一人は魔術に類似した技を行使していました。オニの郷とも交流があったということは、彼らも何らかの異能、或いは技術を持っている――違いますか?」

 セキエンが首肯する。シノビやオンミョウジや呪術師は起源を同じくする部分があると。

 魔術、異能を用いた隠遁、隠蔽は同じ魔術師であっても発見や追跡は困難を極める。

「加えて相手も魔獣を使役している可能性が高い。セキエン殿にも思い当たるものがあるでしょう。『危険な海棲のヨウカイ』といわれれば」

「っ!はい……」

巨蛸クラーケン』『海后スキュラ』『惑歌セイレーン』八洲や清国近海のヨウカイも含めれば、容易くヒトを殺せる魔獣などいくらでも居る。わざわざ海外にまで手を伸ばすほどの犯罪組織が、それらを一頭も使役していないと考える方こそどうかしている。

「ですので私が奴らを追います。皆さんは戻ってカイシュウ殿へ連絡を。――パーカー」

 呼び寄せられたパーカーはとてとてとアルゴの元へ駆け寄る。

「覚えられたか?」

 その問いかけにパーカーは大きく頷く。アルゴは彼女の手を取った。

「擬態しろ。パーカー」

 指令を受けたパーカーの体がどろりと溶けた。それは繋いだままのアルゴの手を伝い全身を覆っていき、墨を零したように黒く染まっていった。

 伊賀のシノビが一人、一行の前に現れた。

『――⁉』

 静かなどよめきを無視して、アルゴは踵を返す。

「では連絡お願いします」

 そう言い残し、走り出そうとした彼の背に、スズカの声が追い縋った。

「わたしも行く。この山のことなら分かってるから」

「気持ちはありがたいですが、皆さんと一緒に下山してください」

 危険ですので。冷たい声は同行者はおろか、それ以上のやりとりさえも拒絶していた。一瞬怯んだスズカだが、尚も食い下がる。

「わたしを捕まえて追い着いたって方が疑われにくいでしょ?それに、……」

 提案の中で彼女は何かに気付く。アルゴに駆け寄った彼女の顔には、不敵な笑みを貼り付けていた。

「言った筈よ。アンタ達を信じないって」

 その言葉は確かに、彼女から突き付けられた言葉だった。

「わたしの仲間なんだから、わたしが助けるのは当たり前でしょ」

 手を貸しなさい!アルゴの返事を待たず、彼女は威勢よく駆けだした。

「行ってください、アルゴさん!」

 ミゲルが声を上げた。彼は疲労の色濃く滲む顔で、震える膝で立ち上がる。

「今まで全然役に立てなくて、本当に申し訳ないんですけどっ!戦えるわけでもないし!でも、僕ら通信手は出来ます。だから、スズカさんのこと、お願いします!」

 言葉が纏まらず滅茶苦茶になっていることは、彼自身よく分かっているだろう。そこから感じ取れるのは、ただなんとかしたいという熱だけ。

「ええ。――そちらは任せました」

 的外れともいえる言葉をアルゴは咎めない。ただ、その熱に知らず覆面の下の口元は綻んだ。

 そう一言残して今度こそ、アルゴは走り出した。

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