ヒトデナシ①

 スズカの故郷『牛廻うしまわり』までの道のりは山中へ分け入った途端に険しさを増していった。

 セキエンが示した「道」は獣道と呼ぶに相応しいもので、アルゴを除く調査隊の面々は、普段は基地で事務作業や魔獣の世話を担当している者ばかりで、彼らの顔は軒並み疲労で青褪めていた。

 気の毒に思う一方で、アルゴは敢えてそんな彼らを今回の任務に同行させた、組織の判断についても共感するところがあった。

 現在アヴァロンに所属している調査官の中で、アルゴやエリオールのように実地で戦闘などの荒事までをも熟せる者は数えるほどしかいない。正確には大半の者が十分な域にまで育っていない。

 そんな者達を鍛える目的も含まれているのだろう。

「――先は聞きそびれてしまったのですが、スズカさんの故郷が分かったのはどうしてなのですか?」

 ミゲル達に悪いと思いつつも、アルゴは未開の地に対し湧き立つに高揚しきりだった。前を行くセキエンに、僅かな観察だけで郷を言い当てられた理由を尋ねる。

「あくまで傾向に過ぎないのですが、鬼は角の生え方や形、髪や肌質が郷ごとに特徴があるんです。額から前向きに生える角は、牛廻の方々によく見られるので、それで……」

 理路整然としながらも、彼の口調はどこかぽつりぽつりと覚束ない。しかしアルゴはそれを気にすることなく質問を続ける。

「成程、例えば他の郷ではどんな特徴が……」

「ちょっとそこ……っ!」

 背後から叱責するような声が掛かる。アルゴが振り返ると、パーカーの後ろを歩くスズカが彼を、セキエンを睨んでいる。敵意とは別種の感情が視線に宿っているように彼には思われた。

「なん、でしょう?」

「あまり、そういうことを大きな声で話さないでくれる?あと、見るのも、触るのも!」

 アルゴはスズカの頬と耳が仄かに赤くなっていることに気付いた。その言動に理解が追い付き始めたところで、補足するようにセキエンの声が掛かる。

「角は鬼にとって、みだりに触れてほしくない場所なんです。ヒトの目に触れないよう隠したがる方もいます……」

「それは、大変失礼しました!」

 セキエンの口調にも納得がいった。アルゴは深く頭を下げる。

「……別に」

 気恥ずかしさからか、スズカは顔を逸らす。

「郷に着いたら気を付けてよね」

「はい」

 そんなやりとりを続けながら、一行は着実に山を分け入っていく。そして日が頂点を越え傾き始めたところで

「――見付けました」

 セキエンが声を静かに弾ませた。立ち止まった彼の隣に立ったアルゴが見たものは

「……これは?」

 彼が見たものは、苔生した岩のように見えた。

「――あ!」

 それに気付いたスズカが駆け寄ってくる。その表情にはこれまでで最も喜色が濃く表れている。

「アルゴさん、これも妖怪です」

 興奮している様子のセキエン。彼の言葉を半ば奪うようにスズカが声を上げた。

「『土転び』よ!避けた方がいい道にこうして出てくるの」

「ツチコロビ」

「鬼の郷、牛廻が近いことの証拠でもあるんです」

 そう説明するセキエンの横を、スズカ軽やかな足取りで進んでいく。

「すずかさん待ってください!」

「へーきへーき!ここまで来たら私にだって道分かるし!」

 セキエンの制止も聞かず、彼女はずんすん獣道を分け入っていセキエンがそれを追う。追い掛けようと歩き出したアルゴの袖を引っ張るものがあった。

「パーカー、どうかしたか?」

 パーカーはじっと二人が進んでいくその先を見ている。表情の無い顔はそれでも少し強張っているように思われた。

「二人とも止まって!」

 制止の声は鋭くセキエンのみならずスズカの足さえも止める。パーカーの様子からアルゴはこの先に待つ、良からぬ未来を半ば確信してしまった。

「私が先頭を行きます。他の皆さんは少し離れて付いて来て下さい」

 緊張を孕んだ声にスズカの表情が曇る。

「……嫌よ」

「すずかさん?ここは一緒に行動しましょう……?」

 アルゴの懸念は確かに彼女に正しく伝わった。セキエンの宥める声も振り切り、彼女は烈火の如く吼える。

「やっと帰ってこられたの!何かあったなんてゆるさないから!」

 スズカは駆け出す。山中とは思えないほどに速いその背中は、みるみる小さくなり木々の間に溶けていく。

「すずかさん!」

「私が行きます。皆さんはここで。――パーカー、ここで皆を護れ!」

 パーカーに鋭く指示を出し、アルゴは飛び出す。

 異変が現在も続いているなら、その犯人が郷に留まっているなら、スズカもまた狙われる。

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