[総ルビ]滝川海老郎の短中編集

3．トイレから異世界へ (600文字)

トイレ（toilet）から異（い）世界（せかい）へ

　我（わ）が家（や）のトイレ（toilet）は十年（じゅうねん）以上（いじょう）前（まえ）に洋式（ようしき）に改造（かいぞう）された。

　そのトイレ（toilet）に用（よう）をしてレバー（lever）を引（ひ）くと、排泄（はいせつ）物（ぶつ）が渦（うず）になった水（みず）と一緒（いっしょ）に飲（の）みこまれていく。

　まるで異（い）世界（せかい）に吸（す）い込（こ）まれていくようだ。

　そう、あの先（さき）は異（い）世界（せかい）で、彼（かれ）らはこの世界（せかい）からあちらの世界（せかい）へ旅立（たびだ）っていったのだ。

　現実（げんじつ）には下水（げすい）管（かん）を通（とお）り、道路（どうろ）の下（した）の下水（げすい）道（どう）につながっている。

　現実（げんじつ）といいつつ、そこはさながらダンジョン（dungeon）の様（よう）に入（い）り組（く）んでつながっていて、そして最終（さいしゅう）目的（もくてき）地（ち）、下水（げすい）処理（しょり）場（じょう）に到達（とうちゃく）する。

　下水（げすい）処理（しょり）場（じょう）がボス（boss）部屋（べや）ということだな。

　疲（つか）れた日々（ひび）から解放（かいほう）されたくて、俺（おれ）も、排泄（はいせつ）物（ぶつ）みたいに、この世界（せかい）から排除（はいじょ）されて、異（い）世界（せかい）へ旅立（たびだ）ってみたい。

　約（やく）3（さん）メートル（meter）くらいの便器（べんき）だったら、俺（おれ）を飲（の）み込（こ）んで、異（い）世界（せかい）へ連（つ）れて行（い）ってくれるだろうか。

　そんな異（い）世界（せかい）ゲート（gate）みたいな巨大（きょだい）便器（べんき）なんて、どこにあるだろうか。

　毎日（まいにち）、トイレ（toilet）を見（み）て、異（い）世界（せかい）ゲート（gate）だな、とこれを読（よ）んだ人（ひと）が思（おも）うようになるだろうか。

　俺（おれ）は毎日（まいにち）、そう思（おも）っている。いや、今日（きょう）から思（おも）うだろう。

　異（い）世界（せかい）へのあこがれは強（つよ）いが、それを実現（じつげん）した人（ひと）を、誰（だれ）も知（し）らない。

　行（い）ってはみたいけど、実現（じつげん）可能（かのう）性（せい）はないに等（ひと）しい。

　ましてやトイレ（toilet）に流（なが）されて転生（てんせい）したという話（はなし）は、寡聞（かぶん）に聞（き）いたことが無（な）い。

　異（い）世界（せかい）ゲート（gate）はこんなに身近（みじか）にあるのに、なんと寂（さび）しいことだろうか。

　この世界（せかい）が、もっと希望（きぼう）にあふれた、そんな世界（せかい）だったら、楽（たの）しいだろうな、と思（おも）う。

　今日（きょう）も、そうして、トイレ（toilet）で異（い）世界（せかい）を思（おも）う。