第9話 学院入学編③

「おい、なんだその格好。 ほぼ何も変わってねぇーじゃん!」


僕が出てきて早々、ブリッツはまくし立てる。


彼の全身をフルプレートで覆っており、手に持っている剣は刃こぼれなど一切ない美しい刀身で、首にはなんと、魔法のチョーカーまで着けている。


基本的に剣を使って前に出るタイプの戦闘スタイルの人は、全身鎧を着て、頭には兜を被るのだが、この兜はとにかく視界が狭い。


その問題を解決したのが、ブリッツが着けているチョーカーであり、魔力をこめると、鉄の兜と同程度の透明な魔法の障壁を首から頭にかけてまとわせる物である。


この世界特有の魔道具だ。


ただ、かなり高価なためそうそう簡単にお目にかかれるものでは無い。


――ってか、あの剣も指にはめてる指輪も自前の物じゃないか?


何で僕だけ回収されたのだろう。


円形の闘技場には、観客席も設けられており、そこにはまだ試験受けていない、あるいは受け終わった受験生たち、そして未来の新入生たちを品定めに来た、学院の先輩方が僕らを見ていた。


「おいおい、何だあの貧乏臭い格好!」


「やる気ないなら帰れぇ!」


「ブリッツ様ぁ! 早くやっちゃっ下さい!」


当然のようなアウェイ。


「ジャック様! お気張りになって!!」


一際デカく通る声がそういうので、そちらを見ると、あの時の金髪少女……ルティだっけか。 彼女が男らしいガッツポーズを僕に見せていた。


アイツは何で僕を応援してるんだよ――変なヤツ。


ちなみにたまたまその横に座っていた、カイアは顎に手を当て、お宝を鑑定する鑑定士のような鋭い視線を僕に向けていた。


「絶対あっちの方向は見ないようにしよう」


それよりも名家のご子息と戦えるんだ!


きっと強いに違いない!!!!!


頼むから期待を裏切らないでくれよぉ!




僕とブリッツが入ってきた入口の扉が閉められる。


これでもう逃げることは出来ない。


審判らしき人が闘技場に登壇し、片手をあげる。


「両者構え!」


その言葉に合わせて、ブリッツは自前のロングソードを両手で持ち、体の前で構える。


僕は懐から左手で細っこい杖を取り出し、その先をブリッツに向け、右手で腰から果物ナイフを取り出し、首の辺りで構える。


その瞬間、会場は笑いの渦に包まれる。


観客たちは僕の装備を見て指揮棒だの、おもちゃだのと散々な言いようであった。


受験生はもちろん、先輩や先生たちも僕の装備を見て腹を抱えていた。


やはり気になってルティの方を見ると変わらず期待の眼差しを僕に向け、カイアはダメだこりゃというように頭を抱えていた。


ルティお前……こわいよ。


「開始!!」


「死ねぇ!!! 《ファイアーアロー》」


ブリッツは、開始の”か”の字が聞こえた瞬間に魔法を放ってきた。



 ――この距離で火属性のファイアーアロウ?


中距離にいる相手への牽制技としては最悪手だ。


火属性魔法は、属性の中で最も火力が高い。


当たり前だが、火を操るって戦闘において相当のアドバンテージなのだ。


初級のファイアーボールだって、かすっただけで、体に引火し、たちまち燃え上がる。


ただその分、発生は遅いし射程範囲も狭い。


この距離でそんな火属性を使うなんて避けて下さいと言っているようなものだ。


僕は無駄な体力を消費しないように、魔法の当たるギリギリで避ける。


「フン、運よく避けやがったか」


ブリッツは剣を握りなおすと、息を吸い――。


「上級魔法:《ファイアーアーマー》‼」


たちまち、炎がブリッツの体を覆った。


観客席から驚嘆の声が上がる。


これには僕も驚き……とうか感動の方が多かった。


この歳で上級魔法を使えるなんて、かなりの才覚だ。


だけど――――。


なんだこの、下手な魔力配分は。


一見、炎で全身を覆って隙の無いように見えるが、よく見ると魔法の炎が行き届いていない箇所がいくつも見受けられる。


それに、ケガを負っても致命傷にはならない箇所にも急所と同じくらいの炎をまとわせているため、魔力消費が無駄に多くなってしまっている。


っていうかそもそも――。


「マジックバレッド!」


今度は僕が牽制としての魔法を放つが、ブリッツは魔法障壁などを展開することなく、正面からその魔法を受ける。


もちろん炎の鎧のおかげで傷一つついていない。


「《ファイアーボール》」


炎の鎧によって何倍にも威力を増したファイアーボールが、僕の方へ飛んでくる。


それを間一髪で躱す。


「おいおい、よけてばっかりじゃなくて戦え!!」


「早く焼け死んじまえ!」


観客席からはそんなヤジが飛んでくるが、それどころではない。


「魔法戦闘の基礎がまっっっっったくできてない」


僕は歯を食いしばりながら、その叫びを押し殺し、小さな声で言った。


わざとタイミングをずらして魔法を放つこともなければ、視線誘導や空(から)魔法(魔力を込めず呪文を唱えて、実際その魔法を放たないという相手を揺さぶるテクニック)でのブラフもない。


呪文詠唱時の呼吸の仕方を鍛錬していないのか、呪文を唱えるとき毎回大きく息を吸う動作をするので、こっちからは魔法が放たれるタイミングが丸わかりだ。


基礎の基礎の基礎の基礎の基礎みたいなテクニックを使ってない。


ザックやエルドはバカだったからわかるけど……こいつはかなりの名家なんだろ。


周りの話を聞くに、ドイシャー家は代々王国騎士団や、Aランク以上の冒険者を輩出してきた超絶名家だって……。


だったらこの程度のこと知ってて当然のはず…………。


バカみたいに魔力を消費しながら放ってくるブリッツの魔法を避けながら、僕は考える。


そして一つの考えに至った。


――まさか、全てがブラフなのか。


自分を基礎中の基礎もできていない雑魚だと、相手に思わせてその隙を突くっていう――。


とすると、ブリッツの言動にいちいち関心している観客たちは……サクラか!


きっと名家でお金があるから、全員買収されてるんだ!!


そう考えると全ての辻褄があうではないか。


ルティが僕のことを応援してるのも、彼女はブリッツと仲が悪かったから、買収を断ったのだ。



「チッ、逃げてばっかでつまんねぇーやつ。 かかってこいよ!!」


ブリッツは魔法を撃つのを止め、剣を構えて僕を挑発する。


その構えも形だけ綺麗なもので、隙だらけだ。


――けどこれもきっと彼の作戦なのだろう。


「僕はなんてバカだったんだ……」


僕は一人立ち尽くし、空に向かって言葉を放つ。


「ようやく圧倒的な力の差が分かったか!? お前は俺が相手の時点で終ってんだよ!!」


ブリッツは大口を開けて爆笑している。


全くその通りだ。


今の間に僕は彼を少なく見積もっても1000回は殺せている。


しかし、これはきっと奴がわざとみせている隙だ。


きっと僕が考えにも及ばないような、戦略を考えているに違いない。


僕にはそれがわからない。僕には打つ手がない。彼の誘いに乗るしかない。


つまり僕はこれから完全敗北をするのだ。




「あぁ、なんてとだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


僕はボロボロと大粒の涙をこぼしながら、円形闘技場の外まで聞こえるほどの声量で、叫ぶ。


夢にまでみた完全敗北を今から経験できるのだ。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


僕はまるで駄々をこねる子どもの様に、その場に座り込み鼻を垂らし、泣きじゃくる。



「やば、アイツ……」


「いくら、落ちるの嫌だからってここで泣くとかキモすぎ」


「マジいい気味なんだけど、平民が貴族に勝てるわけないじゃん」


観客たちの悪口も、僕には祝福の言葉に聞こえた。


僕はゆっくりと立ち上がると、ナイフを構える。


――人生初の全力を出そう。


1000はある勝ち筋の最も難しく、もっとも火力の高い択を選んで、戦いに行こう。


きっと僕が彼に触れる瞬間……いや触れる前に死ぬかもしれないが。


僕は自身のできる最速で杖を振り、今の自分の魔力で使える全ての魔法を駆使して自身を強化する。


「マジックリカバー、マジックプロテクト、マジックレッグリーンフォース、マジックアームリーンフォース…………」


「杖を振り回して、遂に頭おかしくなっちまったのか」


本当は僕が高速詠唱をしているのをわかっているクセに、ブリッツはそんなとぼけたことを言った。


素晴らしい演技力だ。



 ――さぁ、準備は整った。


全力で地面を蹴り、ブリッツに向かって行く。


恐らく彼はそのスピードに驚いた顔(演技)をして、数百個のファイアーボールを、連射するだろう。


「ファイアーボール!!」


それもさっきと同じパターンでわざと僕に避けやすくする。


僕は彼の魔法を放つ時の指輪の向き、声のトーン、視線、重心の位置からそれぞれのファイアーボール一つ一つの速さ、方向、大きさ、自分の位置への到達時間を予測する。


僕はかすることすらせず、無傷でナイフの間合いまでブリッツに近づいた。


――もちろんこれも彼の戦略だろう。


彼は今度は焦ったような演技をして、僕に剣で切りかかる。


僕は今すぐ回避行動をとらなければ、その攻撃をくらってしまう位置にいる。


だが、この場合は大丈夫だ。


僕は、そしてブリッツも知っている。


魔力を消費した後は必ず身体硬直が発生するのだ。


普段なら隙にはならない程度のほんのわずかな時間だが、魔力消費量が多いと、その時間は長くなる。


その時間は個人差があるが、ブリッツの体格から察するに0.32秒といったところだろうか。


僕は炎の鎧が薄くなりがちで、鉄の鎧の方も守りきれていない手首にナイフで斬りかかる。


ありえないだろうが、手首を切ることができたらその勢いで首をはねる。


――僕の考えが及ぶのはここまでだ。


この状況では魔法も間に合わないし、剣も体術も間に合わない。


あるとしたら事前に仕込んでおけるトラップ魔法くらいだが、この状況を打開できるトラップ魔法を僕は知らない。


一体僕はどんなやり方で敗北させてもらえるのだろう。


ナイフが手首に近づいていくと同時に、僕の心臓は高鳴っていく。


「僕の――――負けだ!」


そう叫んだのも束の間。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


本来叫ぶはずのない、ブリッツが悲鳴を上げてうずくまっていた。


なくなった右の手首を抑えるも、そこからは大量の血が溢れ出ている。


周りを見渡すと、血まみれの手首が僕の数メートル先に落ちていた。


僕は呆然と相手を見つめた後、自身の体をまさぐる。


腕や足はあるし、首が飛んでいるわけでもない。魔法や呪いの類いを掛けられた形跡も感じない。


どうして……どうしてこんなことになったんだ。


ブリッツは僕の行動を全てわかっていたはずだろ。


いや、待て。


この手首を切られることも作戦のうちかもしれない。


きっとここから驚くような手段で僕に敗北を……――。


「救護班急げ!!」


いつの間にか審判が僕らの元に駆け寄っており、そんなこと言っていた。


え、審判来ちゃったぞブリッツ。早く何とかしないと。


このままではお前の負けで終ってしまうぞ。


救護係であろう大人や生徒たちがどんどん僕らのもとに集まってくる。


どうしたんだよ、早く、早く何とかしないと――――!


「ブリッツ・ドイシャー、これ以上の戦闘継続は不能! よって勝者、ジャック・ヤッシャー!!」


審判が右手を上げて叫ぶようにそう言った。


会場からはどよめきの声が聞こえてくる。


まさかそんな……嘘だよな。


今までの全部ブラフだったんだよな。


僕は武器を捨ててブリッツの元へ駆け寄る。


彼はその場で応急処置を受けている。


「どうして! どうして僕はあなたを斬ることができたんですか!?」


僕は痛みで暴れまわるブリッツに投げかけた。


その様子に救護の人も、審判もその場に居合わせた全員が目を丸くしてこちらを見ていた。


「お願いします! どうか教えて下さい!! 僕にはわからないんです!! どんな策を講じていたんですか!?」


「て、てめぇ! バカにしやがって!!」


そうか、きっと彼にとっては口に出す必要すらない策だったのだ。


でも、彼よりも数段レベルの低い僕にはそれすら分からない。


恐らくきっと何かが、うまく噛みあってしまって、たまたま僕は手首を切り飛ばせたのだろう。


僕が勝ち方において最も嫌いな、運の良さだけで勝ってしまったのだ。


――僕はまだまだ弱い。


懐から小さなノートを取り出す。


僕は自分の理想とする完全敗北のために、学びになった戦いはノートに記録しておくのだ。


そこには戦いの最初から最後の流れを書き留める。


ノートを閉じると同時に、ツゥーっと涙が頬を伝って落ちていくのを感じた。


「覚えていろよ! ジャック・ヤッシャー! 貴様は絶対に俺の手でつぶしてやる!! 我が家の全ての力をもって、この雪辱を果たす!!!」


応急処置を終え、タンカで運ばれていきながらブリッツは僕に向かってそう叫んだ。


そりゃ頭にくるよな。 運の良さだけで僕は勝ってしまったのだから。


でも、こんな相手の策も見抜けない愚かな僕とまた戦ってくれると彼は言ってくれた……いや、おっしゃったのだ。


なんて心の広い方なのだろう。


僕はまた感動の涙を流し、微笑む。


そして九十度まで腰を折って、ブリッツ様に頭を下げた。


「ありがとうございます! ぜひよろしくお願い致します!!!!!!」


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