第8話 学院入学編②
流石にこのボロボロの服では悪目立ちが過ぎるので、修復の魔法を使って上着を修繕した。
試験の最初に行われるのは筆記試験だ。
試験のために僕達はグループに分けられ、闘技場近くの教室に案内されたのだが、とある教室の入り口の前に人だかりができたいた。
「なんだろう、やけに誰も教室に入ろうとしていないけど」
僕は恐る恐る教室の中を覗いてみた。
すると中には異様な光景が広がっていたのだ。
一人の金髪の少女が、机の上で逆立ちをしている。
恐怖だ、これまでの人生で感じたことの無い角度の恐怖を感じる。
机の上で、倒立し目をつぶっている。
「お願いだから、アレと離れた席にしてくれぇ」
試験前からさんざん面倒事に巻き込まれて、うんざりしているのに、アレが近くにいたら肝心の試験中に集中力を乱されてしまう。
僕は教室に入り恐る恐る自分の席を探して回る。
そして自分の席を見つめ、ポツリ呟いた。
「終わった……」
逆立ち少女のまさに隣が僕の席だったのだ。
僕はスカートが重力に逆らって、パンツ丸出しになっていない、謎に浮遊魔法を使っている彼女の隣の席に吸い込まれるように向かった。
意外なことに逆立ち少女は騒ぐことも、僕に絡んで来ることも無く、試験開始をむかえた。
彼女は試験直前には逆立ちをやめ、普通に席に着いたのである。
制限時間は二時間とのことだったが、内容があまりにも簡単だったので、僕は十五分で終えてしまった。
暇なので、カンニングと疑われない程度に、周りの受験生たちの様子を見る。
後ろ姿だけでもわかることは結構あるのだ。
例えば斜め前の女子は、座る姿勢からして、首の辺りで魔力が滞りやすいだろう。
首は魔力循環においても重要な部分なので、ああいう子は同じ魔法を使わせても、その威力にムラが出やすい傾向にある。
前に座っている男子はさっきから額を拭う動作をしているので、緊張すると発汗量が増えるタイプ。
魔力は体液にも微量に含まれているため、発汗も魔力消費につながる。
彼は戦闘中いつの間にか魔力がなくなっていたなんてことに陥りがちだろう。
――なんて感じで自分の独断と偏見で周りの受験生たちを見回していた。
耳を澄ませば、周りからはペンを走らせる音しか聞こえないはず――であるが。
カラカラといった異質な音が、僕の隣の席から聞こえてくる。
横目でチラチラと様子を窺うと、そこには信じられない光景が広がっていた。
横に座っている逆立ち女子がペンを転がして、回答していたのだ。
金髪縦ロールの彼女は、ペンを転がすたびに自信満々で、解答欄を埋めている。
おいおいマジかよ、異世界にもこんなことする奴いるのかよ、――――――記述問題で。
そう、テストのほとんどは記述問題が出題されているのである。
コイツは絶対落ちたな。 というか万が一受かっても関わらないようにしよう。
そんな出来事がありながらも、一次試験は無事終了した。
その後、合格点に到達した者で二次試験が行われるとのことで、採点中はその教室で待たされることになった。
「帰り支度しなくていいのか? 平民」
少し離れた席から、ブリッツが僕にそう呼びかけてきた。
「今回の問題は、これまでの入試の中でもトップクラスに難しいって噂だ。 お前みたいな低レベルの教育しか受けてこれなかった平民には、かなりの難問だっただろ。 俺は四十分で回答が終わっちまったから暇で暇で仕方なかったぜ!」
その発言に他の受験生たちがどよめく。
「あの難しい問題を一時間もかからずに……!?」
「私なんて時間ギリギリで、やっとだったのに」
「やっぱ天才は違うんだよ……」
周りの受験生たちは口々にそんなことを呟いていた。
いや、早い遅いより正答率の方が大切だと思うんだけど。
――っと言いたいところであったが、騒ぎなりそうなので、ここは
「ちょっと、よろしくて!」
僕が魔法を披露しようとした時、僕の隣にいた金髪縦ロールペン転がし逆立ち少女が、挙手をした。
「あぁ、誰だお前?」
「ワタクシはルティ。 ルティ・ニカレツリーと申しますわ!」
「ニカレツリー? 最近子爵になったってとこの家か。 そんな弱小貴族がドイシャー家の俺に何の用だ?」
ブリッツは威圧するように声を低くする。
「先ほどから、彼のことを侮辱するようなその態度、改めた方が良いと思いますわ! テストは速さを競うものではありません。 正答率を競うものですわ!」
彼女は僕が考えていたことをまるでわかっていたかのように、そう言った。
「お前誰に口利いてんのかわかってんのか? ゴミ貴族が」
「ワタクシ、何も間違ったこと言っておりませんの」
おい、僕が黙っても毎回他の奴らがややこしくするんだが。
「あの、別にそこまで言ってくれなくても……」
僕は小声で金髪少女にそういった。
「いいえ、将来勇者になる予定のワタクシからしたら、こういう事は許せないですの」
「……勇者?」
その嫌な響きに僕は思わず反応してしまった。
「今から合格者の名前を、前の黒板に発表していく」
部屋中に響き渡る試験官の声に、ルティとブリッツの間にあった緊迫感が取り払われ、一時休戦となる。
全員が固唾を飲んで黒板を見つめていると、左上から受験生の名前が書き出されていく。
カイア・アルロア、ブリッツ・ドイシャー、リム・レジ………………
僕の名前が一向に現れないことに少し焦りを覚える。
そして最後、ジャック・ヤッシャー。
「以上成績上位から順に名前を並べた。 ここに名前の無いものは、今すぐ荷物をまとめて帰宅するように。 合格者は監督生の案内に従って、次の試験会場に移動しなさい」
試験官は冷淡な口調でそう言い放つと、監督生らしき青年が現れ、僕たちに次の会場の場所を告げた。
「――ちっ、運が良かったな」
部屋から出る時、ブリッツが吐き捨てるように僕にそう言った。
――僕、合格者の中で成績最下位だったのかよ!
あぶない、ブリッツに僕は十五分で解けたとか、イキがらなくてよかった。
二次試験の会場は闘技場。
そう、次の試験は実にシンプル。
クジで当たった相手と戦い勝った方が合格、負けたら不合格というものだ。
僕の相手は――ブリッツだった。
約束されたような展開。
あれよあれよという間に、僕の番となり、持っていた武器や防具(と言っても杖と短剣だけだが)を回収され、控え室に通された。
部屋の壁にはあらゆる武器、防具、杖が置かれており、戦闘スタイルによって、自身にあった武器を持つことが出来るということらしい。
――らしいのだが、僕の部屋にあった武器は全てがナマクラだった。
今にも刀身が柄から外れてしまいそうな剣、錆だらけの盾、防具、杖に至っては腐っていた。
「なるほど、これも試験のうちか」
恐らく武器の性能に頼らず、上手く戦えるのかどうかを見定めるという事なのだろう。
――まぁ、僕は杖と短剣くらいあれば十分なのだが。
ということで、僕は唯一腐っていない、指揮棒みたいな細い30cm弱の杖と、唯一切れそうな果物ナイフで闘技場へと向かったのだった。
――ブリッツが先に着いていて僕を待ち構える形となっていたのだが、彼の装備は全て新品同然のような輝きを放っていた。
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