ep10-2 よみがえる友情! ある意味キョーコに感謝かも?

 放課後、滅多に鳴らないはずのスマホから音が響き、あたしはビクッとしながらそれを取り出すと恐る恐る画面へと視線を向ける。


 せがまれついついキョーコに番号やメールアドレス、SNSのアカウントなんかまで教えてしまったので、彼女からの『デート』のお誘いかなんかだとばかり思ったのだけど……。


『久しぶりに『アミーガ』行かない?』


 なんと、それは美幸からのメッセージだったのだ!!


 じわっと涙があふれてくる。


『うん、いいよ』と返信するとすぐに既読が付き「やったぁ」というスタンプが送られてきたのであたしは思わず微笑んでしまうのだった。


 そして、ルンルン気分で『アミーガ』に急ぐと、中ではすでに美幸が待っていた。


「なんだか、久しぶりにお話しする気がするね……」


「そうだね……」


 ああ、美幸と肩を並べて飲むコーヒーのなんと美味しいことか! いつもと同じ量だけ砂糖とミルクを入れたはずなのにいつもより甘く感じる。


「ごめんね、最近はあかりちゃんとばっかりで……。新しくできた友達だし、ついつい話しこんじゃって……まるで梨乃ちゃんをほったらかしみたいにしちゃって……」


「ううん、いいの……美幸が誰と仲良くなってもあたしは全然気にしないから。それに灯はいい子だしね」


 本当は灯に対して嫉妬心バリバリだったのだが、それを美幸に悟られないようあたしは平静を装いそう答えた。


「でも、突然どうしてまたあたしとここに来る気になったの? 今日も灯と約束とかしてたんじゃないの?」


「誘われたけど、今日は断っちゃった。別に何時でも遊べるし、今日はどうしても梨乃ちゃんとここでお話ししたくって……」


「へ、へぇ……どうして急に……」


 あたしは内心の浮ついた気持ちと不安を悟られないよう、あえて興味なさそうなそぶりでそう尋ねた。


「んー、多分、嫉妬、が原因かな……」


「嫉妬?」


 意外な言葉にあたしは思わず聞き返してしまう。


「今日の休み時間、キョーコちゃんって子がうちのクラスに来たでしょ? あの子が梨乃ちゃんと仲良くしてる姿を見てたら、わたし以外にも友達が出来てよかったっていう安堵の気持ちと、同時になんだかモヤモヤっとした気持ちになって……。それで、今日こうして梨乃ちゃんを誘ったの」


「そ、そうなんだ……」


 美幸が嫉妬してくれたという事実にあたしは思わず顔がニヤけてしまう。


 うふっ、うふっ、うふふのふ! キョーコの『襲撃』は意外な効果をあたしにもたらしてくれたみたいね!


「梨乃ちゃん、なんか嬉しそうだね……」


 美幸が不思議そうな顔であたしの顔を覗き込んでくる。


「べっつにぃ~。ただ、人気者の美幸様があたしに嫉妬なんてするんだぁって、ちょっと嬉しかっただけよ。美幸って誰にでも優しいし」


 あたしはにやにやとしながら言うが、美幸は僅かに顔を伏せながら言った。


「優しくなんて、ないよ。むしろその逆。心の底では誰も信用してないの、例外は梨乃ちゃんと灯ちゃんだけだよ」


 むぅ、冗談めかして言ったのに、変にシリアスな感じにされてしまった。


 とはいえそれも仕方ないか……美幸の人気者演技の理由、それはあたしですら知りえないなにやら深刻な事情がありそうなのだから。


 いつかそのことについても話して欲しいとは思うのだけど、こればかりは、ねぇ……。


 たぶんだけど、美幸とどれほど深い仲になったとしても話してくれない気がするのよね、触れてはいけない禁忌のような……。


 ただ、彼女がクラスで『独裁政権』を敷いてまでいじめを根絶しようとしている理由なんかを考えると、どうしても美幸の心の闇を考えてしまう。


 人気者の美幸に限ってありえないとは思うけど自身がいじめに遭ったことがあるか、あるいはそれと知らずいじめを見逃してしまったなんてことがあったのかもしれない。


 それにしても、灯と同列というのはちょっと癪だけど、それでも美幸があたしを信頼してくれているというのは素直に嬉しい。


「そういうこともあって、最近は灯ちゃんと一緒に行動してばっかりだったんだけどね、もしかしたらそのせいで梨乃ちゃんをないがしろにしてたんじゃないかって……。だから、今日は梨乃ちゃんとじっくりお話しようと思って」


「そっか……」


 あたしは美幸のその言葉に思わず胸が熱くなるのを感じた。


 ああ、やっぱりあたしの親友は最高に素敵だ!


「ないがしろにされてたなんて思ってないわよ。実際あんたはこうしてあたしのことも気にかけててくれた、それだけ仲良くなった灯にすらあたしとの仲を秘密にしていてくれた。あたしとの約束を大事に思ってくれてた証拠でしょう?」


「うん……だけど、わたしずっと思ってたことがあるの……やっぱりあの約束はおかしいって、わたしは梨乃ちゃんと学校でも仲良く……ほら、それでさ、灯ちゃんと梨乃ちゃんも仲良く……」


「それは……ごめん、無理よ、やっぱり。いきなりあたしが人気者のあんたと親友なんですと言い出したら間違いなく反感買うし、灯もいい子だとは思うけどね、ああいうザ・陽キャって子はちょっと苦手」


 あたしはどうもあの結城灯という女が好きになれない。美幸を取られた気がしてムカついてたとか、あたしとは性格が合いそうにないとか、そう言う理由もあるけど、なんというか、こう生理的に合わないのだ。


 多分あのにっくき魔法少女マジカルカレッジとそっくり(変身時の魔法少女の顔についての記憶は相変わらず曖昧だから雰囲気的な物が、だけど)だという点があたしの敵愾心を刺激しているんだと思う。


 ブリスも大嫌いだけど、それ以上にあたしはあいつがダメ。


 ブリスの親友、一番の理解者面してるのとかも気に食わないし、必要以上にブリスとの距離が近すぎる。


 って、あたしってば美幸との時間にまでなんで『仕事』の事を考えてんのかしら……。


 アントリューズとしての活動が日常に浸食しすぎてて、なんか怖くなってくるわね。


「そっか……梨乃ちゃんが嫌なら仕方ないよね……」


 あたしの返答に美幸は悲しそうな表情を浮かべる。


 ああっ! そんな顔をしないでよ!! あたしはあんたを悲しませたいわけじゃないんだからさ!!


「ま、いいんじゃないの、こういう関係も。前にも言ったけど、秘密の関係ってのはやっぱり魅力的だし、こうしてあんたがあたしのことをちゃんと思ってくれてることが再確認できただけでも十分よ」


「梨乃ちゃん……」


 あたしの言葉に美幸は少しだけ嬉しそうな表情を浮かべる。


「だけど、あたしももう少し他人と上手く付き合えるよう頑張ってみるわ。出来るとは思うのよ、偶然とはいえあんたとこうして親友になれたわけだし。ふふ、あたしはやればできる子、だしね」


「うん、梨乃ちゃんならわたしなんかとは比べ物にならないくらいの人気者になれるよ! だけど、無理はしないでね?」


「わかってるわ」


 答えてコーヒーを一口啜る。それを見た美幸も釣られるようにコーヒーに口を付けると、「そう言えばさ」と切り出す。


「あのキョーコちゃんって子と梨乃ちゃんどこで知り合ったの?」


 ギクッとあたしは思わず体を硬直させる。


「え、ななな何よいきなり」


「あの子二年生だよね? 学年が違う子との接点なんてあんまりないじゃない、それに梨乃ちゃんをすごく慕ってるみたいだし、どこで知り合ったのかなって思って」


「そそそそれは……」


 あたしは思わず口籠ってしまう。


 まさか、悪の組織での後輩です、なんて言えるわけがない。


「言えないの?」


 うっ、まずい……美幸が微妙に悲しそうな顔をしている……


 なんとか上手い言い訳を……


 とその時あたしの頭の中にかつて美幸と交わした会話が蘇ってきた。


 そうだ、これだっ!


「そんなことはないわ。美幸、あたしが前にちょっとしたバイトみたいなものを始めたって話をしたの覚えてる?」


 あたしの返答に美幸はパチッと目を瞬かせると、斜め上に視線をやり記憶を探り始める。


「ん~? ああ、確か世界をより良くする活動って言ってたね」


「それそれ、キョーコは新しくそこに入ってきた子なのよ、色々と面倒を見てるうちに懐かれちゃってね」


 かつてアントリューズのアジトへと赴くときに遭遇した美幸を誤魔化すために並べた言い訳、それがこんな形で生きてくるとは……。


「そうなんだ、梨乃ちゃんって面倒見いいもんね」


 美幸は感心したように頷いているが、あたしは内心冷や汗ダラダラだ。


 やばかったぁ~!! あそこでキョーコとの接点を追及されてたら絶対ぼろが出てたわよ!


 全くこれだから悪の組織の暗黒魔女との二重生活は大変よ。


「だけど、それにしてもかなり好かれちゃったみたいだね、というかあの子って明らかに……その……の子、だよね?」


「ああ、うん……そうみたいね、まあそれ自体は別にいいんだけど、キョーコはあまりにも愛が重すぎんのよねぇ、人前で平然とベタベタしてくるし、真理奈の話じゃ指原って子にストーカー紛いの行為もしてたみたいだし」


「あはは、確かにそんな感じはあるね……」


「ま、でもそれなりに可愛いとこもあるし、あれでも後輩だし、それなりには大事にしていきたいとあたしは思ってるんだけどね」


「ふぅん、そっか……」


 美幸は微笑ましいものを見るような、それでいてどこか複雑そうな目であたしを見ていた。


「さて、キョーコの話はこんなところでいいでしょ。それよりさぁ、せっかく久しぶりの美幸とのひと時なんだし、あの話をしましょうよ」


 しかし、その視線に込められたものの意味を深く考える前にあたしは美幸にそう切り出した。


「あの話?」


 キョーコの話から話題を変えようとあたしが持ち出した話に、彼女は首を傾げる。


「そ、あたしとあんたといったらこれのプチピュアの話よ」


「受験に差し障りがあるから、アニメの話は自重しようって言ってなかったっけ?」


 自分が正義の魔法少女とは正反対の存在になってしまったという負い目から、またプチピュアの話から現実の魔法少女であるブリスの話へと発展するのが嫌であたしはかつて確かにそう言った。


 しかし、やっぱりあたしと美幸が共通して盛り上がれる話と言ったらこれなのだ、久しぶりの親友とのひと時、その話題がこれ以外というのはあまりにも寂しい。


「固いことは言いっこなし。それに美幸も本当はプチピュアの話したくてしょうがないんでしょ? 顔に書いてるわよ」


「もうっ、自分から禁じておいて、なんてわがままな親友なんだろうね。わたし、怒っちゃうよ~」


 言いながら頬を膨らませて見せる美幸であるが、全く怒ってないのはバレバレだ。


「ふふ、ごめんごめん」


 あたしは美幸の頬を指でつつく。すると美幸はくすぐったそうに笑い出したのであたしまでつられて笑ってしまうのだった。


「よろしい、許しましょう。なーんてね。ふふ、梨乃ちゃんの言う通りわたしも本当はプチピュアの話がしたいんだ。最近は特に、ね」


「やっぱそうよね! 美幸ならそう言ってくれると思ってたわ!」


 あたしは思わずガッツポーズをしてしまう。やっぱり持つべきものは親友よねぇ!!


「じゃあさっそくだけどさ、先週の……」


 あたしと美幸はそれからしばらくの間アニメの話題に花を咲かせた。


 そんな感じであたしたちは楽しい時を過ごし、『アミーガ』を後にするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る