第八話 手紙の差出人は
誰からの手紙だろう? ルシアスパパ? でも校外からの手紙であれば寮室に届くはず。ということは校内の誰かから……?
私の元の世界での上司、桃実苑佳(ももみそのか)は、気に食わないことがあると、口頭ではなくチャットで小言を言うひとだった。先方と意気投合し、一緒にいいものを作りましょう! と円満に終わった会議の後に、あの言い方は女性だったら誰でも気に障ると思うからやめなさいだとか、自席に小さなフェイクグリーンを置いたときも、デスクに何か置くときはまずは置いてもいいかどうかを私に聞きなさいだとか、隣にいるにもかかわらずチャットで私に伝えるのであった。百歩譲って個人チャットでの連絡はまぁいいのだが、ロマプリが走り出して少し経ったあと、社員であれば誰でも見えるオープンチャンネルで桃実が、鈴城こはくはロマプリのプロデューサーにはふさわしくない、上司である自分がプロデューサーになるべきだとTO: 本部長、CC: 鈴城で長文チャットを送ってきたときは面食らった。まぁ、私が急にやってきて面白くないという気持ちは分からなくもなかったのだけれど。
以降、メールやチャットの通知が来るとびくっとするようになったのだが、怖い内容かもしれない連絡を見るときのコツを身につけた。——最悪の事態を想定した後に、薄目で見ればいい!
封筒の厚みからして、紙以外のものは入っていなさそうだ。決闘の申し込みかシンプルな悪口かはたまた脅しか……。想像できたことは基本的には起こらない。万が一想定通りないしそれ以上に恐ろしい内容だったときは……そっと便箋を封筒に戻して燃やしにいこう。
目を細め、ぼやぼやとした視界で封筒を開けると、無機質な一枚の便せんが入っていた。恐る恐る読むと……。
「リアン・サマエル様
本日の放課後、生徒会室にて。
おひとりで。
ハリー・アルジャー」
……。
燃やすか……。
目を見開き硬直していると、ナディアとカトリーヌが横からひょいと覗き込む。
「あら~、まさかの差出人ね~」
「うぇ⁈ アニー、ハリー様の逆鱗に触れるようなことでもしたの⁈」
「……オレも見ていい内容かーっ?」
手で目を覆い、手紙を見ないようにしてくれているカイト。
「ハリー様が今日の放課後、アニーひとりで生徒会室に来てってさ! そんだけしか書いてない。」
「まさか果たし状……⁈」
「う~ん、決闘なら、生徒会室には呼ばないんじゃないかしら~?」
「それもそっかー。……アニー、心当たりはある?」
カイトが真剣な眼差しでこちらを見る。
「ないわ……。だってお会いしたこともないもの……」
私の回答に思案顔の3人。
こんなに親身になってくれるなんて、私は良き友を持ちました……。
……感慨にふけっている場合ではない。
「3人とも心配してくれて本当にありがとう! ひとまず放課後、生徒会室に行ってみるわ。校内であれば殺されることもないだろうし、きっと大丈夫よ」
「コロ……。極端! でもアタシ、アニーのその謎にポジティブなところ好き!」
そう言いながら私に抱きつくカトリーヌ。
「ふふふ、ありがとう、カトリーヌ。私もカトリーヌのその勢いのいいところ好きよ?」
「勢いがいいって、喜んでいいのかしら」
「……オレ、ついて行こうか?」
「ありがとう! カイト。でも、ひとりでって書いてあるし、私だけで行くわ。」
「万が一お夕飯の時間になっても寮に戻ってこなかったら~、そのときは探しに行くからね?」
ナディアの言葉に、カトリーヌもカイトも頷く。
「それはとても心強いわ! ありがとう、ナディア、みんな」
――コンコンコン
「どうぞ」
ぶっきらぼうな声が聞こえ、緊張が走る。
意を決して扉を開くと、大きなテーブルの前にハリー様がひとり……ではなく、ミカ王子がお誕生日席に座り、その後ろにハリー様が立っていた。
「リアン嬢、急にお呼び立てして申し訳ありません」
ミカ王子が眉を曇らせ続ける。
「また会いに伺うとお伝えしましたが、急にリアン嬢の教室に出向いても迷惑をかけてしまうと思いまして……。ハリーに言伝を頼んだのです」
「そんな! 迷惑だなんて……! てっきり、私がハリー様に何か失礼なことをしてしまったのかと……」
「……ハリー? 君、どうやってリアン嬢に伝えたの」
「……手紙を置いた」
「手紙に何て書いたんだ」
「……」
「封筒には何も記載がなく、中の手紙には『本日の放課後、生徒会室にて。おひとりで。ハリー・アルジャー』とだけ書いてありましたわ」
「ハリー、ひどいじゃないか! 僕が待ってるって伝えてくれないと!」
「だったら自分で言え」
「だから言っただろう? 僕が直接行って、リアン嬢がクラスメイトから何か嫌なことを言われたら困るって。君が直接行っても同じことが起きたかもしれないから、手紙にしたのは英断だけれど……」
ミカ王子の言う迷惑って、私が王子と話すことで、王子ファンから嫉妬されたり、利用されたりするかもってことだったのか……。
「あの! ミカ王子もハリー様もお気遣いありがとうございます! ハリー様が怒っていらっしゃらないことが分かっただけで私は大丈夫ですので!」
「別に気遣ってない。直接話したくなかっただけ」
「ハリー! ……ハリーに代わって僕から謝罪します。怖がらせてしまい申し訳ありませんでした」
「本当にいいんです! でも、あの……どうして私を呼んでくださったんですか?」
「やはりお優しいのですね……。ありがとうございます。リアン嬢をお呼び立てしたのは、特に何か用事があるというわけではないのです。またお話ししたくて……」
「また……」
入学式でも言われたが、リアン様とミカ王子は入学まで特に接点はないはずだ。
「ああ、リアン嬢が覚えていないのは当然です。僕がお会いしたかったのはリアン嬢ではなく、中にいる貴女様ですから」
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