3.バディ

それが真の悪夢の始まりだとは思いもしなかったのだ。


「……What did you sayどういうことですか?」

「だから、言ってんだろ。この最新型のアンドロイドが今日からあんたの相棒だって。なに、上司に訊いてねえのかよ」

「知りません。俺はもう二年も一人でやってます。これでも何とかなってる」

「何とかなってねえから上司から黙って契約されてんじゃねえの?」


技術者のアフリカ系アメリカ人の男性は、苛ついた様子で要を諭す。

ほら、と見せられた紙の上部には"Android Ownership Agreement"つまり『アンドロイド所有契約書』、下段のサイン欄にはきちんと日本語で『戸塚要』の署名と拇印ぼいんが押されていた。


「こんなもの、いつ!?」

「このミミズ文字はどうせ酔って書かされたんだろ」

「そうだ。あの日、無理やりバーに連れて行かれて、ウィスキーを一気……」


要は一週間前の出来事をありありと思い出し始める。皮肉屋のアンディがなにかの紙を取り出して、「サインしろ」と言われたのだ。あれは半ば脅しに近かったのだ。ウィスキーによる頭痛すら思い出し始めて、口元を抑える。


「おいヤメろ、吐くなよ!?」

「は、吐きません。でも、こんな結び方でいいんですか?」

「最近は契約基準も甘いし、メンテナンス費用は別だが、一括いっかつニコニコ現金払いだったからな」

「一括ニコニコ現金払い?」

「ほら、契約書に書いてあるだろう。『借用』じゃなくて『所有』ってな。まあ、中にはラブドールとして使ってる奴もいるって話だぜ」


下世話に笑みを浮かべる彼に、頬を引き吊らせる。

仕事とプライベートは絶対に分けるべきだ。いや、しかし問題点はそこではない。

確かに戸塚要、三十一歳。彼女もいない妻子もいない、最近は趣味も忘れていて確かに金は有り余っていたが。

奥の部屋に引っ込んでいった男性は、作業室と思われる場所から何か掛け声と音声が聞こえてくる。


「おっ、動作に問題はなさそうだな。まるで人間だ。よし、ご主人サマに挨拶しな」


部屋から顔を見せたアンドロイドに、要は絶句した。好青年然としたスポーツ刈りと、かすかに見下ろされる上に肩幅の広い体格の良さ。その拳銃の腕前はよく知っている。


サプライズ? たまったもんじゃない。

アンディの底意地の悪いいたずらに怒りが、というよりも放心に近かった。


「IPA0100、最新型アンドロイド。お好きに名付けください。マスター、どうぞ名前を」


技術者は答えない要に代わって丁寧に教える。


「こいつはトツカカナメ。トツカがファミリーネーム、カナメがファーストネームの日本人だ」

「トツカカナメ……認証しました。戸塚さん、私に指示を」


要は顔を振り上げるとIPA0100の着るスーツの胸倉をつかんだ。

アンドロイドは少しだけ姿勢を崩すが、後方に足を出してバランスをとっている。触れる部位がすべて硬い。プラスチック製なので当たり前だ。


「その、その声で俺の名前を呼ぶな……!」


その顔、声は本当に、彼がいたような気がした。戸塚要の最初で最後のバディ。二年前に殉職じゅんしょくした、要の唯一のバディだった、磯前いそまえたきを。

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