⓪-6 追憶は空虚を越え①

 聞こえていた話し声が止まったが、気配は消えていない。内容は一つも聞こえなかったが、知らない気配は隠す気がないようだ。

 会話の一方はレイスであることは認識でき、彼女が生きているのがわかる。



「…………」


 レイスの声は思っていたよりも落ち着いている。が、言葉を聞き取ることは出来なかった。防音の部屋ではなかったはずだ。


「…………」


 確かに聞こえている。声もレイスで間違いない。


 ふいに、違う者の声がしたかと思うと、急にクリアな声が聞こえてきた。


「ラーレ?」


 レイスの声だ。普段と変わらない声が、いつもと変わらずに聞こえ出した。


「待って、いるのはラーレです。まさか気配があなたたちだとは思わなかったの。しんがりをして、彼女を逃がすつもりだったのです」


 やはりレイスは、ラーレを逃がして死ぬ気であった。そして、会話の相手がレイスにとって、親しい間柄であるかのようだ。そんなことがあるだろうか。


「ラーレ、ごめんなさい。ここはもう大丈夫ですよ」


(大丈夫、とはどういう意味を指すの。ごめんなさいって、嘘をついたこと?)


(それとも、レイスが裏切りをしたとでも?)



(違う。退路で絶命していた男を、レイスが知らない筈はない。レイスは退路が保たれていた事を知っていた筈よ。そうに違いない。レイリーを撃ったのは、レイスじゃない)


「やめて! 彼女はラーレよ、お願い」


 殺気だ。レイスからではない。


「信用できないんだよ。誰?」


 先ほど聞こえた別人の声が聞こえ、ラーレと大して変わらないような、少女の声だ。声変わり前の、少年の声のようでもある。


「ラーレだって、いっているじゃないですか。ねえ、ラーレ、そうですよね?」

「じゃあ、さっきからあるこの殺意は何」


(私からの明確な敵意を殺意として受け取ってる。隠す気なんてない。そして室内から、最大限の警戒と殺意を返している。おそらく銃口も向けているわ)



「……君は何も話さなかったの?」


 あどけなさを残す声が、本当に疑問を持っているかのような、疑いしかないような言葉を発している。



(何を。話さなかったと、いうのだろう)




「ごめんなさい。どうしても、言葉に詰まってしまって」


(だから何を)


「そう」


(何がそう、なの)


「あいつ、なんだっけ。確かレイリーっていう名の」



 淡々と、少々と絶命した男の名をかたる声の主へ、緊張が走る。ラーレは全身からじんわりと体が熱くなるのを感じたのだ。

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